同窓会ってもっと、おじさんおばさんになってからやるものだと思っていた。それぞれがポケモントレーナーとなって、様々な地方に散り散りになって。ホープトレーナーではなくベテラントレーナーと呼ばれるようになって、手持ちポケモンたちもぐんと成長した頃になってようやく、ポケモンスクールの友人たちとまた会えるのだろう、そう思っていた。

 けれど、誰が発案したのか、メールが回って来たのだ。同窓会やります、来られる人だけ来てねと、内容も文面も軽いものだった。
 かくして、ハウオリシティのマサラダショップというこれまた特別感のない場所で、一昨年のポケモンスクールの同期卒業生が集まることになったのだ。

 突然の同窓会になんで行くことにしたかと聞かれても、これといった答えはない。ただなんとなく。まあそういうのもいいかと思ったのだ。予定も空いていたのだ。

 家から一番近いマラサダショップに向かう道で、私はクラスメイトの顔を思い出していた。大して時間が経っていないはずなのに、ちらほらと忘れている顔があることに気づく。
 島巡りは終えたものの、まだ私はアローラ地方から出ていない。実家暮らしだ。一人暮らしもしていないし、ポケモンたちと旅先で野宿なわけでもない。クラスメイトたちとは会おうと思えばすぐ会えるのに、この2年間一度も顔を合わせていなかった。
 ポケモンスクールでの友達が嫌いになったわけじゃない。けれど、みんなそれぞれ順調にポケモントレーナーの道を歩んで、私にも新しい現実が待っていて。目の前のこと、目の前のポケモンの育成に取り組んでいるうちに、2年もの時間が経っていた。

 ハウオリの、代わりない青空を見上げて思う。私もあまり、変わっていない。成長はゼロじゃないけれど、手足も伸びたけれど、変化はあっても変身は遂げていない。
 でも同じように、クラスメイトの名前も別の街で聞くことはあまりなかった。凡なトレーナーって、そういうものなのだろう。同期卒業生で際立って輝いたのなんて、キャプテンになったイリマくんくらいだ。

 イリマくんは、イリマくんだけはスクールの中で特別な存在だった。キャプテンになったと聞いた時、ああ彼は特別なままトレーナー人生を歩んでいるんだなぁって思ったっけ。
 今日の同窓会、イリマくんは来るんだろうか。来なさそうだなとすぐ自分の中で答えが出る。キャプテンのイリマは、クラスメイトのイリマとはかけ離れて、もう遠い存在になっていた。


 マラサダショップの前にはもう、元クラスメイトたちが集まっていた。


、久しぶり!」
「久しぶり。元気にしてた?」
「まぁね」


 懐かしさに胸が踊る。と同時に、知っていた頃よりおしゃれが似合うようになった女の子たち。2年もの間離れていたクラスメイトたちは、大して変わっていなかったけれど、思ったよりは変わっていた。
 私ももう少し服装を頑張ればよかった。自分の迂闊さを恥ずかしく思っていると、横から顔を覗き込まれる。それが誰かとわかるより先に、はきはきとした声が私を呼んだ。


さん!」


 一瞬反応が返せなかった。でも目が合うとすかさず浅瀬の色をした目が瞬く。


「イリマです!」
「う、うん。忘れてないよ?」


 イリマくんのことを忘れるわけがない。あのクラスの中で一番の腕前の持ち主だった。周囲から寄せられる期待の通りに今はキャプテンをしていて、人々の口からイリマくんの名前を聴く機会は多い。
 驚いたのはそのイリマくんがここにいること。それと、再会をものすごく喜んだ風に話しかけられていることだ。


「お久しぶりです!」
「そ、そうだね。元気そうでよかった」
「はい!」


 違和感を覚えながら当たり障りのない話をする。イリマくんと私は、普通のクラスメイトだったはずだ。接する機会はあったけれど、クラスメイトとして多すぎることも少なすぎることもなかった。
 とりあえずイリマくんと熱烈に握手を交わしてまた会えたことを喜ぶような仲ではなかった。

 何か、学生時代に思い違いがあっただろうかと思いながら時間になったということで店内へ移動になった。自分のポケモンにも好きな味のマラサダを買ってあげて、席に着く。


「失礼します」


 すぐ私の横に詰めて座って来たのがイリマくんで、また少し驚いてしまった。もちろん席が決まっているわけじゃないから、イリマくんがどこに座ろうと自由なのだけれど。
 正直挙動不審になっている私に比べイリマくんは満面の笑顔を浮かべて「ああ、さんのナマコブシ、元気でしたか?」なんてとても楽しそうだ。ナマコブシは動じた様子もなく、ぶっし!とイリマくんに返事をしていて、他のクラスメイトは各々、そこそこ盛り上がっていて。この場で動揺しているのは私だけ。ますます混乱してきた。


さん、大丈夫ですか?」
「えっ!? うっうん、なんか驚いちゃって」
「何がですか?」
「ごめん! 私、スクールの時のノリ、なんかすっかり忘れちゃったみたいで。ちょっとイリマくんとどうやって話してたか思い出すの時間かかってる!」


 そこまで親しかった覚えは無い、けれども自分の記憶に自信が無いのも確かだった。
 正直に話せばイリマくんは、笑顔のちょっとだけ切なさを滲ませた。え、切なさ……?


「卒業後、さんはどうでした?」
「え?」
「スクールを出て何を思いましたか?」
「うー、ん……。私は、自由すぎて少し戸惑ったかな。今までは先生もいたし、テストもあったけど、学校の外にはテンスとなんて無いから。何が100点かなんて分からないし」


 ポケモンにも決められた100点は無い。それは散々分かっていたことだけれど、頭で理解するのと現実に直面するのはやっぱり違った。そんなことを告白すれば、私は自分の平凡さに少し、やるせない気持ちになった。
 話題を振ってきたイリマくんはどうなのだろう。


「僕は、当たり前のものなんて無いんだと知りました」


 視線を送れば、にこり、と笑顔を添えてイリマくんが話す。


「スクールに行くのが僕の当たり前の毎日でした。スクールに行けばさんに会えるのも、当たり前と思っていて。卒業したら、終わると分かっていても、本当は分かりたくなかったんでしょう。だから現実を見つめたのはつい最近でした」


 同期の中では一際輝いたその後を送ったはずのイリマくん。その彼は今、その本人と思えないほど影を帯びた表情をしている。


「抽象的なことを言われて困っていますか? けれどかなり、ショッキングなことだったんですよ」


 熱を放ち終えてしまったマラサダをドーブルに全てあげてしまったイリマくんは、やっぱり笑顔だけど、笑っていない顔で手についた油をナプキンで拭っていた。



 同窓会自体は2時間ほどでお開きになった。まだまだ喋りたいという人たちだけでこれからハウオリモールへ行くらしい。私は次の予定があったことを幹事たちに告げて、クラスメイトたちと束の間の再会を惜しんだ。

 じゃあね、元気でね、と手を振って別れる。
 また今度遊ぼうと言われて、わたしも遊ぼうと返した。けれど、今までがそうだったように、会うことなくまた何年も過ごしてしまうのだろうと想像がついた。

 誰かの気まぐれで開催されたこの同窓会、結局は大人の真似事だったと思う。でも悪くはなかった。それぞれがそれぞれの道を歩いていることに、少なからず元気づけられた。
 みんなとは違う方向、でも私にとっての前へと顔をあげて、帰ろうとした時だった。


さん!」


 イリマくんだ。てっきり二次会に行くのかと思ったら、クラスメイトの集団はハウオリシティの向こうに遠ざかっていく。


「どうしたの?」
「す、すみません、帰る前にひとつ……」


 大きく息を吸って、大きく吐く。緊張を紛らわすような仕草は、私の知っているイリマくんらしくなかった。


さん、僕と恋人同士になってくれませんか?」
「え……」
さんだけは、前みたく、当たり前に会えるひとであって欲しいんです」
「っ、……」


 まっすぐに言われる。真剣な顔は、告白の恥ずかしさを全部捨ている。けれど私は徐々にイリマくんの言うことを理解していって、そして徐々に全身が体温を上げて行く。


「僕とさんは学友、つまり友達でしたよね?」
「う、うん」
「僕はそれに不足は感じていませんでした。さんとスクールで意見を交わし合って、同じ物事を学んでいって。そんな日々が僕は大好きでした。でも卒業したら簡単に別々になってしまった。ならやっぱり、恋人になってほしいのです! 恋人になってくれるまで、今日の僕は諦めませんよ!」
「っいいいいイリマくん……!」


 私にとってイリマくんは学友だった。最初から特別な人だったけど、程よい距離を保てていた。だけど、それが今、変わろうとしている。


「え、と……」


 イリマくんが離れていた日々で、私を思ってくれていた。そのことが信じられないけれど、でも心は嬉しいと叫んでいた。


「えと、わたし、で、よければ……」
さんだけしか求めていません!」


 真っ赤な顔でかろうじての返事をすれば全力ストレートの言葉が返って来て、気づけば抱きしめられている。私より背の高いイリマくんの腕がちょうどよく、私の首から背中を抱きしめた。
 展開が早いよと目を回しながら、電撃のように私は悟る。イリマくんと始めたこの恋、けっこう大変な目に遭うかもしれない、と。