GET REAL


早朝だと言うのにカントーリーグの面々はすでに集まっていた。


「あ、シバさん!」



わたしの顔より太く大きい筋肉のついた肩が振り返る。鼻の頭がぶつかってしまいそうで、わたしは一歩後ろに下がった。


「来ていたのか」
「一応昨日からね」
「早いんだな」
「いやーほぼ徹夜だよー」
「そうか。せっかくの機会、手合わせを願いたいが。どうやら大詰めらしいな」
「うん。今回は日程に余裕無いからバトルできないかも。あ、フルバトルじゃなかったら……」
「良い。今度はバトルの予定込みでスケジュールを立てるんだな」
「だよね。うちの支部長に言ってみるよ」


シバさんはわたしの後ろにいたグリーンくんを鋭い視線で一瞥して、去っていった。


「なんだよ……」
「まあまあ。昨日グリーンくんはシバさんのことも負かしたんでしょ? 多めに見てあげなよ」
「その通りよ。ね、
「あ、カンナ!」


後ろからするり、とすり寄って来たのはカンナだった。
振り返るとすぐそこに、キツい印象のメガネが顎、鼻筋、まつげのライン、顔の全てのパーツを際立てる、カンナの綺麗な顔があった。


「おはよう!」
「おはよう。久しぶり、元気そうね。ホウエンはどう?」
「優秀なスタッフのおかげでなんとかなってるよ」
「あら。仲良くやってるのね」
「うちすごいよ!? みんな仲良し。性格悪いのわたしくらいだからさ、ほんと仲良しすぎて逆に機能不全起こさないか心配なくらい。」
「悪役がいた方が良いって言うものね」
「そうそう。カンナ役が欲しいとこだよね」
「あら、私って悪役だったかしら」
「嘘くさい善人じゃないことは確かじゃない?」


そう言われて不敵に笑んで見せる辺り、カンナはノリノリだ。


「これからどこに行くの?」
「フレンドリィショップで朝ご飯。グリーンくんと!」
「あそこの食べ物がまずいとは言わないけど……。あなたも立場を考えて、もう少し良いもの食べたら?」
「……!!」


カンナの言葉はグサリと来た。
わたしの立場云々の話じゃない。グリーンくんにもうちょっと美味しいものをごちそうしてあげられない自分にだ。
わたしはフレンドリィショップにちょっと置いてあるライトミールやサラダ、サンドイッチとかが好きだけど、旅するポケモントレーナーの味方過ぎてごちそうらしさは全く無い。
現に今居る飲食スペースだって、机は小さくてイスは堅くて軽すぎる。


「ごめんね、グリーンくん」
「別に。良いですよ。オレがチャンピオンになって自力でウマいもん食います」
「あ、そう来る? にしてもグリーンくん、おごられ慣れてない?」
「大人のお姉さんには困ってませんから」
「そんな気がした」


苦笑いしながらもやっぱり、という感想を抱いた。グリーンくんの大胆不敵なところは異性関係においてもきちんと発揮されているようだ。
男らしからぬペンダントもしっかり似合っているし、彼は自分の魅力をよく知っている。

先ほど部屋の窓からも見えたワタルが、フレンドリィショップ備え付けのテーブルからも見えた。
相変わらず上半身には何もまとっていないのだけど、今は汗を拭いている。トレーニングはひと段落したのだろうか。

朝食をついばみながらもわたしの意識はワタルへ行っている。
そのことを、横の、聡い少年はすぐに気づいた。


「あんた」
「ん?」
「もしかしてワタルさんと付き合ってんのか?」
「は、え、まさか!」
「ほんとに?」
「嘘ついてないって。そんな風に見えた? いろいろお世話になったけど、そういう関係ではないよ」
「じゃあ、」


グリーンくんは身を乗り出して声を低くした。


「あんたがワタルさんのこと好きだって言うぞ」
「………」


なるほど。直談判があまり効果が無いと分かった彼。今度は脅迫に出たらしい。女性の恋心を人質に取るのはなかなか汚い手を使う。
稚拙で、くだらなくて、でも確かに効きそうだ。恋愛感情がなぜか妙に重要視されて物事が狂い始めることは少なくない。卑怯なことくらい彼なら分かっているんだろう。


「お願い、それだけはやめて……っ! って言えば良いのかな。ごめん、あんまり意味無いよ」
「……強がりは通用しませんよ」
「強がりじゃないってば」
「じゃあ良いんですか」
「だから、意味が無いんだってば」


グリーンくんを止めたいかと聞かれれば、止めたい。彼を卑怯だと思う。わたしの気持ちのことなど言って欲しくは無い。
確実な嫌がらせになる。でも、脅迫の材料にはなり得ない。

痺れを切らしたグリーンくんは立ち上がった。
そしてワタルの元へ駆けていく。わたしは止める気にはなれなかった。食べかけのサンドイッチを置いた。


「ワタルさん!」
「ん、なんだ?」
さん……」
がどうかしたかい」
「あの人、ワタルさんが好きなんだってさ」
「ああ、それなら知ってるよ。それがどうしたんだい」
「……それだけですか? 好きっていうのはただの好きじゃないんですよ。恋人になりたいとか思ってるってことですよ?」
「ああ。分かっている。なあ


ワタルから至って普通の声色で名前を呼ばれる。
きっとグリーンくんは告げたんだろう。目があったワタル。優しい顔つきをしている。わたしも笑った。


「うん、そうだね」
「他に何か用件はあるのかな」
「いや……」
「じゃあ俺は行くよ。! 午後になったらまた空く。準備もその頃終わるだろうから何かあったらその時にな」
「分かった、ありがとう。頑張ってね」
「ああ!」


ワタルとまた目が合う。
わたしも口端を上げ、手を振るとワタルは施設の中へ戻っていった。少し早足で。多分早くシャワーを浴びたかったんだろう。

残されたグリーンくんはしばらくそこに立ち尽くし、ワタルが消えた方向を信じられないという顔で見ていた。
それから重い足取りで元いたイスへと戻ってきた。


「……だから意味無いんだってば」
「なんでだよ」
「それはわたしたちがチャンピオンだから。ワタルとはそういうことで落ち着いちゃったの」
「意味分かんねー……」


グリーンくんはそう言って隣で脱力した。まったく。脱力しているのはこっちもだ。
ワタルが去った方向を横目で確認する。
ワタルはちゃんと大人を保っていた。わたし、ちゃんと出来ただろうか。大人っぽくやり過ごせただろうか。答えは誰にも聞けない。