家に帰ると、中身はすっかり無くなっていた。もう一度言おう。中身が、無くなっていた。家具も、洋服も、食料も、家財道具も、この家に詰め込んでいたすべてがすっかりどこかへ行っている。
すっからかんになった家の様子にただただ、口を開けて驚くしかない。
一体何が?
久しぶりに日の目を見て輝くフローリングの上には、ダイゴが美しい姿勢で立っていた。涼やかにこの家の空気を吸っている。瞬間、理解と嫌な予感が絶妙なハーモニーを奏で同時にほとばしった。
「やあ、遅かったね。何してたの?」
「いや、別に」
「何してたの?」
「変な勘ぐりしないで。ポケモンたちをポケモンセンターに通してきただけだから」
そう、ポケモンセンターにふらりと寄っただけなのだ。トロピウスにほんの微細な変化があって、念のためにジョーイさんに見せただけ。長く家を空けたつもりはなかったのに、その数十分でわたしの自宅は様変わりしてしまった。
「ポケモンセンターって、本当に?」
「嘘なわけないでしょ」
最近のダイゴは妙に頑なだ。
わたしたちが結ばれた日のあのしおらしいダイゴはどこにいってしまったんだろう。答えを出した日からダイゴの自信はむくむくと回復して、もはや遠い昔の日のことに思える。
「ダイゴこそ、何してたの? っていうかうちに何したの?」
「君の荷物はもう全部移動したよ」
「そんなことだろうと思った!」
家財道具を全て奪われるなんて普通あって良いことでは無い。けれどわたしが相手にしているのはツワブキダイゴだ。どんなにとっぴょうしもない出来事でも、ダイゴならやる。そう腹をくくらないと話が進まないと最近身に染みている。
「僕らが着く頃には作業は全て終わっているよ」
「どこに? っていうかなんのつもりで!?」
「一緒に住もうか」
「……はぁ?」
「君は僕のものなんだろ? 大丈夫、何も不自由はさせないよ」
「この家にいきなり住めなくなったことにまず不自由してるんだけど?」
「そういえば、デボンからポケナビという商品が出ているんだ。君はあまり興味が無いみたいだけど、トレーナーに便利なツールもそろっていておすすめだよ」
「ポケナビのことなんてどうでも良い! それが何だっていうの!?」
「だからこれ、回収ね」
「あっ、ちょっと、返して!!」
気がつけばわたしのケータイがダイゴの手の中にあった。
取り返そうとしてのばした手にダイゴが巧みに握らせたのは真新しい謎の機械だった。手のひらに収まる卵の形に似た機械。
「何これ」
「ポケナビ。結構可愛いでしょ? 便利だよ」
なるほど、ダイゴが用意した家でダイゴが用意した電話をつかってわたしに暮らせと。理解した。と同時に、思わず二の腕をさすった。
「寒いの?」
「ま、まあ、そんなところかな……」
寒気を覚えるような満面の笑みでのぞき込まれ優しく肩を抱かれると、また寒気が増す。
春はまだ遠いみたいだ。
この日わたしはダイゴの誠に勝手な判断で住所不定となった。横に得意気に並ぶ男のために、わたしは消されるのだ。世間から消える前に。
引っ越したも同然なのだから、固定電話の番号も変わってしまっただろう。
無職、住所不定。そして音信不通と来た。
どうすんの、これ。
おしまい