立てばかるいし、座ればメタルコート。歩く姿はかたいいし?
 カイナの市場の入り口に現れた途端、熱い視線を向けられたダイゴさんを遠巻きに眺めていたら、そんな言葉が浮かんで、へらっと笑いが出た。今日の暑さで頭がやられたらしい。もちろん私のことである。
 おそれ多くもお付き合いさせていただいている男性が注目を浴びている事態になってもこんなことを考えている余裕があるのだから、最近の私もダイゴさんというものに慣れてきたらしい。

「あ……」

 声かけられてる。女の子だ。どこからどう見てもトレーナーという感じだけれど、女の子だ。
 日陰に入ろう。私は屋台の商品に、現実逃避のように見入った。どうせダイゴさんが私との待ち合わせ場所にたどり着くのにはまだ、時間がかかるのだから。



 数分立っただろうか、各種の珍しいおこうを見ていたら、ようやくダイゴさんが私の元にたどり着いた。

ちゃん!」
「あ、お疲れさまです」
「熱いね」
「はい……」

 お互いに汗を感じながら苦笑いをする。今日は一等、日差しが強いのだ。ふたりでなんとなく、カイナの市場を歩こうと決めたけれど、お互いにこんな暑くなるとは思わなかったみたいだ。

「遅くなってごめんね」
「え? 待ち合わせには間に合ってますよ?」

 腕時計を見ると、待ち合わせ時間の5分前だ。ダイゴさんはああやって、声をかけられることも予期して行動していたのだろう。

ちゃん、僕のこと見てたでしょ」
「……見てましたけど。ダイゴさんこそ、私のこと見つけていたんですね」
「市場の真ん中で待ち合わせだろ。入って一番に見つけた。待たせてごめんね」

 言葉が見つからず私は首を横に振った。
 気まずいのは、待たされたことじゃない。私の気持ちの、どの部分を露わにしようか決め切れていないのだ。

 私も、やきもちをやかないようなできた人間じゃない。けれどあの女の子が、異性としてじゃなくて、憧れのトレーナーとしてダイゴさんに接したことを、頭は理解している。
 どんなトレーナーなのか、ジムバッジをいくつ持つ実力なのかは知らないけれど、チャンピオンと言葉交わす機会は彼女にとって貴重な経験になったに違い無い。その誰かにとって大事な時間を摘み取るのは、賢く無いんだと分かっている。

 あんまり私が悩み込んでいると、ダイゴさんが心配する。ごまかすように私は手に持っていたジュースを差し出した。

「あ……、これ、飲みましょう」

 待っている時間は暑くて暑くて、売っているジュースがとても美味しそうに見えて、思わず買ってしまったのだ。
 パイルジュースと、モモンのジュースをひとつずつ。さっぱり系と甘い系。ふたつ買って、ダイゴさんに好きな方を選んでもらおうと思って買ったものだ。私はダイゴさんが選ばなかった方を飲めば良い。

 ダイゴさんはパイルジュースを選んだ。ダイゴさんは私が好きそうな味をわざと残して置いてくれたかもしれない、と思った。モモンのジュースを一口飲んだらとろっとした甘みが美味しく体に染みた。

「おいしいー……」
「美味しいね」

 のどが潤っていく感覚を共有しながら、笑い合う。こんな平凡なことで二人で笑っていられるのはなんて幸せなんだろう。

 こんなふとした瞬間に、ダイゴさんを好きだと確認する。そして毎日、奇跡を感じている。
 彼はこんなカイナの市場で偶然で出会える人間じゃない。もっと広いホウエンのフィールドに立つ、実力も折り紙付きのポケモントレーナーだ。現に先週は、二人で化石を見つけにいった。こんな町中を二人で歩くことの方が珍しい。
 ちなみに、化石探しは案外楽しかった。ダイゴさんがきちんと石に出会う楽しさを分かりやすく教えてくれたからだ。

「そういえばね」

 ストローをくわえたまま、ダイゴさんに視線で相づちを打つ。

「この前、ちゃんみたいだなってアイテムをみつけたんだ。しんかのきせき、って言うんだけど」
「な……っ」
「あ、その顔は、しんかのきせきを知っているんだね!」

 違う。まるでさっき私が考えていたようなのと同じようなことをダイゴさんが言うから動揺したのだ。

「ああでも横顔が時々、つきのいしみたいだなと思ってるよ。笑ったときの目はすいせいのかけらだね」

 本当に、私の頭の中でも見たんですか!と問いつめたくなる。けれど一方で私は、ダイゴさんはそういうサイキッカーのような特殊能力を持つ人間では決してないんだと知っている。

「偶然、ですよね?」
「何が?」
「いえ……。褒められて嬉しい、です」
「ふふ」

 そういえば、様々な硬質なアイテムを賛辞の言葉に使う感性をくれたのはダイゴさんだね。私もダイゴさんに笑い返した。

 神出鬼没なダイゴさんだけれど、きっと私と待ち合わせをしてなければ、ここに現れることはなかった。それが光栄なことのような、住む世界の遠さを知るような、どっちつかずの気分になる。
 だけど日差しの中、市場の活気の中、なんだか普通めいた笑顔を見せてくれるダイゴさんの姿は私に焼き付く。幸福な思い出として、鮮やかな色彩が目の奥、記憶の奥を突く。

 今日これからの予定は、デボンの本社に向かう。このジュースを飲み終えたら、ふたりで見つけたねっこのかせきの復元を、依頼しにいくのだ。







(私の思う「ずるい」ダイゴさんというお題でした。
運命力をも兼ね備えたオールマイティさだけど、自分の身に備えたものへの責任を持つためにガチめな憎らしさは感じさせず、だけど遠くも近くもあり。そして身勝手さや自分自身を捨てていない生きざまが、「ずるい」です。)