「さん、オレをチャンピオンにしてください!」
グリーンくんは追い縋る目をした。それが叶うならなんでもするという、どん欲さを宿した目だった。
「チャンピオンの大変さ、オレは確かに分かってないかもしれません。それでも俺はレッドを待っていたい。絶対に譲れません! ここまで来て諦められるか! 俺はレッドと戦いたいんだ……!」
「落ち着いて。グリーンくんにはわたしの話をよく聞いた上で判断して欲しい。あなたがわたしたちの共犯者になるかどうか、そういう類の話だから」
最後の辺りは声を潜めて言う。これから話すのはあまり聞かれたくない話題だ。
「まずは場所、変えよっか」
わたしが立ち上がると彼も無言で立ち、わたしの後ろに立った。
場所は無難に執務室にした。昨日はグリーンくんを追い払ったその部屋に通す。
先にグリーンくんを通してからわたしは扉の前に立つ警備員に親しみやすい雰囲気で話しかけた。
「お疲れさまです。こんな時間にすみませんが、お願いしますね」
「はい」
「あ、このお菓子、食べてください」
「いえ、自分は」
「いいじゃないですか、ただの気持ちです」
「………」
「それじゃあ、よろしくお願いします」
扉をしっかり閉める。続けて窓も閉まっていることを確認し、カーテンを閉めた。
ワタルがここに来るのは午後。用事とやらがあると言っていたのだから、いくら早く終わるとしても1時間は来ないだろう。時間の余裕はある、けれど足りないような気もした。
まあ、座りなよ。そう声をかけるとグリーンくんは近くにあったイスに座った。膝の上で、手は堅く握りしめられていた。
わたしは立ったまま。座ったグリーンくんを見下ろすことになった。窓からの光がわたしの影をつくって、グリーンくんに覆い被さっていた。
「さて、何から話そうか」
「………」
「まずわたしのスタンスとしては、グリーンくんがこのカントーリーグでチャンピオンになれるよう手続きを行っても良いって考えてる」
「ホント、ですか」
「まあね。でも条件がある。代わりにわたしはグリーンくんをある事に利用しようって考えている。だから、これは取り引き」
「なんですか」
「ちょっと不愉快な条件だと思う」
「今更ですよ」
「そう、だね」
全くもってその通りだ。
わたしは彼に対して不愉快をまき散らしてきた。それなのに、彼はチャンピオンになれる可能性に縋って、望みを賭けてわたしに対面している。
わたしは彼くらいの時、こんなに意志の強い人間じゃなかったな。もっと周りに流されてた子供だった。
彼を虐げる立場ながらグリーンくんが眩しかった。
「その条件なんだけど。……グリーンくんにはある時期が来たらチャンピオンを辞めてもらいたいの」
「………」
「期限付きで良いんなら、チャンピオンにしてあげる」
こちらに弱みがあることを悟られてはいけない。あくまで、強気に。
わたしの目に映るのは、大人に責められるグリーンくん。可哀想だ。けれど、わたしの目はどこかグリーンくんを見ていない。
「わたしは意見を曲げるつもりは無いからね。でも譲歩ならしてあげられる」
「……期限って、どれくらいだ……?」
「そんなに長くはあげられない」
「どれくらいだ? 具体的に」
「ハッキリ言うね。ライバルのためにチャンピオンになりたいって言うんなら、そのライバルと戦ったらすぐ、チャンピオンを辞めて欲しい」
グリーンくんはごくりとのどを鳴らした。
無茶な選択肢を突きつけられ少し泣きそうな顔をしている。そんな表情をされると、わたしの表情はゆっくりと笑顔に染まっていく。
「こちらの条件はそのひとつだけ。君は一瞬だけならチャンピオンになっても良い」
「それでアンタらには何かメリットがあるのかよ……」
「メリットはもちろん、あるよ。すごく大きなメリットが」
「話せよ」
「その必要、あるかな」
「ある。オレは共犯者になるんだ。ちゃんと事情も知らせないくせに同じ罪を背負えって無理があるんじゃないのか?」
「……分かった」
彼の目は大きく揺れていた。
けれど、考えることは放棄していないようだ。冷静な内容の伴う反論が、わたしに小さく息を吐かせた。
「……わたしは一応リーグの伝統に刃向かう無礼者ということで、結構叩かれているんだ。私利私欲のためにルールを書き換えようとしている暴君、もしくは悪女とか」
全く、思い出すだけでも気分が悪い。聞き分けの悪い忌々しい顔どもが浮かんだ。同時にわたしへ向けられた罵声も、今耳元に突きつけられているようなリアルさで蘇ってくる。
けれど、暴君、悪女。当たっている。少年にこんな条件を突きつけるわたしは悪女である。
「まあそう言われる最大の弱みが、わたしが持ってる最年少記録なんだ。グリーンくんも知る通り、わたしは12才でチャンピオンになって、今もその記録を保持している。このまま未成年は職業チャンピオンになれない、なんてルールを追加する。すると、どうなるか」
「……あんたの記録を破る人間が出てこれなくなる」
「正解。卑怯者だって言い分はまあ、分かるでしょ?」
「そう、ですね」
「本当に困ってたところなんだって。記録なんて捨てられたら良いんだけど、そうも行かなくって。ルールは変えられても過去は変えられない。最年少記録なんて興味無いって言っても信じてくれる人、いないし。だから正直なところ、現在10才とちょっとのグリーンくんにこの記録を塗り変えてもらいたいんだ」
そう、グリーンくんさえいれば。10才になったばかりだというこの少年を利用すれば。風向きは変わる。憎たらしい奴らの論理をひとつ、へし折ることが出来るのだ。
「シロナさんって知ってる? シンオウリーグのチャンピオンなんだけどね、その人が歴代で初めての女性チャンピオン。連続チャンピオン記録も他に持ってる人がいるから、最年少記録さえ手放せばわたしは普通のチャンピオンになれる。……普通のチャンピオンって変な言葉だけど」
「オレが最年少記録を打ち立てなかったら、あんたはどうするんだ……?」
「その時はその時。他のあらゆる手段を使ってわたしは目的を達成する。グリーンくんの協力があれば円満な解決に近づくから利用したいだけ。残念だけど必要不可欠な存在じゃない」
「………」
「これがわたしが出来る最大限の譲歩」
「………」
彼は押し黙ってしまった。わたしを暗い感情のこもった目で睨み付け、目を反らしてはぽっきりと、折れてしまいそうな顔をする。
「………、……っ分からないんだ」
グリーンくんがやっと漏らした言葉はか細くて、消え入りそうで、遠くで聞こえた遠吠えのようだった。
「分からないんだ……。オレは別にレッドのために旅をしてきたわけじゃない。最強になりたいって気持ち、ポケモンが好きな気持ちはレッドと関係無くオレが元々持ってた気持ちだ」
レッド。その名前を口にする度にグリーンくんは揺れる心を持ち直していく。目標や夢、自分の願いを思い出す。レッドの名によって。
それは、わたしには全く知ることのできない感情だ。
「……でも。オレをここまで連れてきたのはレッドなんだ。レッドにチャンピオンになれなかったっていう報告をするつもりは、無い」
「それはどうも。ありがとう」
「もっと喜べよ。あんたの望みが叶うんだろ」
「グリーンくんの望みだって叶うよ」
「ほんっと卑怯な大人だぜ。でも実際にリーグを動かしてたのはあんたみたいな汚い大人なんだな」
「……あなたは、綺麗な大人に会ったこと、ある?」
気持ちのままの言葉を放ったことをすぐに後悔した。
「またいじわる言ってごめん、忘れて」
「………」
「グリーン、ありがとう。約束する。あなたを、チャンピオンにします」
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ちょっと解説:ワタルとさんはこの件について完全に結託しているので「チャンピオンにしてあげる」と発言しています。その他ある程度意見を同じくするバックが居るので、駆け引きの一環として強気な発言しているだけです。別にさんに超権限があるわけじゃ無いです、はったりです。