わたしは一目惚れを知っている。初めてみた時からかみなりはわたしの全てをビリビリと突き抜けた。
まばゆい光に、見ている世界の色を全部奪われた。体の方も忘れずに痺れさせてたそれは一瞬で駆け抜けて、刹那、去ってしまう。もっと、もっと長く、わたしの中にいて欲しかった。なのにどこに行ってしまうの。追いかけずにはいられないのに、あたりを見渡してもそれはどこにもいない。
稲妻は、あっという間にわたしは取り残される側にしてしまった。
何をしていてもあの痺れを思い出しては、どうかもう一度出会えないかと、うわの空になる。これが一目惚れじゃないと言う人がいるなら、じゃあなんて言うのか聞いてみたい。そのひとのこともかみなりの中に突き落として、聞いてみたい。
とにかくわたしは、一瞬のうちにしてでんきというものがすべからく、好きになってしまったのだ。
恋の始まりはかみなりからだった。けれどでんきならなんでもときめくようになってしまったわたしは、静でんきにさえメロメロだ。おうちのレンジが通電して、ぶうんと動き始める瞬間にも気分が上がってしまう。
もちろん、それをまとって生きているでんきタイプのポケモンも好きだ。見かけるだけでどきどきして、全身の動きがおかしくなってしまう。おかげで地元ではでんきタイプにこだわる、ちょっと変な子という扱いを受けている。
変な子という目で見られるのはあまり嬉しくない。けれど仕方がないと思っている。だって、でんきというものが好きというのは、どうしてもウソにできない、わたしの中の本当だからだ。
それに変な子扱いは悪いことばかりじゃない。わたしにはでんきつながりで増えたおともだちがいる。
同い年なのにジムリーダーになれてしまった天才・シトロンくん。ポケモンにも詳しくて、自分でなんでも作っちゃう発明家のあの子とともだちになれた。だから、好きというパワーはすごいし、わたしはでんきを好きになって良かったと思うのだ。
おはよう。
声は出さずに、コンセントの近くで体を丸めるオレンジ色にわたしは挨拶をした。このオレンジ色はデデンネというポケモンで、今日も懲りずに、わたしの家からでんきをもらいにきたのだ。
小さなデデンネはとてもおくびょうだ。だけどもでんきが大好きで、人の目を盗んではわたしの家に入り込んで、でんきを勝手に食べて行ってしまう。
オレンジ色の毛玉は丸まったまま、もぞもぞと動いて、時々ピン、と黒いアンテナのようなヒゲを震わせている。デデンネは一度振り返って、わたしが覗いていることに気づいてくれた。けど、またすぐにでんきに夢中になってしまった。
デデンネとの仲は、実はこれでも進歩があったりする。もし自分を見つけたのがもしお父さんかお母さんなら、デデンネは一目散に逃げていただろう。お母さんはでんきを食べてしまうデデンネを嫌がっているし、お父さんもそれを知ってるから、デデンネは追い出されてしまう。
けれど、なら大丈夫と、このデデンネは覚えてくれたのだ。
改めて、じぃいん、と言葉にできないほど気持ちよくなってしまう。
デデンネがわたしから逃げないでいてくれるだけで嬉しかった。だけど今日のわたしはもっと、と思う気持ちが育っていて、でんきを食べ続けてるデデンネに思う。
そろそろ、触らせてくれないかな。でんきを蓄えられるその体は触るとどうなるのだろう。やっぱり、ビリッとするのだろうか。どんどんと大きくなっていくときめきに負けて、そろそろと指先を伸ばす。
「あっ」
ざんねん。やせいのポケモン相手に触るのはまだ早かったみたいだ。気配を敏感に気づいたデデンネは、でんきの食事も放り出して、走り出してしまった。
家具の下をすりぬけて、小さな足音が去っていく。
「………」
大好きな感触に届かなかった指先を、落ち着かない気持ちでこすり合わせると、わたしはミアレタワーに向かった。このもどかしい気持ちを打ち明けられるのは、シトロンくんだけだからだ。
シトロンくんは言ってくれた。
『ポケモンたちのことで何か聞きたいことがあれば、いつでも来てください』
その優しさをお父さんは当たり前だと言う。この街のジムリーダーなのだから、みんなとポケモンのために行動するのは普通のことなのだと。
お父さんの話にわたしは傷ついた。わたしがシトロンくんと友達になれたのは、もしかしたらシトロンくんがみんなにしていることなのかもしれないからだ。
ほんとは毎日、シトロンくんに会いに行って、でんきタイプのポケモンの話とかをしたい。
だけどわたしはシトロンくんにとっては、大勢の中の、親切にしなくちゃいけない一人なのかも。そう思うから、ミアレタワーに向かうのはなるべく時々にしている。
たくさんの人とポケモン。それから時々タクシーが行き交う通りを、真ん中の白いタワー目指してわたしは歩く。道が多くて迷いやすいミアレシティの中心で、ミアレタワーは今日もきれいだ。
タワーの下の広場にも、たくさんの人がいたけれど、シトロンくんのことはすぐに見つけることができた。ちょうど伸びたエイパムアームが荷物を持っているのが見えたからだ。
「あ、シトロンくん!」
「、奇遇ですね!」
「奇遇じゃないよ。わたし、シトロンくんに会いに来たんだよ」
「んン゛ッ!」
シトロンくんが急に大げさな咳払いをする。わたしはまた何か変なことを言ったらしい。
言葉や行動の間違いが、事前にわかったらいいのに。わたしにはそれがなかなか上手くいかない。だからシトロンくんの咳と、ズレたメガネが治るのを待つ。
「あ、あの! デデンネとは、仲良くなれましたか?」
「シトロンくん、気にしてくれてたんだ……」
やっぱり嬉しくなってしまう。シトロンくんに優しくされると。
たとえそれが、道端で困っているひとを助けるような優しさでも、シトロンくんからのものだと思うと嬉しくて仕方がない。喋り方ひとつでもそうだ。誰も同じものを持っていないように思える。シトロンくんだけの特別な声だという気がして、それがわたしの方へと向いているだけで、そわそわしてしまう。
「今日、触ってみようとしたらデデンネ、逃げちゃった」
「そうなんですね。デデンネは小さいポケモンですから、まだ少しが怖いのかもしれませんね」
「うん。で、この前ね! わたしが静かにしてたらまた戻ってきてくれたの。もう近くにいても逃げないし、デデンネも少しは慣れてくれたみたい」
「そうですか!」
メガネの奥で青い目が笑うと、やっぱり嬉しい。
もしかしたらそのうち、の家族になってくれるかもしれませんね。そうはにかむシトロンくんの声が、ぼやけて通り過ぎて行ってしまう。
その時だった。ぐん、と体を突き飛ばす、突風が吹いた。
ミアレの通りを駆け抜けてきた風が広場の人たちにぶつかって、誰かの帽子、誰かの日傘も一緒に空へと登っていく。
冷たい突風だった。いつものわたしなら、この後かみなり100回くらい落ちるかみなり雨になればいいのにと曇り空を見上げる。なのに、今日のわたしはそれどころじゃなかった。
突風によろめいたわたしを、シトロンくんが受け止めてくれたのだ。
いつもはリュックの肩紐や、機械をいじっている手がわたしを支えている。それから、おでことおでこがくっつきそうなくらい、シトロンくんが近い。
そしてわたしは目を丸くする。あれ、なんだろう、ビリビリを感じる。
「なんで……?」
「え? !?」
わたしは知りたくなって自分から掴む。慌てて逃げていった、シトロンくんの手を。
触れ合った瞬間、やはり触れたところから走るものがあって、思わず心臓が口から飛び出そうになる。
「やっぱり! ど、どうして!? なんでビリビリするの!?」
このビリビリ感、でんきであることには間違いない。でもかみなりとは全然ちがう。
でんきショックでも、10まんボルトとは真逆のでんきに思える。
せいでんきでもない。せいでんきはもっと弾けるように走って、時にはまひさせられてしまうものだ。
すごく細かくて、柔らかいでんきだ。あたたかな小雨のようで、ずっと浴びていたくなる。目で見ることができたらきっと、シトロンくんの髪の色みたいな、レモンイエローのでんきだと思った。
「何これ、他の電化製品に触っても、こんなことなかった! お父さんお母さんと手を繋いでも、こんな風にはならないよ! このビリビリはなに? シトロンくんも感じる……?」
この弱いでんきはわたしだけに走っているのかと思った。けれどシトロンくんは真っ赤な顔でうなずく。
「これ、シトロンくんはよくある? 他の人に、こういうの、感じる?」
今度のシトロンくんは首を横に振った。お腹が痛いみたいに俯くと、こちらに向けられた頭のてっぺんの跳ねた髪が、今にも死んでしまいそうな声で言う。
「ぼ、ぼくも、こんな風になるの、だけ、です……」
ならばこのでんきは、他でもない、わたしとシトロンくんが触れ合っているから起こる、そんな特別なでんきなのだろうか。
そんな不思議って、あるのだろうか。何が何だかわからないけれど、触れ合ったところが気持ちいいことだけは確かだ。
「ねえ、教えてよシトロンくん……。これって何? シトロンくんなら知ってるでしょ?」
「そのっここここ、これは!」
わたしは思う。シトロンくんがくれるこれを絶対手放したくない。だけど、わたしの目の前はぐるぐると回り出していた。このでんきは弱くても、やっぱり体を流れて、ゆっくりと頭を痺れさせてしまうようだ。
目の前が白く、ほわほわにぼやけてきたその時。ガッシャンという音がすぐ横でした。見れば、エイパムアームが持っていた荷物を落としたようだ。大きな音に驚いて、わたしもシトロンくんの手を離してしまった。
途切れてしまったあの気持ちの良いでんき。あっ、と声を出す前に、エイパムアームはへこんでしまった箱を拾い上げて、シトロンくんはわたしに背中を向けて走り出していた。
「っすみませんこれ以上は無理です!!」
「シトロンくん、待って!」
逃げていくシトロンくん。
初恋のかみなりも、わたしの家に来るデデンネも、すぐに逃げてわたしを置き去りにしていった。でもシトロンくんだけは、そうであってほしくない。
恋心を追いかけなきゃと思って体が動くのはシトロンくんが初めてだ。あのビリビリの向こうに通じてたシトロンくんの熱を追いかけて、わたしは走った。