刀剣男士とは、人の形を得た付喪神であり、付喪神であるということはつまり、彼らは神の一端なのである。そんな神々が人間の姿をとる時、見るものを惑わすほど美しい姿を選び取るのはごく自然なことだ。人のために力を貸そうとする神々が、わざわざ人に嫌われるような姿をとる理由がない。昔話に出てくる神々も女であろうが男であろうが、この世のものとは思えないほど美しかったと幾度となく語られてきた。だから私が出会うことになるであろうモノが美形揃いになることは容易に想像できたし、そして実際、刀剣男士は皆美しいとの話だった。
だから、正式に審神者の任を受けた時、心に決めたのだ。刀剣男士に、私は決して惚れたりしない。見目が良いのはわかりきったこと。外見に惑わされたりしてはいけない。それが神々のやり方なのだ。恋なんて私情は任務の邪魔になる。冷静さを失わず、刀剣男士たる神々と手を取り合って正しい歴史を守らねば。そういった考えのもと、私はここ数年堅実に審神者を続けて来た。
だがまさか、それが大包平という一人の刀剣男士に全て打ち砕かれる日が来るとは思っていなかったのだ。
「平たく言うとさ、一目惚れなんでしょ」
「うぐっ……」
軽々しく重大なことを言ってくれたのは私の初期刀、加州清光である。
さすが初期刀。私を理解しているが故に放たれた一撃が鋭すぎる。事実で私を突き刺すのはやめてほしい。思わず机に顔を埋める。
そう、清光のいうとおり、平たくいうと一目惚れをしてしまったのだ。
分かっていた。神々が、人間を惑わすほど美しい姿で顕現することを。今までは彼らの美しさを受け止めつつ、惚れはせずに来たというのに。
しかし大包平という刀は違った。私の覚悟や絶対に惚れやしないという精神的ガードを軽々しく乗り越えて、一瞬にして私の血液を沸騰させたのだ。理由がまたこれが屈辱的で、大包平は一目惚れを起こさせるほど、私の好みの顔だったのだ。
「大包平のことは……ああいうタイプあまり人間にいないから、なんとも言えないんだけど、もうなんて言ったらいいか、あーほんと……こんな言葉で表すのも嫌なんだけど」
「”顔がいい”んでしょ」
「うぐぐぐぐ……!!」
大包平に出会うまでの私は、堅実で真面目な審神者だったのに。ここに来て一目惚れしてしまったという事実が、さらに私の悔しさを煽る。
これで数年かけて育まれた絆によって意識してしまうとか、情が湧いてしまうとかなら、まだ降伏する精神的な余地はあったように思う。だけど私は大包平に、よりによって一目惚れしてしまったのだ。完全に彼が初めて顕現して喋りだすと同時に恋に落ちてしまったのだ。髪に、手の大きさ指の節に、足の長さに、そして顔に目を奪われた。彼の存在の眩しさにぽかんと口を開けて、思考まで奪われた。悔しすぎる。でも私の心はどう否定しようとも、叫んでいた。大包平は私にとって特別だ、と。
何年越しか守って来た自分の矜持が”大包平がめちゃくちゃ好みの顔だった”という理由で木っ端微塵になってしまったのだ。屈辱以外の何者であろうか。
「いやー、俺はなんか安心したかな。主の、ちゃんと人っぽい弱みが見れてかわいいなー、って」
「弱みも弱みすぎる!」
「えー? 主も年頃なんだし。悪いことじゃないと思うけど?」
「いや……」
私をいつだっておっきな懐で見守ってくれている清光は、私の愚かな恋さえも肯定してくれている。だけど私自身は決してそうは思えなかった。
だけど私は自分自身に恋なんて、決して許していない。しかも一目惚れなんて、俗物的すぎる。神々のしかけてくる罠にはかかるまいと息巻いていたくせに、あっさりと陥落した己が情けないったらありゃしない。私は、私は審神者なのに。
清光が困ったように、だけど決して私を見捨てたわけじゃない、母を思い出すような笑みを浮かべて私の前髪を整えてくれる。
「大丈夫だって、主」
「………」
「それと、そろそろ時間だよ。支度しないと」
優秀な近侍が時計を指し示す。確かに針は、私が外出せねばならない時刻に迫っていた。
礼儀作法から着付け、歌、花、香、茶道まで、幼い頃から様々なことを習った先生の元に月に一度なら訪ねることが許されたのは、今も奇跡的なことだと思っている。
審神者になった時、現世の様々な物事と縁が切れるのだろうと思っていた。覚悟の上だった。その先生に会う許可が降りたのは先生もまた神職であったことが一番の理由だろう。戦況、状況を鑑みて自分から控えることもあるが、今日は先月よりも逼迫していない。
先生にとっても馴染みになってきた清光を連れて、小一時間、話を聞きにいく。それだけの予定は、私にとってひとつな大事な心の支えだった。
今日も先生の家で、お茶を頂きながら近況報告も交えて話をする。少し稽古して欲しいところを先生にみてもらう。そうしていればあっという間に日が傾いて、私が本丸に帰る時間だ。
「見て、清光。すごい美味しそうなカステラ、いただいちゃった」
「うわ、やったね」
「先生、本丸のみんなの分まで揃えてくださったから、持って帰るの手伝ってね」
清光、良い顔するなぁ。顔をきらきらさせて喜ぶ清光の顔を見ると私まで嬉しくなってくる。これは全部を持って帰った時の本丸のみんなの顔が楽しみだ。全員分のきらきら顔を浴びた私はさらに幸せになれることだろう。
カステラが束になって積まれている紙袋は女の手にはずっしりと重い。それを清光に手渡そうとした時だった。清光のとは全く表情の違う手が、私の紙袋を奪い去る。
視界をかすめた、茜色の装束。
ビシリと固まった私に、大きすぎる声が降り注いだ。
「主、迎えに来てやったぞ」
「な、なな……」
急に体温が上がって外気が寒く感じたせいだろう、ぞわわわと鳥肌が一斉に立ち上がる。ぞわぞわぞわと震え上がって、私はこの場にいる全員に対して絶叫していた。
「っんで大包平が!?!」
「帰りは増員するよう加州清光に言われた」
ばっと清光を振り返ると、「ごめーん、主」と言いながらも悪びれた様子のない可愛いポーズをとっている。ひどい初期刀だ。自分がそういうポーズも似合うことを分かってやっている。
いやいやいや、なんで帰りに増員が必要なんだ。意味がわからない。確かにカステラを大量にお土産でいただいたけれども清光が持てない重さではないのだが。
「そんな言葉、信じて一人でここまで来たの……!? なんで!? 意味がわからない!!」
「来たらいけないことがあるか?」
「それは……っ」
来ないで欲しい理由は、ないとは言えない。だけどそれを口に出すのは憚る。貴方が私が絶賛頭を悩ます一目惚れした大包平だからなんて、言えるはずがない!
「いけなくはない、けど、面倒でしょ。こんなの……、大包平が来る必要は無かったし……」
「ふむ……」
素直になることなんて絶対できない私からは、可愛くない言葉ばかりが出てくる。大包平のこと、私はあまり直視することができない。なのでちら、と見ると堂々と立ち、真っ直ぐと私を見ている。そして、さも当然であるかのような声色で威力の高い一撃が放たれた。
「だが主は、誰より俺が迎えに行くのが一番嬉しいだろう?」
「なっ、なっ……!!」
「なにせ俺は大包平だからな」
「……!!!」
分かっている。彼はそういう性格なのだ。池田輝政様に見出された自分を、刀剣の横綱と呼ばれた自分を誰よりも誇りに思っている。だけど私が大包平が迎えに来たら一番嬉しいと思ってしまうのは、彼が立派な刀だからじゃない、彼が彼だからなのだ。
正直、図星だった。大包平が自分を迎えに来たら、出てしまう反応はともかく、きっと一番に喜んでしまう。だから一瞬、心を見透かされたと思った。私が大包平を好きで仕方がないことを、まさか彼が見抜いていたかのように感じた。
愚かな自分が、大包平に知られたのだと思ったその瞬間、心臓が止まってしまったかと思った。
私は大包平の外見に一目惚れしてしまった。だから、申し訳ないことに彼の中身を知る前に見た目だけで好きになってしまっている。
だけど言動にまで振り回されるなんて。
清光が、「主、大丈夫ー?」と薄笑いで私を案じている。顔が熱くなる。泣きそうでもある。最悪だ。
「……、……さい」
「ん?」
「もっと離れて歩いてください」
「なぜだ?」
「い、い、か、ら!!」
こんなうまく取り繕えない顔を彼に見られたくないし、そもそも大包平の顔を見てしまうとまた、ぽーっとなってしまいそうで決してできないし。それでもって、大包平と歩いて帰るならもう少し良い着物でも来てくればよかった、髪も整えたかったと思う自分が、さらにもっと恥ずかしくて嫌になる。
恋とは最悪だ。一目惚れなんて重ねて最悪だ。
がむしゃらに歩く私。少し大股で歩くだけで追いついてしまう大包平。全部分かって笑っている清光の三人の行軍。苦しいのは私だけ。私は身持ちの堅い審神者だったはずなのに。悪いのは私にとってどんぴしゃな見目で顕現した大包平だ。全て、大包平のせいだ。私は足を早める。諸悪の根源を振り切るように、赤く泣きそうな顔を見られにないように。
「大包平なんて、大包平なんて……!」
大嫌い、ではないけれど、大嫌いだ!
(次回:大包平の顔がめちゃくちゃ好みだけど、でも私の抱いている気持ちは恋じゃない説を唱え出す審神者が撃沈するお話)(を思いついただけで書く予定はないです。リクエストありがとうございました!)