A LEDITIMATE REASON


ピジョットが崩れてから、バトルの流れは変わることは無かった。
実力で黙らせてやると息巻いていたグリーンにとって、先手を取られたことは精神的にも痛かったようだ。
グリーンの落ち着いた呼吸がフィールドに戻らないまま、わたしは順当に彼のポケモンを倒した。彼と彼のポケモンの出してくる攻撃の爪を、わたしは一枚ずつ丁寧に折った。そうして手にしたのは無難で地味な、けれど確かな勝利だった。


「オレは認めない……!」


フィールドの端から怒鳴り声が投げつけられる。


「そう言われても。実力勝負を持ち出したのはあなたの方でしょ。勝った方にちゃんと従ってもらわないと」
「イヤだ、イヤだ……!!」


勝敗はついた。けれどグリーンはなおも諦めていない様子だ。
敗北に膝は動揺しているものの、目は死んでいない。むしろ活路を探そうと熱く血走っている。


「にしても分からないな。どうしてそんなに執着するの?」
「当たり前だろ……、チャンピオンになることをずっと目指してやってきたんだ!」
「でももうあなたの実力は証明されたじゃない。いきなりチャンピオンになれないって言われたことは不本意だと思うけれど、冷静に考えればあなたはもうゲットしてる。ワタルを倒したあなたをたくさんのトレーナーが尊敬するし、トレーナーの歴史にしっかり名を残せた。大舞台でポケモンとの絆も確かめられたことでしょう。で、これ以上何が不満だっていうの?」
「あります! オレがチャンピオンでいなきゃいけない理由……! オレには……っ」


ずっと噛みついてくるようだったグリーンの目が揺れた。
反抗的だった視線が願うように潤む。


「オレには、ライバルがいるんです!」


ほう、と後ろでワタルが感心の息をついた。


「同じ日にマサラから旅立って、常にお互いの全力をぶつけ合ってきたんだ……!」
「なるほど。競い合う相手がいるから、まだここを降りるわけにはいかない、と」
「はい。絶対にアイツはオレを追い越しにくる。アイツなら四天王を倒す。オレはアイツの先に立って待つって決めてるんだ!」


パートナーの入ったモンスターボールを痛いほどに握りしめたグリーンの目に在るのはわたしなどではない。“ライバル”だ。
見知らぬ少年の背中がグリーンの瞳の中で燃えている。

驚いたことはグリーンの様子だ。ライバルのことを語るにつれて彼が冷静さを取り戻していくのだ。

自分が誰を目指しているのか確かめて、揺れ動いていた視線がまっすぐとわたしを射抜く。


「オレは諦めません!」


ライバル、か。彼の様子から推測すると、そのライバルとやらもグリーンと同年代だろう。
わたしには面白くない展開だ。


「じゃあ君がチャンピオンを目指す理由はライバルがいるから、なんだ? ライバルに恥じない自分になるため、君はチャンピオンになるということ?」
「そ、そうです!」


グリーンの考えはつくづく若者らしいそれだ。
彼はチャンピオンになるという本質を考えてすらいない。


「チャンピオンになる覚悟はしているの?」
「覚悟ならあります!」


その回答はわたしには酷く浅はかに感じられる。
ただ今条件を飲まなければいけないという予感があるから、口では可能と言ってるのが分かる。世界を知らない子供がよくすることだ。わたしも何度同じ過ちを繰り返したことだろう。


「うーん……。わたしからすれば、あなたはチャンピオンというものに夢を抱きすぎてる。それにね、グリーン君の話を聞いてて思ったんだけど」


グリーンを傷つけるため次の言葉を選択したわたしの顔には、悪魔の笑みが浮かんでいたことと思う。


「いつまでもライバルが自分を相手にしてくれると思わない方が良いと思うの!」
「………」
「君はライバルのためにチャンピオンになるって言ってたけど、それってすごく失礼なことよ。チャンピオンはあなたを飾ってくれる肩書きじゃないの。ライバルのためなんて、体の良い言い訳よ。そんなことじゃ、君はいつかライバルを呪うことになるんじゃない?」
「………」
「というわけで、この話は終わりね」
「待っ……」
「では、また明日」


コートの埃を払って、わたしはバトルフィールドを後にした。

むしゃくしゃする。わざとカツカツとヒールの音を鳴らしながら歩く。床を踏みつけるわたしに比べて、ワタルは静かにマントを翻し、ついてきた。


「おーい。随分と大人げないんじゃないか」
「………」
「いじわるだなぁ、も。あんな言い方しなくたって良いだろ」
「だってうらやましーじゃない」
……」


“いつまでもライバルが君と競ってくれると思わない方が良いんじゃないかしら”。

あれは明らかに嫉妬の言葉だった。
わたしにはライバルなんていなかったから。


「気持ちは分かるけどな、どうするんだ。話が計画とズレてきてるぞ」
「明日から考える」
のせいでグリーン君がぐれてたらどうする?」
「あれくらいでへこたれるトレーナーならますますお断りだよ。若すぎるチャンピオンなんていない方が良いんだから」


ライバルと渡り合うことを望むグリーンの炎に比べて、わたしの感情の炎はなんてくすんだ色をしているんだろう。
妬み、嫉みを燃料にわたしの悪意は燃え上がる。今夜は眠れそうにない。