※鶴丸国永に依存されるの一応続き
※鶴丸が引き続きぶっこわれてこりゃだめだ、な感じ
あの日、加州清光の見せた顔が、私の中に鶴丸国永への危機感を植え付けた。いや本当は鶴丸に不穏なものを感じる種は元から植わっていたのだ。鶴丸の私への執着が異常な域に達している。であるのに、気づかないふりをしていたのは私だ。
清光の表情は、もうその種は芽と根を出していると教えたにすぎなかった。
目を反らしていたのはまだ、鶴丸への同情が息をしていたせいだった。
それまで鶴丸は、私にとって可哀想な神様だった。そう鶴丸は、どこか可哀想に見えていた。純白に身を包む彼を美しいと思いながら見つめていたあの細い体は、夜も白む朝も、孤独としっかり手を繋いでいた。
放っておけばどこかへ行ってしまいそうだ、けれどどこにも行けないのだろう。だからあんなに背が寂しそうなのだろう。そう何度、思ったことか。
そんな鶴丸が可哀想で、私は彼に体温を分け与えたのだ。貴方はひとりでは無い。そんな、熱を持たないものと手を繋ぐものではない、と。
「!」
声に振り返る前。後ろからかけられたそれが鶴丸のものであると認識した瞬間、私は上手に笑むことができなくなった。
「何?」
ぶっきらぼうに返すが、鶴丸は私の機嫌なんか気にも留めない。とろけるような、幼さの滲む笑みで「こっちへ来て欲しい!」と私の手を握った。
心躍る余り、鶴丸が行きたい方向へ強引に引っ張られる。その力加減の下手さがまた幼稚さを感じさせた。
連れて行かれたのはまだ誰も使うものがおらず、空室のままの部屋だった。
窓を閉め切ったその中で羽根を休める小鳥を見て私は鶴丸へ問いかけた。
「……これは、何?」
「鳥だ」
「うんそれは分かる」
「、きみにこれをやろうと思ってな!」
「えっ?」
今、この鳥を私に"やる"と鶴丸は言わなかったか。冗談だと確かめたくて聞き返す。けれど鶴丸は期待を溢れさせ、目を輝かせている。
「どうだ? 驚いたか?」
「いやいやいやいや。驚いたけど……! 生き物じゃない……!」
「そうだが?」
「生き物を軽々しく扱ったらだめだって! 逃がしてあげなさい」
「こいつは逃げないんだ」
そう言うと鶴丸が視線を小鳥に投げると、小鳥は軽やかに飛んで鶴丸の肩に止まった。鶴丸がその小鳥の前に指先を差し出すと、ぴょんと移動して指先に掴まっている。
「な?」
確かに小鳥の側は鶴丸に対して警戒心を解いているようだ。
「す、すごいね?」
「だろう?」
小鳥から十分離れた距離から、その瞳をのぞき込む。小さい無垢な瞳は何を見てるのか分からない。
この子を怯えさせないようにと見ていたのに、鶴丸は無神経に小鳥の乗った指先を私の眼前につきだしてくる。
「もらえない」
「そう、か……」
「可愛いけどね、私のエゴで引き取ったりできないよ。鶴丸のことを信頼しているように見えるのに、それをどうして私に?」
「君だから、あげるんじゃないか」
鶴丸は慣れた様子で小鳥を肩に戻してあげた。小さな存在を気遣いながらも、鶴丸は眉を下げ、何故か切ない顔をする。
「そうだな、この鳥は俺に何か思うところがあるかもしれない。だがその俺が信頼するのが君だ。
君はこの世界で唯一の善だ。唯一の救いだ。君がいるから俺は生きていられるんだ。俺が存在してる理由だ、消えずにいられる術だ。それを教えてあげたい」
「鶴丸……」
前々から思っていた。鶴丸に関しては教育を間違えた感じがする。
私が神様に何かを教え込むだなんて思ってもいなかった。だから軽率に与え、振る舞った。目の前に立ち、病的な言葉を吐き、笑んでいる鶴丸が在る責任の一端は、私にあるのだ。
「鶴丸。この子はもらえない。この鳥は生きているんだよ。物のように扱うなんて、できないよ」
「そうだろうか……」
「そうなの。せっかく懐いてくれたこの子と、鶴丸はちゃんと向き合うべきだと思う」
無垢な瞳のこの小鳥こそが鶴丸の救いかもしれないと私は思っていた。
孤独となんか手を繋ぐんじゃないと鶴丸を案じて、優しくした。だけど私だけを世界の全てみたく思うのは間違っている、行き過ぎだ。
鶴丸は、私以外にも優しくてあたたかいものが世界にあることを知るべきなのだ。
私の願いの意味は、まだ鶴丸には通じないらしい。鶴丸はまた幼くふてくされた。
「最近のきみは何も受け取ってくれない」
「気の、せいだよ」
正直動揺した。鶴丸の気のせいなんかでは無いからだ。鶴丸の危なさを感じ取ってから、私は彼との距離を考え直すようになっていた。
一緒に過ごす時間を今までより少なくし、スキンシップは軽めにして切り上げる。そして彼からの贈り物も受け取ることを控えていた。
鶴丸が何か私に害を成したわけじゃない。
けれど彼の全てを私に捧げようとする、依存を感じさせるところは決して健全ではないと思っていた。
「鶴丸はもっと自分のことも考えて。お小遣いだって……いつも私のために使い過ぎてる」
「俺がそうしたいからしてるんだ」
「私はちゃんと自分のために使って欲しいと思って、みんなにお金を渡しているの。それは鶴丸も同じだよ」
「………」
「どうして、分かってくれないかな」
私は鶴丸に、彼なりの幸せを見つけて欲しいと願っている。最初に一人じゃないと囁いた時からその願いは変わらない。
どうして上手く行かないのだろう。苛立ちから目をつぶると、頭上から固い声がする。
「……きみこそ、どうして分かってくれない」
「鶴丸……」
「俺が手に入れるものは全て、きみを喜ばすために利用するさ。おれはそのために生きていたいのに」
理解できない。私を喜ばせたって何の得も無いじゃない。それが私なりの素直な反応だが、傷ついた様子を見せる鶴丸に、追い打ちをかけるように感情をぶつける気にはなれなかった。
代わりに大きなため息をこぼす。部屋に充満した気まずい雰囲気に、チチチと小鳥が鳴いた。
「……ね、鶴丸」
微かな引っかかりだった。肌に張り付いた、一本の獣の毛のような。
悪寒を覚えながらわざわざ問いかけたのは、鶴丸の声でそうじゃないとの否定が欲しかったからかもしれない。
「私を喜ばすのに全て利用するなんて、言ってくれたけど……。まさか、この子のこともそんな風に扱ってないよね……?」
「何を言ってるんだ?」
鶴丸は目を丸くして、肩を丸くさせる。その動きでとまっていた小鳥が斜めに傾いた。
「俺が好きにできる命なら、俺がどう使っても良いだろう?」
渇ききった目元が優しく細められる。私は本当に、鶴丸の教育を間違えた。