こんな事、本人に言ったら苦笑いをさせてしまいそうだ。けれど幼なじみの視点で見たものを言葉にすると、ダイゴという人は実にソツなくチャンピオンになってしまった。
 彼がチャンピオンになるまでの、道のりにあった様々な出来事はもちろん聞いている。事あるごとにダイゴから話してくれた。だから安易な言葉でまとめて語るのは本当は間違っていると分かっているのだけど、けれどやはりすんなりとダイゴはホウエンリーグの王座に納まってしまった。
 同じようにソツなく実家の会社を継ぐべく副社長となって、ムクゲさんに頼られつつ仕事もこなしている。そうやってソツなく愛する人との結婚も済ませるのがダイゴだと思っていた。なのに、ダイゴは今も私の隣にいる。

 惰性で無料配信の映画をダラ見してる私と同じテーブルを囲んで、ダイゴは本を読んでいる。どこかの地方の地学情報をまとめた図録だ。そういう、別に自分の家でもできそうなことをしている。
 まあ私の方も、ダイゴをあしざまのようには言えない。携帯端末で映画を見るなんて今じゃなくても、ダイゴの横じゃなくてもいいことを好き勝手やっているのだから。この映画のマリルリ、シーンにぴったりの表情をちゃんとしていてすごくいい子だ、なんて同時並行で考えながら私は呟いた。

「ダイゴっていつ結婚するの?」

 さすがにほんの少しの間が空いてから、「いつだろうね」という端的な返事がある。

「とりあえずそんな急に結婚はしないよ。まず恋人や婚約者がいないのはキミに話してるだろ」
「うん、聞いてるけどさぁ」

 でも、私の見立てでは25歳になったダイゴはとっくのとうに結婚してるハズなのだ。ダイゴに相応しい人が現れて、非の打ち所がないような家庭を持つ。それを私はぼけっと眺めて見送るビジョンをずっと持ち続けているが、一向にその気配はない。

「#name1#は?」
「私の方がそういう人いないの、ダイゴ知ってるでしょ」

 私の未来のビジョンとしては、ダイゴの完璧な結婚をお祝いした後くらいに、ちょうどいい人と、もし幸運にもご縁があったら結婚しようかな、くらいのものを抱いていた。
 これまた勝手な未来想像図を語ると、私が結婚するなら、それはダイゴの後だと思っている。
 というのも、そういう雰囲気になりかかった相手がいても幼馴染みのダイゴを目の前にすると、相手の男の人が勝手に霞んで、消えていってしまうのだ。ダイゴは何もしないのに、だ。
 相手から「ダイゴさんという人が居ながら自分を好きだなんて信じられない」とまで言われたこともある。ダイゴは変わってる部分も大いにあるし、そんなに非の打ち所がないような男でもないと真剣に説得したこともある。けれどダメだった。全て徒労に終わってしまったのだ。

 私の結婚があるとしたら、ダイゴの後。それは当てずっぽうを言ってるに過ぎないのだけど、事実としてダイゴに結婚してもらわないと、私も結婚できない気はしている。

「キミは結婚したいのかい?」
「うーん。素直な気持ちを言うと、よく分かんないよね」

 上の世代の人に聞かれたら多分幼いとでも言われてしまいそうな意見だけど、ダイゴは続きを促すように黙って微笑んでいる。

「だって、それが良いか悪いかのイメージも無いし、結婚って契約みたいなもののはずなのに何も約束してくれないように思える」
「うん」
「でもダイゴが結婚してないのは、なんていうんだろう。違和感っていうのかな。そう、私から見ると、違和感がある」

 誰よりもポケモンのことに長けていて、誰からも気に入られてた。昔からすごかったダイゴの姿を見て、私は彼のことを世間が安易に成功や正解と呼ぶようなことを全部、手に入れるんだと思っていた。
 形にとらわれないくせに、でも人が羨む生き方の形をすんなりと物にする。
 幼い頃に抱いた印象は、今まではちゃんと当たっていたのだ。ダイゴはチャンピオンになったし、手に入れた役割は唯一無二で素晴らしい。
 だけど恋愛のことだけは当たってくれなかった。不可思議なくらいに。

「結婚はしてないし、恋人も婚約者も相変わらずいないけど、ボクは自分に何かが足りて無いとは思わないよ。むしろ満ち足りているよ」

 そう言って細まったダイゴの目。冷え切った零度の夜に見上げた月のような、鋭利で満ち満ちた瞳の輝きで、嘘偽りない言葉なのだと思えた。

「だからキミが結婚のことをもう少し想像できるようになって、必要だと思えたり、楽しい気がしたらボクと結婚しよう」
「ん?」

 思わず顔を顰めて首を伸ばした。急に話が飛んだからだ。ダイゴとの結婚談義に意識が行って私がストーリーを追えなくなった、目の前の映画よりもずっと話の内容が飛躍している。

「え、私、ダイゴの恋人じゃないよ?」
「うん、恋人なんてものじゃないからね」
「じゃあ何なの?」

 そういえば今までちゃんと聞いたことがなかった疑問を、気づけば私はダイゴにぶつけていた。貴方は私をなんだと思ってるんだ。
 とりあえず友達だとは思っていたけれど、話の流れで行くと、キープってやつだろうか。まあ確かに、ダイゴの事はよく知ってるつもりでいるから、最終手段として一緒に暮らせなくは無いかもしれないけれど。

「#name1#はボクの運命の人……いや、違うな」

 ダイゴは地学の本を閉じて、折り曲げた人差し指を顎にそっと添える。それから、ごく僅かな、微笑を漂わせて言った。

「宿命の人かな」
「なんか怖っ」

 隠さず嫌な顔をすると、ダイゴは大きく口を開けて、砕けたように笑い出してしまった。
 確かに運命ではない。そんな美しくもないし、愉快でも無い関係だ。だけどそんな、積年のライバルみたいな位置付けをされるとは思わなかった。
 苦々しい私の顔を再度横目で見たダイゴは、よりいっそう破顔した。

 お腹に手を添えて、大笑いしている形の良い横顔。時々輪郭に光がかかるのがまた眩しい。
 ダイゴの笑っている姿は綺麗。なのに私は少し憎らしさを覚えてしまう。

 多分ダイゴがどうにかならないと私の人生も、”まとも”や"普通"と呼ばれるポイントを通過できない。なのにダイゴは、誰かもう一人の人間と運命共同体になることについてだけは、自分だけが先を行ってくれようとしてくれない。
 宿命の人。ダイゴの言葉が急にしっくり来た。宿命という言葉が捉えていたものが、私の深くへと、落下音ごと吸い込まれていくのを感じる。
 体に当たったホウエンの風がやけに熱い。違う、私の体が冷たいのだ。ダイゴとの赤だけじゃない色の糸がすでにこんがらがっているのが不意に見えた気がしたから。ぶるり震えてしまうほど私の体が冷たいのだ。