Not fair



部屋で設備と用具を揃えて待っていてくれたのは、そばかすがわずか頬に散る女性従業員だった。緊張した面もちの彼女とぱちり、目が合う。けど反らされる。

彼女の前には磨かれた、銀色のアイスケース3台分が部屋に並んでいる。アイスケースの中に絶対に食べきれない量と種類のアイスクリームはぎっちりと詰め込まれていて、だいたい6メートルほどの長さになる。遠近感を覚えるくらいに奥まで展開されているその光景は壮観だ。まずこれだけの設備が悠々と入るこの部屋もすごいのだけど。

圧倒されてるわたしを置いて、ダイゴはまっすぐに奥へ進んでいく。わたしの目はアイスクリームたちに釘付けだ。色とりどりのそれを見ていると、うっ、とうめき声が出そうになる。
なんかこうやってアイスクリーム並べられて、選び放題って言われて、後ろに並んでる人もいないからゆっくり選べて、もちろんお金のこととか気にしなくて良くて、食べ過ぎだよって咎める人も多分いなくて……。体がうずうずする。欲がどこからか押し寄せてくるのが分かった。


「あ、結構嬉しそうだ」
「なんでいちいち口に出して言うかな!」
「あ、僕はソフトクリーム食べたいな」
「えっ! せっかくこんなに並んでるのにソフトクリームなの!?」
「ヒウンアイスって知ってる?」
「知らない」
「一度食べておいた方が良いよ」
「……あとで一口わけてくれる?」
「もちろん。僕はこれだけで十分だ。……ありがとう」


シンプルなソフトクリームを受け取って、ダイゴは早々にソファに落ち着いてしまった。

さて、わたしはどうしよう。そんなにお腹が空いているわけでは無いのだけど、目の前のアイスはぜひとも味わい尽くしたい。
どれも食欲をそそる色をしていて、シンプルなシャーベットから味を組み合わせ複雑なマーブル模様を描くものもある。オリジナルの商品が意外に多い。定番のものも食べたことが無い味も、一口、舌の上に滑らせてみたい。絶対に美味しいだろうと簡単に想像がつくもの。
うー、迷う!

アイスクリームに見入るわたし。それをじっと見てくる視線に気づいて、わたしは目線をあげた。アイスクリーム屋の女性だった。


「ごめんなさい、わたし結構優柔不断で」
「い、いいいえ! お席にメニュー表がありますので、よよ良ければお座りになって……」


アイスクリーム屋のお姉さん、かみかみである。
顔を赤くされ、目を泳がされ。こういう表情にぴん、と来るものがある。どうやら彼女は緊張というよりは照れているようだ。

なるほどね。
相手側の抱く感情が掴めて、わたしは上辺だけの笑顔をやめる。


「大丈夫。見て選ぶのも楽しいから。だって本当にたくさんの種類があるもの」
「あ、ありがとうございます……!」
「そうだなぁ……。一番小さいサイズでちょっとずつ食べたいんですけど、そういうのって出来ますか?」


聞いてみるものだ。お姉さんは、はにかみながら一番細いコーンを出してくれた。
内心でガッツポーズ。このコーンなら乗ってるアイスも一口サイズ! 頑張れば5つくらいは食べれそう!


「じゃ、じゃあ……」


興奮して、五つのアイスクリームを指定する指は、正直震えていた。

ソファまで運ぶと言われてしまったのでわたしは大人しくダイゴの横に座った。ありがたいことにソファの場所はよく温風が当たる。

スプーンを受け取ってダイゴの手元のソフトクリームを一掬い。約束通りの一口を貰う。


「……美味しい」
「それは良かった」
「みんなにも食べさせてあげたい」


みんなとは言わずもがな、ポケモンたちのことである。


「出せば良いのに」
「重量制限あるでしょ。食べられる子と食べられない子が出てきちゃう」


ここがどこか忘れては困る。ホテルの最上部に位置するスイートだ。ポケモンたちの力でしっかり基礎工事をしたとしても、急に重量級のポケモンが姿を現せては、建物が危ない。

だから高層階はいやなんだ。
建物の耐性によって、放せるポケモンと放せないポケモンで分けられてしまうから。


「トロピウスはアイス食べるのかな?」
「冷たいものは苦手だけど少しは食べたがるかもね。でも重量ひっかかるのはトロピウスだけじゃないし」


わたしのトロピウスだけじゃない。
ダイゴの屈強なはがねポケモンだって、ボールから出てきた着地の瞬間や、ちょっとした動作で床を壊してしまう可能性を持っている。この部屋にいる限り、わたしたちはお互いのパートナーと一斉に顔を合わせることはできないのだ。

人間が作ったものなんて。所詮こんなものだ。だから、どんなポケモンも受け入れてそこに住まわせてしまう大地や海は偉大だと思わされる。

わたしは一番最初に故郷のヒワマキを思い出して、次に、チャンピオン時代を過ごした自宅に思いを馳せた。
家の庭なら、全員一斉に放せたのにな。
僻地の一軒家。ダイゴによって強制退去させられたわが家は、いつだって恋しい。一応今も家賃を払っているので帰ることは出来る。ただしダイゴからの許可が降りればの話だけど。


「もう一口ちょうだい」
「楽しんでるね。思った以上に」
「せっかくの機会だもん。楽しまなきゃ損だよ」
「そういう割り切りは大事だ」
「でしょ」


目の前の物事を感じとって見せる。こうやって感情を動かして、喜んで、素直さを失わない。そのことによって、物事が良い方に流れたりすることは意外に多い。

停滞するよりは流れてしまえ。
そう思うわたしがいるから、ダイゴとの生活はなんとかやっていけている。

それぞれに色の違うアイスたちが運ばれてくる。厳選に厳選を重ねた、さっき選んだ5つのアイスだ。


「これ何味?」
「シンオウ産純正あまいみつとナナの実、だったと思う」
「美味しそう」
「ああっ、自分でとってきてよ!」
「一口だってば」
「いやいや、アイス自体が一口サイズでしょうが。0.5口、0.5口で食べて」
「美味しい」
「ちょっとそれ一口だってば!」


結局あまいみつとナナの実味は食べられてしまった。
でもまた選び抜いた味が、まだ4つもある。
スイートルームに置かれてそのまま暮らししておいて言うセリフじゃないかもしれないけど、うーん、なんて贅沢なんだろう。

その贅沢はすぐに口の中で溶けてしまったので、早速二巡目へ向かう。あと少ししか食べられ無そうだけど、食べたいという気持ちの方が勝った。
まぁ良いよね。この食い意地張ったわたしの姿を見るのはダイゴと、アイスクリーム屋の彼女だけだし。


「ごめんなさい、でもありがとう。こんなに無茶につきあってくれて」
「い、いいえ!」
「アイスクリーム、すごく美味しいです。ちょっとずつしか食べられないのが悔しいくらい。貴女がこうして来たっていうことは貴女のお店?」
「元はイッシュ地方のヒウンシティで名物アイスで売ってたお店なんですけれど」
「え!」


イッシュ地方のヒウンシティ。それならヒウンアイスのことも聞いたことないわけだ。
それとは別に首筋がひや、と冷える。


「まさかとは思いますけど今日、イッシュから来たんじゃ……」
「違いますよ! 私はホウエン一号店の店長なんです、お店はカイナにあります」


あぁ、良かった。わざわざイッシュから人を呼び寄せたわけじゃなかったんだね。
いやカイナから呼びつけられるのも大変は大変だけど。


「店長さんでしたか。すごいですね。きっとそんなに年も違わないですよね? 大変でしたよね、こんなにたくさんアイス持ってくるの」
「い、いえ! チャンピオンのダイゴさんからのご依頼大変光栄です。それに私、さんに会いたくて!」
「そうなの? ありがとう」


なんとなく分かっていたことだったので、わたしは予定調和の笑みを浮かべる。


「失礼な言い方になっちゃうんですが……、生きてたんですね!」
「あはは……死んではいなかった、かな」
「良ければ、握手して貰えますか?」
「もちろんいいですよ」


はい、と差し出した手を恐る恐る握られる。
アイスを扱っていた彼女の手はひんやりと心地よい冷たさだった。こちらから少し力を込めて握り返した。心を込めると、それは相手に伝わる。たかが握手でも予想以上に喜んでもらえることを、わたしは知っていた。


「あの、また呼んでいただけますか? ここにいらっしゃるのなら配送も承りますし」
「ありがとう。気持ちは嬉しいんですが……、ごめんなさい」


アイスクリーム屋さんが悲しそうな顔をする。でもこれはわたしの好みの問題でもなく、ダイゴが握っている問題なのだ。


「わたしはまた食べたいって思うけど、多分もうすぐここからはいなくなると思うから。行き先も決まっていないの。でも、今度時間が出来たら、今度は自分の足で食べに行きます」
「はい! ぜひ来てください! カイナの市場で屋台を出していて、私はいつもそこにいますので!」


カイナの市場に並ぶ屋台。そこで売られるアイスクリーム。その光景を思い浮かべるだけで、わくわくしてくる。

いつか行けたらいいと思う。けれどそれは実現の期待できない望みだ。
自分の足でどこかへ行く。今その主導権すら、わたしには無いのだ。


「今日は本当にありがとう!」


笑顔で隠し事するのはもう慣れている。





おやつ時を過ぎれば、ワンルームのアイスクリーム屋は店仕舞い。
さすがにアイスばかりがお腹に入れば寒気が来て、わたしは一枚上に羽織る。


「ダイゴ」
「何?」
「次はどこ行くの?」
「どうして分かったの?」
「この前もそういうパターンだったよ」
「この前っていつ?」


ひどく嬉しそうにダイゴが聞き返してくる。
ダイゴにとっては、自分の考えを読まれるのすら嬉しいことらしい。


「前回もそうだったよ。珍しく泊まってる部屋に誰か連れてきたと思ったら、次の日に急に移動だ、って。急に言われたもんだからさすがに覚えてる」


従業員以外の接触を持たせない生活の中で、ダイゴがわたしたちの居場所を誰かしらにバラす時。それはもう今いる場所を捨てるというサインだった。

この部屋の初めてのお客さまだった、アイスクリーム屋さん。
彼女は彩り豊かな氷菓と一緒に、この部屋での生活に終わりを告げに来たのだ。わたしにとっては、そういう存在だった。


「一応次が当初の目的地なんだ。そこの調整が済むまで、こういう適当なところ来て時間潰してただけだよ。きっと気に入るよ」
「良い場所なの?」
「今までで一番良いところだよ。僕も好きなホテルなんだ」


あ、やっぱりホテルなのね。そう思いつつもわたしは期待を抱いていた。
ダイゴがそう言うのだから少しはおもしろい場所に違いない。ただ高かったり豪華わけでなく、何か、ダイゴに好きと言わせる何かがある場所。それならわたしも楽しみだ。どこか普通じゃないに決まっている。

今までダイゴが好きだと思ったものはたいがい、わたしも嫌いじゃない、もしくは好きだと感じられた。石については、見分けがつかないことばかりだけれど、ダイゴが好きだというなら愛嬌を感じられた。

ヒウンアイスも好きな味だった。
趣味が合うとまでは行かないけれど、同じものを同じようにおもしろいと感じられる。そういう好みの下地みたいなものは、わたしとダイゴは共通のものを持っているようだった。
ダイゴが好きと言ったもので、理解しきれず首をかしげてしまったのはわたし自身の存在くらいだ。


「ダイゴ」
「何?」
「わたし、彼女に“生きてたんですか”って言われたんだけど」


彼女のように、わたしはもうホウエンの人々に死んだ存在だと思われているのだろうか。
確かに、ホウエンで顔を売りまくっていた人間がバトルに負けたと同時にぱったり姿を見せなくなったら。世間での目撃情報も無く、消息不明となっていたら。どっかで生きているんだろうと思われるように、どっかで死んだと思われる可能性もあるだろう。

でも、結構ショックな言葉だった。わたし自身の人生はまだ、続いているのに。
まるでチャンピオンでないとわたしが生きていないみたいだ。

胸に残った衝撃を拭えないままのわたしに、ダイゴはあっけらかんと言い放った。


「僕もそれよく言われるよ」
「な、……」


なるほどね。
わたしのせいじゃない、そう言われがちなダイゴと一緒にいるもんだからわたしも死亡説を唱えられるようになったのか。


「なるほど理解した」


まったくもって、腑に落ちないけれど。