小さなことでもダイゴさんに話したくなってしまうのはもう毎日のことで、私はその衝動と一緒に生活をしているようなものだ。すぐにダイゴさんを追い求めるこの衝動をなんとか宥めながら、どうにか人間をやっている。
だけど今日ばかりはその衝動がより強く、胸で膨れ上がっているのを感じる。
おてんきおねえさんがニュースで断言した通り、雪はお昼過ぎに音も無く降り始めた。ホウエン地方で自然に、まとまった雪が降るのはかなり珍しい。
ふぶきとか、あられといったものはポケモン勝負で見慣れている。けれど、街を、森を、山々全てにかぶさるように降りしきる雪を見るのは初めてだ。
誰も彼もが寒いと悪態をついているようで、本心は浮き足立っているようだった。
私も。馴染みのない白くて冷たいふわふわに、童心がくすぐられるのを感じる。無いとは言い切れない大人の自覚で、わかりやすくはしゃいだりはしない。けど、寒い中、立ち止まって空ばかり見てしまう。鼻先に痛みさえ感じているのに、全身で雪空を受け止めてしまう。
でも雪にはしゃぐ事より堪えていることがある。
降ったね、と恋人にたわいもないメッセージを送りたい。
けど、ダイゴさんは明後日まで洞窟の中の予定だ。行き先は伝えられたけど、その洞窟が電波の届くのか、私にはさっぱり分からない。それ以上にダイゴさんは今、石に夢中になっていて、彼だけの楽しい時間を過ごしているはずだ。
だから私はうずく指先をぎゅっと握ってポケットに詰め込む。そうして冷え切っているであろう自宅を目指して歩き出した。
帰ってきた部屋はやっぱり冷たく沈み込んでいた。家の中でも白い息を吐きながら、一番に暖房を点ける。とにかく部屋があったまるのを待ちつつ、夜ご飯の下準備をし始めた時だった。
ぴんぽーんと呼び鈴が鳴る。
こんな時間に? 誰が? とにかく、訪問者だ。何か宅配の注文とかしてたっけ、なんて考えながら覗き込んだインターホンの画面。
映された姿を見て、自然と「えっ」という声が出た。
慌ててドアを開ければ、ダイゴさんは傘に積もった雪を叩いて降ろしているところだった。
石探しを終えるのは明後日のはずだ。なのにどうして目の前にいるんだろう。ダイゴさんは驚いている私を一瞥し、どこか満足そうな微笑みひとつ返してきた。
肩やスラックスについた雪を払うも、まだところどころ白をまとわせながらダイゴさんは言う。
「ちゃんが、ボクの顔を見たがってる気がして」
「そ、そうですか」
白い雪への感動と寒さに震えていたら、ダイゴさんの顔が思い浮かんで仕方がなかった。それは事実だ。
けれども、私はダイゴさんの言葉に一握りの違和感を覚えていた。
この人も、静かな非常事態の中、私の顔を見たくなったのではないか。そんな気がしてしまう。もちろん本人には言わず、ただ勘を燻らせていたら、私は次の瞬間不意打ちをくらっていた。
「本当は、ちゃんの顔が見たくなったのが先だよ」
なんてずるい恋人なのだろうか。
それを真っ直ぐに口にできてしまうところが、ずるい。
「ちゃんが思い浮かんで仕方ないと思っているうちに、ちゃんもボクに会いたがっているんじゃないかと思えてきて。だから帰ってきたよ」
ボクの顔が見たかっただろうなんてキザに思えるセリフだって、ダイゴさんが言うにはぴったりだ。私はそれでじゅうぶんころりと転がされてしまう。だけど彼は私に、結局本音を教えてくれた。
本音を、飾らない本音のままに、恥ずかしがることもなく。
そして今は爪の間に土が詰まっているのを見つけたようで、指先を気にしている。その仕草はダイゴさんにしては人間くさい。
「……外、寒かったですか?」
「うん、こういう日は洞窟の中の方が随分暖かいよ。……あ!」
「な、なんですか」
「ちゃん」
「はい」
「今日のボクのポケモンたちは本当に冷たいから素手で触る時は気をつけるんだよ」
まじめな表情で伝えられた注意の内容に、私の肩から力が抜けていく。
恋人同士のはずなのに、小さな衝動をぶつけて良いかさえ立ち止まって考えてしまうのは、ダイゴさんへの先入観が今も私の中でこびりついているからだ。
立ち位置はいつも遠くて、強いからこそ自由。その姿を万が一、私が何か変えてしまったらどうしよう、なんてことも考えてしまう。
実際にダイゴさんは誰もが敵わないところだらけの人だ。だと言うのに、どうしてだか、私が思うよりずっと近いところにいる。それがダイゴさんなのだ。