初恋を諦めて不埒なパーティーにいざ出かけんという時に、私はダンデくんに告白をされた。私はダンデくんが好きで、ダンデくんも私を好きというので、ずっと空いていた私の隣の席はダンデくんが座ることになり、ダンデくんの隣に私も座らせてもらえることになった。まだ、今月の話である。
私とダンデくんの恋模様は、年齢に比べるとたぶんちょっと子供っぽく進んでいる。バトルタワーの中でちょっとすれ違えることを喜んだり、タワー内の業務用掲示物にちょっとダンデくんの名前を見つけると幸せになったり、……いや、これは片思い時代もやっていたことだ。
恋人同士になって以前と違う幸せというと、オフィスのガラス越しに青空を背負ったダンデくんに、眩しいきらきらみたいなのを一日3回感じるくらいだろうか。リーグ委員長としての今のバトル衣装をビシッときこなす姿がすっかり大人の男性で、見てるだけでどきどきしてしまうのだ。……ううん、それも片思い時代と変わらないな。
そういえば。お互いの連絡先を交換した。別々の場所で働き、別々に暮らしているけれど、わずかにダンデくんと私はつながり続けている。これだけは確かに今までと違うことだ。
午前の業務は穏やかに終わった。ランチタイムになったので自分のデスクで持ってきたランチボックスを出し、ダンデくんとのトークルームを開く。未読のメッセージはなかったけれど、トークルームを上へ遡ると、
ダンデくんのメッセージは割とシンプルだ。だけどこまめに送られて来る。おはようとおやすみの間に、毎日のささやかな報告が挟まっている。それから「は今何してる?」や「今日は少し寒いが体調は崩していないか?」なんかの私を気にしてくれている言葉。ここはオフィスルーム。仕事仲間が右にも左にもいる。だというのに顔がにんまり溶けてきてしまう。
「えへへへ……」
ついこの前まで自分の存在なんか忘れられているとばかり思っていた。だけど確かにダンデくんの意識の中に私の存在があることが感じられて、メッセージひとつごとに幸せになってしまう。
私からも話しかけようかと思ってタップする。
「えーと、『ダンデくんお疲れさま。実は、今週末に有給をとることになったんだ! だから土日と合わせて三連休!』、……」
そうなのだ。今週末は一日有給を使用した三連休をとることになっている。
全く自分で予定したものではない。上司に、このままだと有給が消えると言われ、結局勧めに従った。予期してなかった三連休なので、まだ何をしようか決めていない。
ここは、私はダンデくんと恋人らしく休みを一緒に過ごした方が良いのではないか。私たちはデートなんかが許される間柄になったはずだ。だけどダンデくん側の予定を聞く文面を入力したところで、指はふと止まってしまう。
ダンデくんは、今なにしてるんだろう。どんな状況だろう。私はランチ休憩の時間でも、ダンデくんも同じように休憩をとれているとは限らない。
彼はリーグ委員長だ。マクロコスモス系列会社の社員の私とは仕事量は比べ物にならない。バトルタワーでのバトルもいつ試合があるかわからない。トレーナーが来る時間も決まっていない。不確定なことだらけの状況なのにいつでも戦略を磨き上げ、トレーナーを待ち構えているんだから、たった一度負けただけでチャンピオンを降りたけれど、やはり伝説的ポケモントレーナーなのだ。
入力していた文字は、とりあえず消した。もうちょっとよく考えてから休みの話題は出そう。
……あれ、これって付き合う前までと変わっていないのでは。話しかけようとして、手を振ろうとして、やめてしまっていた頃との違いは、どこに?
「いや、そんなことは……」
気づきたくなかったことに気づいてしまい、ひやりと背筋が冷えた。同僚が「どうかしたか?」と怪訝な目を向けて来るけれど、平気だと言う心の余裕が私にはない。
いやそんなことはないはず。こうしてメッセージを送り合えるだけでも、前と比べれば恵まれすぎている。
消したメッセージの代わりに、私のアーマーガアの可愛い表情コレクションから一枚を送ってみた。私が癒される瞬間を見て、ダンデくんがちょっとでも癒されてくれたら嬉しい。
すぐに既読メッセージがついて、ドラメシヤがゆるい絵柄で笑ってるスタンプが送られてきた。ダンデくん、こんな可愛いドラメシヤのスタンプ買ったりしてるんだなぁ。新たな一面を知り、私も午前の疲れを忘れさせてもらった。
ダンデくんに話しかけることをとりやめたのは良い判断だったと思う。
恋人らしくしたい気持ちもある。私だけのわがままでしかないけれど、三連休の一日でも、ダンデくんと恋人らしく過ごすことに使ってみたかった。だけど、相手はダンデくんだ。あんまり平凡を押し付けるべきような人ではない。
おはようとおやすみと、今日なにがあったかと、元気にしてるか。それだけじゃ足りないなんて、いつの間にやら私は贅沢者になったようだ。
会いたいな、と声に出さずにつぶやいた。
画面越しだとダンデくんが今どんな状況なのかがわからない。今は労ってあげた方がいいのか、それとも休みの予定を話すような余裕があるのか、直接顔を見て”今のダンデくん”を知りたい。
でも私にはここで会いたいを伝えていいものかも分からない。
そもそも私の初恋はダンデくんなのである。つまり恋愛経験値は乏しいの一言につきる。何もかもが初めてで、ダンデくん以外の恋も知ろうとしたところに彼に捕まってしまったので、仕方がない。今からちょっと経験値を貯めてくるので待っててくれ、はきかない状況なのである。
よし。今週の休みはやっぱりワイルドエリアだ。池の周りにテントを張って、しんじゅを探したりしよう。とれたてのみずべのハーブでカレーを作るのもいいかもしれない。やっぱり採れたてのきのみを使ったカレーがいい。きのみのとれる木のマップは絶対持っていかなきゃ。久しぶりにヨクバリスとのバトルになりそうだ。
業務の合間にそんな休みの日の想像を広げていれば、あっという間に日が傾いて就業時間になった。
「お先に失礼します」
「もほどほどにね」
「あ、はい、お疲れ様です」
人がどんどん帰って行くオフィス。私も出遅れないようにパソコンの電源を落としてデスクを離れた。エレベーターの中でスマホを見ていれば、あのドラメシヤスタンプの後に、再度ダンデくんからメッセージが入っていた。
『週末の予定はもう決めているのか?』
どきり、と嫌な感じに心臓がはねた。私の脳内はもう久しぶりのキャンプでいっぱいになっていた。これはどう返事したらいいのだろう。まだ決まってないよと嘘をついたら、ダンデくんが私を何かに誘ってくれたり、しないだろうか。
下心が動き出している間に、ふとメッセージがスクロールする。
『今帰るところか?』
ダンデくんからの新着メッセージだ。しかもちょうどよく既読がついてしまった。ダンデくんに今私もトークルームを見ていたところだったのが伝わって、あっという間に逃げにくい状況になってしまっていた。しょうがなく、とりあえず白状する。
『そうだよ。エレベーター乗ってるところ』
『今からそっちに行く。エントランスで待っててくれ』
ダンデくんがわざわざ会おうとしてくれている! わかりやすくざわつく胸とにやける口元を必死で押さえながら、返事を打った。
『エントランスは目立ちすぎない?』
『じゃあオレの部屋に来てくれ』
オレの部屋。それはつまり、リーグ委員長室、ということだ。
私がいつぞやのオリーヴさんのように、いつでも隙のない美人だったら良かった。けれど私はあんな完璧美人とは程遠いなのでエントランスフロアについたエレベーターに乗り直した私はまず自分のオフィスがある階に一度止まった。自社のお手洗いの鏡で自分を簡単にチェックしてから、今度こそエレベーターに乗り直してリーグ委員会のあるフロアに向かう。
初めて訪れるリーグ委員会に、ものすごく緊張していたけれど、エレベーターを降りたすぐのところで秘書さんがもう私を待ち受けていた。ダンデくんのオフィスまで連れていってくれるみたいだ。ダンデくんに「秘書に隠す方が不都合が多い」と言われて公認してもらっている。
「お疲れ様でーす……」
「やあ」
広くスペースをとられたオフィスに夕暮れ時の茜色が溢れている。以前ローズ委員長が座っていたであろう場所に座るダンデくん。堂々と座す姿にローズ委員長の顔を思い出すことが難しくて、もうこの場を自分のものにしているようだった。
夕陽を背負うダンデくんも燃える炎ようにかっこいい。
「ああ、眩しいな。すまない」
ダンデくんが立ち上がり、窓にブラインドをおろしてくれた。眩しい茜色がなくなったけれど私はダンデくんを上手に直視できず、もじもじと自分の膝を見ていた。
「帰るところだったのにありがとう」
「ううん、初めて来るからちょっと緊張したけど」
「好きなところに座ってくれ」
近くのソファに恐る恐る腰を下ろすと、予想以上に体が沈み込んだ。瞬間、ため息が出そうになった。このソファ、めちゃくちゃ柔らかい。疲れが溶けていくようで、気を抜いたら寝てしまいそうに気持ちのいいソファだ。
「そのソファ、柔らかすぎるよな」
「うん、うん……!」
「はは。考え事をするには向いてないからオレはあまり座らないんだ」
ダンデくんの気持ちは分かる気がする。こんなに気持ちのいいソファでは絶対に考えがまとまらない。私だったら全てを「とりあえずまあいっか」で済ませる自信がある。本当に、油断をしたら寝てしまいそうだな、なんて気を抜いたところを狙ったように、ダンデくんが口を開いた。
「三連休は、何か予定があるのか?」
「し、知ってたの?」
「キミの休みの予定は把握している。今回は立場上、たまたま知ってしまったというか……」
「そうだったんだ……」
じゃあ尚更、答えは出てるようなものだ。私が休みだと知っているのに、現時点でダンデくんからデートのお誘いどころか会いに来いの指示ひとつも来ない。
遠回しに、自分が求められてないのに気づいて、寂しくもあり、でも期待することをやめれば少し気分が軽くなった。
「久しぶりにワイルドエリアにキャンプしに行こうかなって計画中だよ」
「今も通い続けているんだな」
「ううん、仕事に体力とられがちで行きたいのに行く回数が少なくなっちゃってる。だから、ポケモンたちとゆっくりしたいの」
「が作ってたマップは持っていくのか?」
「うん、新たな変化もあるかもしれないし、ワイルドエリアの今を確認したいなぁ」
視線を滑らせてダンデくんを見る。
私はダンデくんの顔が見たかった。今日に限らず最近ずっとそうだ。今どんな気持ちなのか、何か困っていることはないか、ちょっとでもいいから知るヒントが欲しかった。
だけど待ち望んでいたダンデくんの横顔が、まさか寂しそうにしているとは思わなかった。自分の目が信じられない。けど、私に向けて微笑を浮かべる男前に漂う空気に似合う言葉が”寂しそう”以外に見つからない。
一緒に休日を過ごせたら。そんな期待をついさっき捨てたばかりだというのに、ダンデくんの顔を見たら、思わず口から出ていた。
「……ダンデくんも、来る?」
微笑して細められていたダンデくんの瞳が途端に輝き出す。
「ああ!」
「えっ、ほんと? ほんとに来るの?」
「行く!」
「というかそもそも休みなの? 大丈夫?」
「大丈夫だ、が気にすることじゃない。オレはまたキミとキャンプがしたかったんだ」
「そうなの!?」
今度こそ、体から溶けそうになるソファから私は飛び上がった。私のマイペースなキャンプ計画にダンデくんを巻き込んでもいいなら、いくらでもした。
「言ってくれたら良かったのに!」
「考えても仕方がないからずっと考えないようにしていたんだ。が、最近になってとしたいことが、次から次へと出てくる」
本当に、言ってくれたらよかったのに。
そんなダンデくんの気持ちを私は知らなかった。誘われないから、無いものだと思っていた。会いたい気持ちは私だけのものかと思っていた。だけどダンデくんが求めてくれる気持ちは会いたいよりももっと具体的だ。思ったより、ダンデくんは私のことを考えてくれているのかもしれない。
「ダンデくんがしたいことなら、私もきっとしたいって思うよ。いつだってダンデくんの喜ぶことをしたいって思っているんだから」
「そんなこと言って後悔しないか?」
何を後悔することがあるのだろう。とっさに意味を取れずにいると、ダンデくんが目を細めて歩み寄ってくる。
ダンデくんが自分の耳を差す。耳を貸せということだろうかと片耳を上へと傾けると、案の定ダンデくんの顔が今までにないくらい近づいた。
「……っ」
耳打ちされて顔が熱くなったのは、ダンデくんの息が耳にかかったり、匂いがぐっと近くなったせいもある。だけど一番は、その内容だ。
「だめか? だめなら言ってくれよな」
「だめじゃ、ない、です」
「よし」
「え、今なの!? ……目は、つぶった方がいい?」
質問したのにダンデくんは何も言わないで、熱く見つめられる。恋愛初心者に、目をつぶった方がいいのかどうか教えて欲しかったのだけれど、肩に添えられた手に緊張がせり上がって来て、ダンデくん以外のものがどんどん視界に入らなくなって来て、目を開けたままでいる方が難しかった。
そして私はダンデくんがしたいと思っていた、私も同じようにしたいと思っていた、はじめてのキスをしたのだ。
(リクエスト内容は「恋を捨てようと思った主と告白するダンデ、おかわり」でした! 幸せな方を書かせていただきました! リクエストありがとうございました!)