※ヤンデレ成分強めです






 顕現したばかりの鶴丸国永は、夜に眠ることのできない神様だった。
 昼は明るくひょうひょうと振る舞うのに、彼は夜には何かを思い出すのか、しんと押し黙る。皆が寝静まった後もくっきりと目を開けていて、月をぽかんと睨んでいた。
 夜に馴染めない、寄る辺無いその姿が痛ましくて、私は彼を布団へと誘った。彼という刀が名とともに背負う苦悩に、私は無力かもしれない。けれど、せめて孤独だけは取り除いてやりたかった。

「大丈夫だよ、鶴丸」

 布団の中で体を添わせながら、かすれた声でそう言うと、鶴丸はいつも泣き出しそうな顔をしていた。

「……、すまない……」
「私がいるから安心だよ。ね?」

 ひとりじゃないと伝えたかったその言葉が、いつからだろう。鶴丸の中で捻れ捻れてしまったのは。



「主!」
「つ、」

 鶴丸と、彼の名前を呼ぶ前にその鶴は、がばっと羽を広げてその中に私を閉じこめるみたいにして抱きつく。

「今帰ったぞ、主!」
「……、うん」

 見れば分かるよね、と思ったけれど鶴丸がひどく満足そうに私に頬ずりをするのでなんだか何も言えなくなってしまった。

「まあ、ご無事で何より」
「会いたかった……」

 そう言いながら彼は私を確かめるように指先を動かす。何も変わりはないか、怪我は無いか、欠けたところはないか。そんな仕草は、会いたかったというより"取り戻したかった"と言わんばかりだ。

 これが私と鶴丸の日常だ。
 こっそりため息を吐く。いつからこうなってしまったんだか。
 私がいるから安心だと、確かにそう言った。けれど今の鶴丸は、私がいなければ安心できないようになってしまっている。

「鶴丸、まだー?」

 子供のように力いっぱい、ぎゅうぎゅうと抱きしめられ正直結構苦しい。そしてちょっぴり熱い。
 鶴丸の方と言えば表情はとりあえず私の近くにいられてとても幸せそうだ。長身でひょろ長い体格だから、私に抱きついて余っている手足がなんだか不格好だけど。

「まだ、とは酷い言いようだな。俺は一時たりとも離れたくないのに」
「頑張ってチャージして。そしたら離してね」
「嫌だ」
「でも、ずっとくっついてはいられないよ」

 鶴丸はきっと素直に応じてくれないだろう。けれど真理だ。私と鶴丸は別々の体を持つ。彼の体は戦うためにあるし、私は彼らを戦わせるために本丸にいるのだし、ずっとべったりしているわけには行かないのだ。

「……君は、離れている間に俺の心がどんな酷いことになるか、知らないからそんなことが言えるんだ」
「私は審神者だけど、エスパーじゃないから。鶴丸の心は、分からないことの方が多いって」
「ああ俺だって。気持ちの全部を分かれなんて言わないさ。だけど、本当に辛いんだ。恐ろしいんだ、君のいない世界は……」

 またぎゅう、と私を縛る力が強くなる。怯えた子供のような、がむしゃらな力が私を彼の体へと押しつけた。

「恐くなんてないよ。鶴丸は、大丈夫だよ」

 頭を撫でてそう言い聞かせるのに、鶴丸は頑なに頭を振る。

「大丈夫なわけあるか。がいないと、呼吸ひとつだって不確かだ。目で見るもの全部がぐらりと揺れて、吐き気ばかりで。本当に嫌な心地がするんだぜ、君。だが君がいてくれたら、全てが変わる。君がいるから俺は生きていられる」
「鶴丸……」
「俺に君は必要なんだ。君にしか俺は救えない。本当に信じられるのは主、君だけなんだ」

 鶴丸が言っていることを、私は理解できない。だって私に出会う前だって、鶴丸は鶴丸として生きていたはずなのだ。孤独を抱えたかもしれない、けれどひょうひょうと生きていた姿を、私も覚えている。
 どうしてこんな彼になってしまったの、私が変えてしまったの。そう思うと、やるせない気持ちになる。

「なあ、主」
「……なに」
「俺は主の小指が欲しい」
「小指?」

 意味が分からない。けれどぞわ、と嫌なものが背筋をなぞる。

「厳密には小指の骨だ。君の小さな、ひとかけらの骨が欲しい……」
「……骨なんか、どうするの」
「君を困らせているのは分かっている。一瞬だって離れたくない。だけど、苦しいんだ。常に思っていることだ。君をぴったりと身につけられていたら、良いのにと」
「………」

 鶴丸はまだ、腕をゆるめない。掻き抱かれながら、私は恐怖を覚えていた。鶴丸が何を言い出すのか恐ろしくて、衣をぎこちなく掴む。

「だから、こういうのはどうだろうと考えた。君から骨をひとかけら貰う。君の体だ、勿論後生大事にするが、骨ならば腐らないし、俺も助かる」
「………」
「別に、君の骨ならどの部分でも良いんだ。だがやっぱり指が切り落としやすいだろう? 小指がきっと、君が俺に分けた後も一番生活に支障が少ない」

 腕の中で私が冷たく固まっても、鶴丸は夢を見ているようにうっとりと語った。

「最初は懐に入れるつもりで考えていたが、それを口に含んだら、きっと酷く安心できるんだろうな。なあ、主、いつ俺に指をくれる?」








「ーーえ」

 そこまで驚いた清光の顔、久しぶりに見た。切れ長の目がまん丸だ。なんだかおかしくって吹き出してしまう。

「えっ!? その続きは!?」
「あれ? 清光、気づかなかった? 私の指……は、ちゃんと揃ってまーす」

 清光の目の前で両手をひらひらさせる。全ての指がもちろん爪の先まで揃っている。
 脱力して、清光ははあっと苛立ちまじりのため息を吐いた。その反応でまた、笑えてしまう。

「それはそれで心配なんだけど。鶴丸さん、どーやって納得させたの」
「指はあげられないでしょ。痛いのやだし。だからね、別のものをあげた。なんでしょう?」
「んー……。髪の毛、とか?」
「残念!」
「じゃあ、何?」
「正解は"臍の緒"だよ」

 母親から託された、私の臍の緒。かぴかぴのかんぴょうみたいなそれだが、鶴丸は納得して懐にしまってくれた。これを口に含むわけにはいかないな、なんて反応しづらいことも彼は言ってたっけ。

「私の一部が欲しいんでしょ? 歯とかも考えたんだけど、顔が変わっちゃったらいやだし、親知らずもまだ生えないし。だから丁度良いか、な、って……。……清光?」

 私はお話のオチを軽く語っていたつもりだった。鶴丸は子どものような行動をしなくなって、私の指は無事だし、とりあえず私の中ではハッピーエンドだと思っていたのに。

「主……っ!」
「え、……」

 凍り付いた清光の顔で、私は手遅れながらも気づいた。もしかしたら私は取り返しのつかないことをしてしまったのかもしれない、と。