The Origine of the World


ダイゴのことを受け入れたのは今までできなかったことをやろうと思ったから。自分の知らない世界があるかもと思ったからだ。今までとは違う自分になれるかもと期待をかけたのもある。
けれど実際に知ったのは、知らない世界と、常識外のお金の使い方。





車が門をくぐったかと思えば続く舗装された道路。いつまで経っても塀が見えない。


「ダイゴ……」
「何だい」
「さっきの門からずいぶん長いんだね」
「まぁね」
「まぁね……?」
「ここはそういう場所なんだ。門から中の敷地を丸ごと貸してくれるんだよ」


えっ……、とドン引く声も出なかった。
急に喋られなくなったわたしを面白がりながらダイゴは新たな滞在地の説明を続けた。


「僕が幼い頃によくつれてきてもらったんだよ。懐かしいな」

「湖畔にひとつ、丘の中腹にひとつ。あと林の中にもロッジがひとつある。あっちの山から、湖の奥のあの山までは自由に行って良い」

「ある程度の整備は進んでいるけれど、特に森の奥深くは自然のままだ。ポケモンたちもたくさんいるよ」

「僕にお気に入りの場所があるから後で案内するね」


これ全部が!? 驚愕の表情を読みとってダイゴは訂正を入れる。


「少し違う。この土地は会社の持ち物なんだ。役員とその家族だけが申請すれば泊まれる。あとはいわゆる、接待とか、本当に秘密を守りたいとき。たまに、社の実験で広い場所が必要な時も使うらしい。でもしばらくここに泊まるのは僕らだけだ。……? どうしたんだい?」
「ううん、ちょっと体が寒くて」
「冷房がきつかったかな」


ダイゴの言うとおり、冷や汗に冷房がきつい。
ヒワマキで生まれて、ヒワマキで育って、リーグに入ってからは良い思いと見慣れない世界を垣間見てきた。いろんな世界があると思って、見てきたけれど、ここまで来たかという気はした。

見晴らしの良い丘。その中腹にある西洋風の建物の前で、車は止まった。ここにした理由はダイゴ曰く、プールがついているからだそうだ。

意地を張ったって仕方がない。出自は嘘をつけない。わたしは思う存分あたりをきょろきょろと見回した。
玄関口の前では、ここで働く人とおぼしき人たちが静かに礼をして、わたしたちを迎えた。


「やあ」


ダイゴの気さくな声がけに、一層礼を深くしてから顔を上げたのは初老の男性だった。


「お坊っちゃん、ようこそいらっしゃいました」


笑いじわが染み着いた優しげな顔立ちに、親しみの感情が溢れる。
よく見れば全員がダイゴに親しげな笑みを浮かべ歓迎している。
僕が幼い頃によくつれてきてもらったんだよ。そう言ったダイゴの言葉を思い出した。


「みんな、元気だったかな。また会えて嬉しいよ。——、紹介するよ。
彼はここの責任者だ。使用人の中でもベテランだから、も何かあったら彼に言うと良い。あとこちらは料理人の……」


ダイゴが次に差したのは、ゲンジさんに雰囲気のよく似た、職人気質の男性だ。


「ここでの食事を一手に引き受けてくれている。もちろん、腕は最高だ」


そして最後に、初老の使用人、その部下だという女性をふたり紹介される。
彼女たちももちろんここでいろいろな仕事を請け負うらしいが、直接やりとりをするのはほとんどが、初老の使用人だとダイゴは補足した。


「以上。今日からここにいるのは、ここにいる4人と僕とだけ。まぁみんな程良くやろう。みんな、だ」


今度はわたしが紹介される番だった。


「いろいろあったけど、よくやく一緒に来てくれたんだ。僕からもよろしく頼むよ」
「久しぶりにお会いする坊ちゃんが、初めてお父様以外の方と見えられて、感激、極まっております。皆で心をこめてここでの生活をお手伝いいたします故、何とぞよろしくお願い申しあげます」


その時ばかりは、チャンピオンだった時みたいにできなかった。多くの人から笑顔を返して貰えるような、褒められる笑顔の作り方を忘れ、わたしはうわずった声で「です」。それから「どうぞよろしくお願いします」と簡素な自己紹介をした。

その人の、まずは休憩のお茶をという提案で、わたしたちは屋内へと入っていった。


内装は意外にも、木がよく使われていた。品良く落ち着いた、悪く言えば古めかしい作り。
おそらく、年に数人。限られた人だけが季節を過ごす、デボンコーポレーションの持ち物。そう考えれば、新しすぎない建物に納得がいく。
ここは大多数の目を楽しませるために常に更新しなくてはならない、そういったせわしなさとは縁のない場所なのだ。

ソファにぎこちなく座る。ダイゴもその隣に座った。お茶を待つわたしを、ダイゴはくすりと笑った。


「借りてきたエネコみたいだ」


存在するとも想像すらしなかった場所に、わたしはいるのだ。知らない場所に連れてこられたエネコみたいにもなる。


「さっきも少し言ったけど。家族以外の人とここに来るのは初めてなんだ。親戚ともそう来ない」
「そう」


相づちが果たして届いているのか。不安になるくらい、ダイゴの瞳は窓の外遠くを見る。


「子供の頃、ここで過ごすのが好きだった。誰もいない、自然。自由なフィールド。ここは、僕にとっての楽園だ。だから連れてきたよ」
「ここを、わたしに見せたくて?」
「それもある。けど、好きな場所に好きなものを追加してみたかったんだよ」


わたしはいつの間にか、楽園への招待を受けていたらしい。それも客人としてではなく、そこを構成する一員として。

ダイゴの言う楽園の地で、わたしたちのばかばかしい日々は幕を開ける。