I WON'T LET THIS TAKE ME DOWN


どうやらバトルを始めたその時からわたしはミスを犯していたらしい。完全に頭に血が上っていた。
中庭をバトルフィールドにすることに、まったと言うべきだった。冷静に彼を室内フィールドへ誘導するべきだったのだ。四方を建物に囲まれたここじゃ、ぎりぎりの滑空を見せるわたしのひこうポケモンは十分な威力を発揮できない。
悪条件はさらに重なっていた。北からの冷たい風は吹いている。向かい風が、強く吹いていた。

そしてわたしの中に迷いが生まれていた。わたしは、勝つことを迷っている。

今、全てが上手く行こうしてる。
けれどここで勝ってしまったら?
風に乗り始めているグリーンくんをわたしが叩きつぶしてしまったら?
勝つことで払う代償はいったい、何?

グリーンくんの5体目・フーディンがスプーンが液体のように波打つほどのサイコパワーをみなぎらせている。それを確認しながら、わたしはぐるぐると内側からかき回されるような感覚とも戦っていた。


「みらいよち!」
「めざめるパワー!」


こちらのめざめるパワーはゴースト対策も兼ねたあくタイプ。いつもは不意をついて着実なダメージを与える有効打、なんだけど……。フーディンには耐えられた。
耐えられたどころかあまり効いていない。

フーディンに対する一番の有効打・めざめるパワー。無理矢理に引き出した力だとしてもこの威力のわけが無かった。
ナッシーの残したひかりのかべがフーディンを守っている。ナッシーは難なく落とせたのだけれど、その置きみやげは戦況をゆっくりとかき乱す。


「サイコキネシスだ!」
「もう一度! めざめるパワー!」


フーディンのサイコキネシスは大きくは無いものの確実にこちらの体力を削った。おそらく4割ほど。あと一発なら耐えられそうだ。
嫌ったらしいひかりのかべは完全に消えた。けれどもう遅い。こちらがフーディンにめざめるパワーを打てるチャンスは残されていないようだ。

なぜなら次に来るのは、みらいよち。
ここでサイコキネシスに続けてみらいよちまで一緒に叩き込まれたらさすがに落ちる。グリーンの側もそれを狙ってみらいよちを指示したに違いなかった。

みらいよちは防げなくてもせめて、サイコキネシスを防げば。次の先制技でフーディンを持っていける! しかもこっちは打撃技・でんこうせっか! 素早さゆえに脆いフーディンにたたき込めば流れを持っていける!


「まもるよ! その次にも備えて!」
「っじこさいせいだ!」
「……!」


グリーンの絞り出すようなその指示の声を聞いたとき、終わった、と思った。
こちらの守りを読んでフーディンは自己を修復しにかかる。

これじゃ先制技じゃ落とせない……!

動きのすばやさならフーディンの勝ち。フーディンはサイコキネシスを外さない。残された手は。ポケモンを交換するか。控えは“あの子”だ。フーディンから次に来るのはとどめのサイコキネシス? そしたら控えのあの子はサイコキネシスを2撃受けることになる。“あの子”でもフーディンのすばやさを上回ることは出来ない。
それに交換を読んでまたじこさいせいをしかけてくるかも。わたしの残り手持ちは2体。グリーンもフーディンを含め、2体。
完全に回復したフーディンを相手にするの? 崩れかけのこの子と“あの子”で?

どちらを取る、どちらに賭ける。

グリーンはじこさいせいか、サイコキネシスか。

じこさいせいを読んでめざめるパワーか。
でんこうせっかで少しでも次に繋ぐか。

どっちだ。わたしはどっちを正解にするんだ。



「――でんこうせっか!」
「サイコキネシス!!」
「………」
「よっしゃあ!! 5体目! 倒したぞ!!」


グリーン側からの歓声。いつの間にか集まった観衆もどよめいた。ホウエンチャンピオンが押されている、という声が届く。その声は確かに喜色に染まっていた。


「さあ! とっとと出せよ、最後のポケモン! 切り札はトロピウスだろ!?」


わたしは無言で最後のボールを触った。

バカだ。勝つか負けるか迷うだなんて。わたしには迷っていられるほどの余裕も、運も無いっていうのに。


「オレだって!」


武者震いであごから汗を垂らしたグリーンが悲鳴のような叫びを上げた。


「オレだって、分かってる……! あんたが! このフィールドじゃ実力を生かせないのを分かってて誘い込んだ!」


どうやらここでのバトルは仕組まれていたらしい。わたしが中庭で声をかけられたのは、偶然ではなかったのだ。


「オレらしくもない卑怯な手、使って、気持ち良いかって言われたらすっげー不快だって即答出来る。けど、なんて言われたって良い。オレはどんな手を使ってでも勝たなきゃならないんだ……!」
「……何言ってるの、グリーンくん」


彼がこめかみから汗を伝わせ、オレを責めるなという目をするからそんな返事がぽろりとこぼれた。


「勝てる勝負をすることの何が悪いの? 運だって、時の流れを掴むのだって実力のうち。本当に強くなりたいなら、勝ち続けたいと願うなら、全てを見極めて勝利を引き寄せるのよ」
、さん?」
「ねぇ。時代がなんて言っているか、聞こえない?」


わたしは顔から出てしまう笑顔をそのままにゆっくりと辺りを見回した。
観衆は突然のチャンピオンマッチに驚きながらも見入っている。

喜色と興奮の混じった視線。
皆が期待している。いやすぐその時が訪れると知って待っている。若きチャンピオンの活躍を。彼が世界最強となることを。多くの目線が遠くから来た強敵が、この地に生まれたヒーローによって打ち倒される様を見たがっている。
この場に存在する勝負の流れ、そして観客たちが放つ情熱の全ては、グリーンのものだ。

怪訝な顔したグリーンくんにますます笑ってしまう。
そうだよね、いつだって渦中の人物には分からないんだ。登場人物ではない人間にはそれがよく見える。

わたしは最後のボールをとって空に投げた。
ボールから飛び出したのは真っ赤なうろこを蠢かせる炎のポケモンだ。


「リザードン、落ち着いて。分かる? 故郷のフィールドよ」
「っよりによって……! な、ん、で、そのポケモンなんだよ……!」
「育ててたの。カントー地方のポケモンだけど、素敵な縁があってね」


そう、わたしの最後の一匹はリザードンだ。
長距離移動にバトルを終えたトロピウスは休ませ、代わりに時間を見てリザードンにカントー地方を見せてあげるつもりだった。
そこへグリーンにバトルを仕掛けられた。意外性で相手の動揺を誘えたけどメンバーチェンジが吉と出るか凶と出るか。それはわたしにも分からない。


「周りをよく見て。あなたにはちょっと狭いかもしれない。けど! 丈夫な足場が山ほどある! あの壁を最大限に利用できるのはフーディンじゃない、あなたよ!」


わたしの言葉を受けて、リザードンは息荒く炎を吐き出す。気合いは十分だ。


「まさかここでリザードンとは思わなかったぜ……。けど、ぜってー勝つ!」
「どこまでも飛べるようにわたしが育てた! 完成したあなたの力、見せつけるのよ!!」


恐れるものなんて何も無い。そんな表情を浮かべたもののちゃんと分かっていた。グリーンの最後の切り札がカメックスだということは。
それでも敗北をリザードンのせいにさせやしない。
相棒のトロピウスがいなかったから、とも思わせない。
わたしは、勝つことを諦めない、ポケモントレーナーでいたいから。











いや、わたし、寝不足だったし。
朝やろうと思っていたいつものトレーニング、ごたごたして出来なかったし。屋外バトルのあの風の涼しさが影響してたに違いないし、いやきっとそのせいだし!
……かっこわるい、浮かんでくるのは全部言い訳だ。

いやでも! もうこっちの手持ちが全部バレてたから対策も練られてたし。
……いやだから、どんな言葉を並べても負けてしまえば言い訳だ。

負けは負け。負けなんだってば。

………、負けた……。

わたしが育てたリザードンは流れを引き戻すほどのかなりの活躍を見せたものの、最後、グリーンくんの育てたカメックスのハイドロポンプにあと一歩敵わずに撃ち落とされた。

わたしの出来る限りを尽くして最高のリザードンに育て上げたんだけどな。グリーンくんとカメックスの絆、そして基本的な相性は越えられず、わたしは負けた。グリーンくんは見事にリベンジマッチに目が痛くなるほど鮮やかな、勝利を刻んだ。


「リザードンはよくやったよ」


そう慰めるも、リザードンはぐるると、不穏な音でのどを鳴らす。
ポケモンセンターで身体的には回復したものの、心までは簡単に回復しない。

自分に心底腹を立てた様子のリザードンがふ、と顔を上げる。
何かと思って同じ方向を見ると、あのマント男が立っていて納得していまった。


! そのリザードン、もしかして……」
「そう。あの時ワタルから託されたヒトカゲ、もといリザードンだよ。……リザードン。あなたのおやトレーナー、ワタルだよ」


覚えてる? と聞こうとしてすぐにやめた。ワタルを見るリザードンの目はうるんで、光をいっぱいにためていたから。