※ゼルダの伝説、ブレスオブザワイルドのリンクさん




 木に実るリンゴをひとつを得るのにも、そのひとの性格が出る。
 手が届くひとつめ。ジャンプしたり、木に足をかければまあ触れるふたつめ。そして木に登っても、なかなか手の届かないみっつめ。

 私は。カカリコ村で暮らす平凡な、シーカー族の血も薄い私は、ひとつめのリンゴは普通に手を伸ばし赤い果実をもぎ取る。ふたつめは狙いすましてジャンプして。そしてみっつめは、とらない。木のてっぺんに残しておく。
 無理にとる必要なんて無いし、リンゴを必死にかき集めなくちゃいけない理由も無い。どうせ時が経てばリンゴはまた実るのだ。ヒトには手の届かない果実は鳥にでもついばんでもらうくらいでちょうど良い。

 服の裾で磨くとますますふたつのリンゴがつやつやと輝く。

「あー……、良い匂い……」

 かすかに香る甘さに目を細めた時だった。

 ドォン!と静かなカカリコ村に上がった爆破音。村から飛び立つ小鳥。それに混じるピィィーーン……という高音が耳の奥で鳴ったかと思うと、追って、どこかの木が倒れる音が聞こえた。

「リンクだ……」

 リンクだ、絶対に。
 だって、木に実るリンゴをひとつを得るのにも、それぞれの性格が出る。リンクは、リンゴを手に入れるために躊躇無く木を爆破するタイプだ。


「リンク!」

 足早に家に戻ると、そこにはやはり、想像していた通りの姿があった。

「あ、。おかえり」
「えっと、ただいま……」

 リンクは家の前のたき火に勝手に火をつけて、鼻歌まじりに料理をしている。

「来てたんだ」
「うん」

 また何も言わずにうちに来た。私はふたつのリンゴを抱え、自分の家だというのに気まずく立ち尽くす。ああーっ、もう!ってもどかしい気持ちになる。
 私はまだこのリンクという人物をどう捕らえたら良いのか分からないからだ。

 見た目は、瞳が丸くて髪の毛も伸びているので女の子に見える時もあるけれど、まあイケメンと言って良いだろう。
 柔らかい表情をしていることが多くて、いつも優しそうな雰囲気だ。だけどカカリコ村に来る度にインパ様となんだかハイラルと救うとか厄災ガノンがどうとかシリアスすぎる話をしているし、まがまがしい大剣を背負ってるかと思いきや今は鍋のふたを盾として使ってるとかふざける様子も無く言うし。

 いつも何をしているのか、何のために剣を持っているかを私は知らない。なのにリンクは時々こうして私の一人暮らしの家を訪れる。

 リンクは次々と食材を取り出して料理をする。中には見たこともない昆虫なんかも火にかけて薬にしている。
 というか、そもそもうちには元々、たき火するところなんて無かった。なのにいつの間にかリンクは家の前に薪を持ってきて、と思ったら自力で火をつけて、うちの台所から料理鍋を勝手にとっていって、あっという間に家の前をキッチンにしてしまった。

 元気にしてたの。怪我はないの。どこまで行ってたの。何を見てきたの。またどこかへ行くの。
 そんな気持ちはあってものどから先には出ていってくれない。
 そもそもリンクも何も言ってくれない。ただ抜群の行動力で、家の前を便利に使うようになってしまった。

「はぁ……」

 出来損ないの言葉はため息になって空気に溶けていく。だけど、体は正直だった。
 ぐぎゅるるる。私のおなかから鳴ったのは、そういう音だった。

「………」
「……え、」
「あ、えっと、ごめ、ん! すごく良い匂いだったから……!」

 男の割にリンクは料理上手で、私の家の前は胃を刺激するような匂いに包まれている。

「そ、そっか」

 リンクは笑いをかみ殺しきれないみたいだ。くくっという声が思いっきり私に届いている。ああもう恥ずかしい!
 それからリンクはやたら嬉しそうな顔をして、出来立ての煮込み果実の皿を私に差し出した。受け取る手が震えた。



(美味しい……)

 できたての煮込み果実は、まだ果実の青さが抜けきっていなくて、けれどそれが返って私の舌を新鮮に刺激した。
 リンクはまだそれをやたら嬉しそうに見てくる。

「なによ……」

 そういう反応をされると恥ずかしい。さっきのお腹が鳴ったのだって、音が恥ずかしかったわけじゃない。リンクが私を笑うから、かっと全身が熱くなったんだ。
 私は体をリンクじゃない方向へ向けて煮込み果実にまたスプーンを立てた。


「よし……!」

 そしてリンクは目を輝かせると、リンゴをせっせとたき火の中に投げ込んでいく。
 少しするとリンゴは良い具合に火が入って、甘酸っぱい香りのする焼きリンゴへと変身だ。

「……なんで焼きリンゴが一番好きなの?」
「持ち運びがラクなんだよ」
「ふーん……」

 次々とたき火にリンゴをばらまくリンク。その目はめちゃくちゃ輝いている。

 煮込み果実でお腹は満たされた。私は家の玄関に腰掛けて、リンゴ焼きに没頭するリンクを眺めた。

「好きなくせに」
「え?」
「リンゴ焼くのはへたくそだよね、リンクって」
「ああ、焼きリンゴのこと」

 ほらまた。彼の手からこぼれたリンゴが火を通り過ぎて草原の上で止まる。
 彼は、リンゴを火に落とすのが雑なのだ。まとめて持ってもその全部が火に当たることは滅多にない。今もリンゴがころころ転がって、ぜんぜん火に当たっていない。

「結構難しいんだよ」
「ふーん……。……あ、そういえば」
「ん?」
「リンク、いつもの。地下室に溜まってるよ」
「ありがとな。勝手に入っていい?」
「いつも勝手に入ってるでしょ!」

 その鍋だって、うちの台所から持ってたやつだ。勿論無断で。
 リンクとの初対面も、勝手にうちの地下室に入ってきたリンクと階段のところでぶつかったんだった。彼は、私が地下室のひんやりと暗い場所に溜めていたリンゴにしれっと手を出した、リンゴどろぼうだった。

 ちょっとして家の中から出てきたリンクは、カゴいっぱいのリンゴを抱えている。

「全部焼きリンゴにするの?」

 問いかけると、リンクは輝いた目で大きく頷いた。ちょっと苦笑いだ。

「……って! リンク! 燃えてる燃えてる!」
「え?」
「なんでたき火の上に立ってるの!!!」
「わっ」
「驚き方が軽い!!!」

 リンクが燃えちゃうと思って、気づけば私は、よく考えたら一度も触ったことの無いリンクの腕をつかんでいた。

「だいじょうぶ、じゃないね!? 思いっきりダメージ受けてるね!?」
「ああ、うん」

 なんでそんな落ち着いて燃えてるのか、自分の常識を疑うくらいリンクは落ち着き払って燃える洋服をはたいては、自分のやけどを見ている。

「もー……」

 とりあえず、無事では無いけど平気そうなリンクに深いため息をついて、それから私たちはお互いが近いことに気がついた。

「………」
「あ……、っと、その……!」

 ちょっと意外だったのは、リンクもなんだか驚いた顔をしたことだ。
 私は大げさなくらい彼から離れて、そして視界の端に映ったものを手にとった。

「こ、これも! リンクに渡さなきゃね!」

 差し出したのは、さっきとったばかりのふたつのリンゴだ。
 私は、木の高いところになったみっつめのリンゴはとらない。そのままにしておく。けれど、私が手を伸ばしたふたつのリンゴは、地下室のひんやりしたところに置いておいて、そして大体あげてしまう。
 時々は、毎日けなげにリンゴのお供えものをしているパーヤに差し入れる。だけどそうじゃない全ては、この近い存在なのか遠い存在なのか分からないリンクに、差し出してしまうのだ。