※いつものシーカー族の夢主さん。リンクとの話だけど軸はシド王子夢です
寝静まった頃に家の外に灯った炎で、あいつが来たのだとわかった。浅い眠りの中にいた私はまぶたを閉じたまま彼の気配を探る。勝手につけた焚き火で料理でも始めるかと思ったが、素直に私の家へと入って来た。
リンクは、私の家の勝手を知っている。客人用の布団がどこにしまってあるかも知っているし、こういう普通の夜私がしっかりと眠っていることは少なくて、リンクの侵入を黙認していることも、彼は知っている。知りすぎて、いつか我が家のなべのふたは彼に持ち去られたくらいだ。無いのは不便だから返して欲しいと何度も訴えているが、やはり返ってこないのでどこかで壊してしまったのだろう。
「」
彼は起きているかとは私に問わない。私は逆に、声をかけられる方が珍しくて片目を開ける。私に無断で、この家に寝泊まりされたことはもう何度もあった。
リンクは夜にふさわしい、忍ぶような囁くような声で告げた。
「イワロックの場所、君の情報通りだった。ありがとう」
「……ん」
「あの道はこれで安全に通れる。次の赤い月の夜までは」
さすがにもう、私のことを考えていることは読まれているらしい。
このリンクに、片付けてほしい魔物の場所を流したのは初めてのことではなかった。前回はいい武器を持ったボコブリンの住処。今回はイワロック。どちらも普通の旅人ならば苦労させられるが、彼なら見返りの多い獲物として討伐してくれる。彼が片付けてくれた後の道の、なんと歩きやすいことか。
私は情報を流し、リンクはその魔物から得られるものを全て得る。そうやって私たちは成り立っている。時にはこちらから気持ちばかりの報酬を払うこともあるけれど、イワロックは特に倒せば得るものも多いから、やってくれる気はしていた。現にリンクは安全に通行できることをわざわざ報告してくれた。見返りには満足しているらしい。
寝返りを打つと、勝手に敷いた布団に寝そべる青い瞳と目が合った。
「息災で何より」
「君もね」
暗闇の中ながら彼の健在な姿を見とめて、私は安心してまた天井を見つめた。
リンクと初めて出会ったのは、このカカリコ村ではなかった。平原のすみで、道なき道を行く私を見つけたのがリンクだ。私は魔物たちから気配を消し、なるべく何にも遭遇しないように孤独に歩んでいたというのに、それをリンクはあっさりと私を見つけるのだから驚いたし、同時に彼がただのハイリア人ではないことを悟った。
だからだろうか、平原の中で私は警戒心を解いて、彼にすぐに素性を明かしてしまった。そればかりか気づけば平原の情報を彼に分け与えていた。後から思えば迂闊な行動だが、こうしてリンクとの縁が繋がっていることを思えば、自分の勘を信じてよかった。
「危険な役目をありがとう、リンク。正直助かるよ。私もまた次の任務が控えているから」
「ゾーラの里へ行くのかい?」
それを言われた私は、わかりやすく顔をしかめてしまった。
「リンク。勘違いしないで。ゾーラ族に会うばかりが私の仕事じゃない」
「そうだったんだ」
「そうよ」
リンクがゾーラの名を出すから、忘れようとしていたあいつの顔を思い出してしまった。
真っ暗な天井を見つめているはずなのに、あの赤い身がまざまざと浮かんで。ああ、今度はあの高らかな笑い声まで蘇って来た。私は急に腹立たしさを覚えていた。
「ひどい偏見よ。ゾーラの里への任務も、本当は遠慮したいくらいなんだから」
「それはシド王子に会わなきゃいけないから?」
「他にどんな理由があるのよ」
そう言うと、暗闇から嚙み殺しきれていない笑いが聞こえてくる。
「シド王子がしつこいのもそうだけど、親衛隊の目も痛いんだから」
「あれはがちゃんと王子の気持ちを大事にしないせいもあるんじゃないか?」
「そもそも、あいつはなんで私みたいなのをあんな、大げさに褒めるのよ……! いや、真に受けていない! お世辞なのはわかってるけど!」
「確かにあの王子は大げさだ。だけど、シド王子の人を見る目は本物だ」
「………」
会うたびシド王子は私をなるべく、ちょっとでも長くゾーラの里に止めようとする。に彼のペースに調子を崩され、私の任務はスムーズに行えない。面倒に感じることは多々ある。だけど私も、彼の王族としての器は認めている。
過去を抱え、尚、民のために在る気高い姿を見ると、やはり彼は王族だなと感じられる。ああ本当に、何から何まで遠い男だ。
「それに、シド王子が君を好く理由は分かる、気がする。シド王子は大げさだけど、嘘つきではないよ」
それはどういうこと、と追及しようと思ったけれど、リンクの青い瞳は寝入る寸前にか細くなっていた。私はため息をひとつついてリンクを寝かしてやることにした。イワロックの礼もあるし、それにリンクはいつか言っていた。私の家、私のとなりは、よく眠れるのだと。私なんかよりリンクの方がよっぽど丈夫だし、剣も弓も腕がたつのに、この家は居心地が良いなどと彼は言うのだ。
私は職業柄熟睡を知らない。だからこそ、安心して熟睡することの幸福を知っている。リンクもハイラルを旅するものだ。彼にとって貴重な、つかの間の安心が今この夜なのだとしたら、それを簡単には奪えやしなかった。
夜、寝泊まりにきたリンクが朝にはもう旅立っていることは珍しくなかったが、今回は朝も我が家で過ごすことにしたらしい。「一泊のお礼に」と、ただいまリンクが朝食を作ってくれている。
卵焼きに、煮込み果実。まあ悪くない。朝の軽い運動を終えた良いタイミングで、リンクが料理を皿に盛り付けてくれた。
「うわぁ美味しそう」
「召し上がれ」
「ありがとう、リンク」
自分が作ったものではない朝食。そのかぐわしい香り。テーブルの向かいに座るのは異性だ。リンクとはもちろん、そんな甘い関係ではない。けれど恋人と迎える朝ってこんな感じだろうかと、不意に考えさせられた。
「せめてハイリア人だったらなぁ……」
思わず、漏れた言葉。同じシーカー族の生まれとまでは望まないから、せめてハイリア人でいて欲しかった。言ってしまえば、どんな遠い土地に生まれていようと、背負った使命が違おうと、私は気にしなかったように思う。価値観の違いや年の差は、壁は高くとも乗り越えられる壁だと思うのだ。
でも、時だけはどうにもならない。何もかも違っても、せめて同じ時を生きてくれたらと思わずにはいられないのだ。
ぼうっと考え出した視界に映るのは金髪碧眼の耳長男。勇ましい戦う姿とはギャップのある円らな目が瞬く。
「俺?」
「えっ、ち、ちが……」
「俺は急に寝坊するかも。100年くらい」
「違うの、リンクんことを言ってたんじゃなくて……!」
そこまで言ってさらに墓穴を掘ってしまった気がする。
「じゃあ、誰の話だったんだ?」
「分かってていじるのは悪質!」
思わずテーブルから立ち上がって抗議すると、リンクはお腹を抱えて笑い出す。こんなぎゃあぎゃあ騒いでた私もいけなかったかもしれない。だけどこの家での戯れがまさか風の噂になってゾーラの里まで届くなんて、一体誰が予想しただろうか。
そして私は誤解したシド王子を目の前にいつも以上の苦労をさせられることになるのは、次の次の任務での話である。