WAY OUT OF THR WAR


「ハァ?」


口をひしゃげて、肩を崩して、グリーンは全身で理解不能だと言った。
まあ当然の反応だと思う。チャンピオンに勝った者は必ず新たなリーグチャンピオンとしてその地位を獲得する。それはポケモントレーナーの間では絶対に覆ることのない、世界の約束として言われ続けてきたのだ。すぐに信じられなくて当たり前だ。


「君、タイミングが悪かったわね。わたしたち今、リーグに新しい条例を作っているところなの」
「条例?」
「未成年者のリーグチャンピオン就任を禁止するというルールよ」
「……うそだろ」
「嘘じゃないんだ」
「おかしいだろ! オレはそんなの聞いてない!」


想像通りの猛抗議だ。ワタルは堂々とグリーンの言葉を正面から受け止めているが、わたしはコートの襟を直しながら聞き流す。


「グリーンくんが聞いたことないのはこちらも承知済み。タイミングが悪いって言ったでしょ。グリーンくんの言うとおり、この条例はまだ告知がされていない。それは本当に最近決まったルールだからなの。内部の人間には通達がされているけれど施行にはまだ、地方によって差があるし」
「残念ながら、君はそれにひっかかる可能性が高い」
「じゃあ……オレは……」
「このまま押し通すこともできる。けどね数週間でその権利が剥奪されるでしょうね」
「受け入れ難い話だと思う。だからを呼んだんだ」


いけしゃあしゃあとワタルが言う。わたしは目を伏せる。


は、未成年者はリーグチャンピオンにつけないという条令を提案し、進めてきた張本人だ。彼女だからできることがある。俺は君のためにを呼んだ。今回の調整をに任せようと思っているんだ」
「それ、ほんとなのかよ」
「……まあね」


ワタルが言っているのは嘘ではない。けれど本当とも言いがたい。わたしがここへ来たのは、そんな、彼に優しい理由じゃないのに。


「彼女に判断を任せること、同意してくれるね、グリーンくん」
「待てよ。じゃあ、なんだ、こういうこと? オレはチャンピオンになるために、あんたにお願いしますって頼まなきゃいけないってこと?」
「……そうなるね」


ああ、これは雷が飛んでくるぞと思った。


「できるか、そんなこと!!」


落ちたのは特大の雷だった。地面が焦げそうなほどに熱く、しかも一発では収まらない。


「オレの道をどうしてあんたに頭を下げて開いてもらわなきゃならないんだ! オレはポケモンと旅をしてちゃんと自分の力でここにたどり着いた!! オレは正式なチャンピオンになる権利を勝ち取ったんだぞ!?」
「グリーンくん、落ち着いてくれ。話を聞くんだ」
「聞いてられるか! おかしい! おかしいだろ! こんなのぜってぇ認めねぇ!!」
「君の気持ちは分かるから」
「うるせぇ! なんの権利があってこんなことになってんだよ……!」


一介のチャンピオンの権力よ、内心で答える。これ以上彼を煽ってはいけない、と思ってわたしは黙る。
怒りに赤くなった視線でグリーンはわたしの前に立った。


「なあアンタ、オレとバトルしろ!」
「バトル?」
「ここはポケモンリーグ。実力が全てだろ! オレが勝ったら今度こそオレがチャンピオンだ!」
「……分かった。審判を呼びましょう」
「おい、本気か」
「本気だよ」


ワタルは眉を潜めている。その表情はわたしを疑いながらも心配しているようだ。
引き留めたげなワタルにわたしは言い放つ。


「ワタル。わたしは覚悟を決め手この条例を通そうとしてるの。わたしは絶対に負けない」


気持ちが高ぶっているのは、グリーンだけじゃない。わたしもだった。







すぐにグリーン、わたし、そして事態が飲み込めない審判がフィールドに揃った。バトル開始だ。


「始めましょうか」
「ああ!」
「来て、トロピウス!」
「出てこい、ピジョット!」


フィールドに立った互いのポケモン。相棒のトロピウスに対するのはグリーンのピジョットだ。

ポッポの進化系、ひこうとノーマルタイプ。素早さもあるし、ピジョットの羽はしっかりと筋肉がついている。速攻が基本か。
わたしはカントーのポケモンにはそれなりに通じている。けれどグリーンはトロピウスを初めて見たようだ。視線がトロピウスの巨体の上を泳いでいる。


「なんだこのポケモン……、くさ、タイプか?」


グリーンの目が訝しげに細められる。トロピウスの特徴を読みとっているその目をわたしはつぶさに観察した。
明らかに視線が泳いでいる。これは、いけるか? 先ほどのやりとりで今のグリーンは冷静さを欠いている。賭けてみる価値は、ある。


「ピジョット、でんこうせっかだ!」
「トロピウス、そのまま!」


初手、でんこうせっか。ノーマルタイプ。安定はするが、ノーマルの技ではトロピウスのタイプは見抜けない。グリーンの判断の速度が鈍っている!
いける。これは確信だ。

わたしの読み通りなら次手はひこう技が、来る。


「今度はつばさでうつ!」
「トロピウス、耐えて」


ピジョットの凶刃な羽がトロピウスの体を激しく撃つ。衝撃に今まで微動だにしなかったトロピウスの首がぐらりと揺れた。
グリーンの目の色が変わる。グリーンはこう思ったに違いない。

“技が効いてる、やっぱりくさタイプだ”

……今だ!


「トロピウス! エアスラッシュ!!」
「な、くさタイプなのにひこう技……!?」


崩れた! グリーンの思惑をトロピウスが越えた!
計算外のことが起きたグリーンの表情が一瞬固まる。ひるんだのはトレーナーだけじゃない、ポケモンもだ。ピジョットが飛ぶ高度を落としている。

いける。運も、わたしに味方をしているようだ。生まれた1ターンの余裕にわたしは勝利を引き寄せるための笑みを浮かべた。


「トロピウス、にほんばれよ!」
「っ、ソーラービームか!? いや、ピジョットにソーラービームは……!」


違う。ソーラービームのためのにほんばれじゃない。日差しは、トロピウスの葉緑素を呼び起こさせるためのものだ。


「動けえっ!!」


すばやさを得たトロピウスが、沈黙させていた背中の葉――いや羽を一気にふるわせる。恐竜が、飛ぶ。

彼の巨体がフィールドの明かりを遮る。黒く恐ろしい影がこの部屋全体を覆ったかと思うと、影は一気にピジョットの上からのしかかる。飛ぶものをさらに上から地面に貶めるようにのしかかりが決まった。

トロピウスの着地にフィールドが地鳴りする。
ぐわんぐわんと地面がうなる中、クソッ、というグリーンの悪態と舌打ちが聞こえた。

にほんばれは決まり、舞台はひとつわたしの勝利のため整った。さて、グリーンは何体でわたしのトロピウスを止められるのかしら。