I'VE GOT TO GO


夏は去ったとばかりに寒気が這い寄る午前。
冷える肩からぶるぶると震えてしまいそうになるけれど、それは意志でねじ伏せて、わたしはペンを握る。
無理矢理、大事な仕事だけ押さえて今日の勤務を終えてしまおう。そう決意したのは朝方に、唐突に入った一本の連絡のためだった。彼の要件を叶えるためにわたしは今無茶をしている。

内容に目を通し、名前を書く。目を通し、名前を書く。目を通し、名前を書く。。……よし。
最後の一枚だ。数字を確認して、やっぱり、と書いて承認を示す。


「はい。これで出してください」


すぐ横に待機している支部長に書いたものを流す。


「待って確認する。うん、うん……、5、6、7、8……。よし、枚数もそろってるね。大丈夫だよ」
「終わり?」


支部長が緩く親指と人差し指でOKマークを出す。
よし、あとは片づけてすぐに出発だ。机の上のものをまとめようとしたわたしを支部長が止めた。


「あー、いいよいいよ。そういう細かいのは僕たちに任せてちゃんはいってらっしゃい」
「ありがとう支部長! なるべく早く戻ります」
「ゆっくりしてきて良いんだよ?」
「え?」
「だってワタルくんに会うんでしょ?」
「か、からかわないで!」
「あはははは! カントー楽しんできてね」


本気で睨みつけたけど支部長は余裕をこいている。すぐにトロピウスに乗り込みたいわたしを支部長は知っているからだ。


「任せて。気をつけて、ね」
「……いってきます」


支部長に抗議したいやりきれない気持ちはあるけど……、時間が惜しい。任せて、という言葉を信じてわたしは部屋を後にした。


別に遊びに行くわけじゃない。わたしはわたしの目的のためにカントーに行くのだ。
廊下を走ってしまうのは急いでいるからだ。他に意図は無い。
けれど、鮮明に受話器越しのワタルの声が思い出される。


『もしもし、か? 至急カントーに来て欲しいんだ』


久しぶりに聞いた彼の声がこびりついている。発言の真意は深くないと分かっているのに、来てほしいって言われたとき、耳だけじゃなく全身が痺れた。

屋外に出てすぐにモンスターボールを投げる。
空を遮るように首がぐんと長い相棒が目の前に現れた。


「トロピウス、長旅だけどカントーまでお願い!」


肯定を示すようにトロピウスの喉が鳴った。

トロピウスの地面から離れて、上昇するための運動を始める。体の大きなトロピウスの上に乗っていると、まるで彼が大地そのもののように錯覚することがある。
トロピウスの肉の厚い葉が空気を舞いあげるとき、強い風に前髪が吹き飛びそうになる。まるで世界が羽を生やして積乱雲の中に入った気になる。
彼の体が軋むとき、大地まで唸って、世界ごと空へ浮いていくようなのだ。

上昇する。……どうしようもなく胸が騒いでいる。心臓の音が鼓膜をノックしている。
これから会いにいく人のせいだ、きっと。