※いろいろ捏造&勝手に補完だよ! 雰囲気で読んでください!




 はじまりはワタルさんだった。ポケモンリーグ周りの仕事はワタルさんがいないと回らないことも多い。どんな時も忙しいだろうに、仕事の隙間をぬってワタルさんが帰ってきた、と思ったら単調直入に聞かれたのだった。

、長旅は平気か?」
「長旅ですかぁ……。どれくらい長いのかによりますけど、わたしのチルタリスは体力も自慢ですし、わたし、ワタルさんが一緒なら大丈夫だと思います」

 きっとその旅先への同行者が決まったことが相当嬉しかったのだろう。ワタルさんはひとつ、明かりの点いたような笑顔を見せて、そしてワタルさんのガラル地方出張にわたしがついて行くことが決まったのだ。



 カントーからガラル地方へ行く。それは確かに長旅だった。だけど距離を超えて、時間もかけてたどり着いたここは、まるっきり新しい世界。来ている服、街並み、お店の雰囲気……。そしてやっぱりわたしの知らないポケモンたちが空を、道を、水の中を行く。
 わたしは今日もきょろきょろあたりを見回しながら通りを歩いている。旅行者であることがわかりやすすぎるけれど、真新しい世界にどうしても目を奪われてしまう。ここ、ナックルシティは歴史的な建築物も残っていて、壁ひとつを見ても雰囲気が抜群だ。

 ふと時計を見るともうすぐお昼前だ。今日までは二人旅だったため、食事もほとんど一緒にとっていた。ワタルさん、今日のお昼ご飯はどうするつもりなのだろう。それを聞こうとわたしはポケットからスマホロトムを取り出した。慣れない手つきでワタルさんに電話をかける。

「あ、繋がった。ワタルさん、そちらはいかがですか?」
『ああ、順調だ』

 ワタルさんにはワタルさんの予定があり、別行動も多くなることは予想できた。リーグのひとたちからアドバイスを受けて、通信用端末をふたつレンタルして、ひとつはワタルさんに渡してある。
 アドバイスの通りにしてよかった。ロトムが手助けしてくれる機械と聞いて最初は驚いた。だけどすぐに操作に慣れることができて、なかなか快適だ。

『順調ではあるんだが……』
「あ。わたし、わかりましたよ。さてはワタルさん、熱烈な歓迎を受けているんですよね?」
『熱烈ってほどでもないが、まあこちらは盛り上がっているよ。電話をもらったおかげで抜け出せたからな、正直助かった』
「そうなんですね。お疲れ様です」

 地方を飛び出して名前が行き渡るような、伝説のポケモントレーナーは何人かいる。その中でもワタルさんは別格のように思う。それはワタルさんを尊敬してやまない、わたしの贔屓目かもしれないけれど、でもガラル地方にワタルさんを評価する人がいるのも確かなようだ。
 ワタルさんが皆に尊敬されていて、わたしも自分のことのように、いやそれ以上に嬉しくて、顔がぽかぽかしてくる。

「じゃあ今日は終日別行動でしょうか」
『すまないが、まだ抜け出せないかな。終わり次第連絡はいれるよ』
「わたしのことは気にせずゆっくりしてきてください。何かお困りのことはありませんか?」
、色々なサポートをありがとうな』
「これくらいお安い御用ですよ! ガラル地方でもわたしをたっくさん頼ってくださいね!」
『ああ、感謝するよ』


 ワタルさんはわたしに何も頼まなかった。そうなるとわたしにはやることがなくなってしまう。わたしは、少しだけ気持ちが落ち込みそうになった。けれどせっかくの自由時間だ。自分一人では来られなかったガラル地方を見てまわらなきゃ損だ。
 気持ちを立て直して、わたしはモンスターボールを取り出して、一番の相棒を呼び出した。
 チルタリスの青い体だろうか、ふわふわとした純白の羽、それともこの子の綺麗な声だろうか。チルタリスが現れた瞬間、町の人たちが一斉にわたしの方が見た。気恥ずかしさを振り払うように、わたしはチルタリスの背中に乗せてもらう。

「チルタリス、お願いね。一緒にガラル地方を見て回ろう」

 チルタリスが羽ばたけば、刺さるような人々の視線から、空へ逃れることできた。

「はあ、びっくりした……」

 カントー地方でもチルタリスは珍しい方で、視線を集めることはよくある。だけどあんなに注目を浴びたのは初めてだった。チルタリスのことは自慢だ。けれど私自身は注目されることには慣れることができない。

 まだ顔が熱い。それを風で冷ましながら下を見ると、かなり遠くまで広がる、ワイルドエリアが視界に飛び込んできた。なんて広いのだろう、そして道らしき道のない光景がとても新鮮だ。
 風景に吸い込まれそうになりながらワイルドエリアに見入る。だけど私たちに、並走するように後ろから影が現れる。色鮮やかで、特徴的な羽のかたち。見覚えがある。

「え、フライゴン……?」

 そのポケモンの名前をつぶやけば、赤いフライゴンと目が合う。野生のフライゴンかと思いきや、羽ばたきの合間に人の姿が見えた。男の人だ。フライゴンの上で背を伸ばし、わたしをまっすぐ見ている。

「オマエ」
「は、はい?」

 もしかしてわたしに用事があって、空まで追いかけてきたのだろうか。驚いて固まるわたしへ、彼の視線が刺さる。

「オマエ、他の地方から来たんだろう? ガラルの人間ならほとんどの場合アーマーガアタクシーを使う」
「あ、そ、そうなんですね! もしかしてだめでしたか……!?」
「まあ普通ではないな」
「すみません、そんなことも知らずに」

 わたしは知らず知らずのうちに、ガラル地方のマナー違反、それどころかルール違反をしてしまったのかもしれない。
 好奇心からチルタリスと空を飛んだ。こんなことでワタルさんに迷惑をかけてしまったらどうしよう。風の冷たさじゃない寒さで指先を震わせながら、地上へ戻るようチルタリスにお願いした。



 アーマーガアタクシーとやらを使わずに空を飛んでしまった。それはガラル地方では普通のことじゃないそうだ。それを知らずに飛んでしまい、罰金でも取られるかと思った。けれどフライゴンに乗って現れた彼はわたしとわたしの後ろに隠れるチルタリスを観察するように見下ろしている。長い手足に鋭い青い瞳、わたしはへびにらみという言葉を思い出していた。

「やっぱりドラゴンタイプ、だよな?」
「えっと……、チルタリスのことですか?」
「このポケモン、やっぱりチルタリスだよなあ!?」
「ひっ!」

 彼が声を上げると、尖った犬歯が見えて一瞬ひるんでしまう。だけどチルタリスを読んだその言い方は、予想外に楽しそう、というか好奇心に満ちている。

「本当はオマエが地上でチルタリスを出したところも見てたぜ」
「はあ」
「まあ、オレさまとしたことが色々と驚いちまってそのまま逃すところだったがな」
「はあ……?」
「チルタリスのこと、もっとよく見てもいいか?」

 ……この人、わたしのチルタリスに興味があっただけな気がしてきた。

 チルタリスの様子を見ると、この彼のことは警戒していないようだ。どうぞ、というと長身の彼はゆっくりとチルタリスと距離を詰めていく。
 しっかりとポケモン側の気持ちを確かめながら、観察を続ける彼は、やはり悪い人間ではなさそうだ。

 彼のフライゴンも物怖じせずに、無邪気にチルタリスを観察している。わたしもポケモントレーナーのはしくれ。よく見ると、よく育て上げられたフライゴンだ。フライゴンもドラゴンタイプのポケモンだ。育成が難しい部分もあるのに健康状態もいいところを見ると、このお兄さんは優秀なポケモントレーナーなのだろう。

「ポケモン、お好きなんですね。もしかしてドラゴンタイプが特にすき、とかですか?」
「……アーマーガアタクシーのことを知らないなら当然だろうが、やっぱりオレさまのことも知らないんだな」
「す、すみません」
「キバナだ」
「きばな……。あ、今のお名前ですか!?」

 彼の、チルタリスを撫でる柔らかな手つきの方を見ていたら、ちょっと気づくのが遅れてしまった。彼、キバナさんには生暖かく笑まれてしまい、申し訳なくなる。

「わ、わたしはです。カントー地方から来ました」
「カントーか! 遠いなあ!」
「はい、遠かったです。でもこのガラルの景色を見たら、その苦労は全部、忘れちゃいました」
「……ガラル地方は気に入ってくれたか?」
「はい、とっても」

 綺麗な景色、見たことのないポケモンとの出会い。そんなんでここ数日の苦労をすっかり忘れてしまうなんて、我ながら単純で恥ずかしいばかりだ。だけどキバナさんは、今までで一番優しげな笑顔で私を見下ろしている。

「どうしてカントーからはるばるガラルに来たんだ?」
「ガラルに来ることになったのは、ある人の付き人としてです。今は、わたしが入れない場所でお仕事をしているので別行動なのですが」
「なるほどな。仕事のパートナーか?」
「あ、わたしは正式な秘書とかではなくて……」
「じゃあ家族か?」
「血縁者、でもないですね……」

 言葉を濁せば濁すほど、キバナさんは不思議がる。だけどわたしとワタルさんは、よくある関係では上手にくくることが難しいのだ。

「一緒に住んでいるので、家族みたいなもの、なのかもしれませんが…….」

 行き場をなくしたわたしをワタルさんが受け入れてくれたその日から、わたしは彼の家で暮らしている。わたしはワタルさんを誰よりも尊敬していて、誰よりも信じている。一見するとわたしたちは毎日を一緒にすごす家族のようだ。
 だけど長く一緒に暮らすうちに気づいたのは、ワタルさんはわたしと違う気持ちを持っているということ。わたしが抱く気持ちと、ワタルさんがわたしに抱く気持ちは違う。これは、勘としか呼べないものだけれど、ワタルさんもわたしたちの気持ちの差を知っている気がしている。

「すごく懐が深いというか、面倒見のいいひとなんです。幼い頃からその人に面倒を見てもらっているので、わたしもできる限りの手助けをしているんです」

 といっても、ワタルさんはほとんど完璧なひとで、わたしが必要なのかはわからないけれど。そう思ったら苦笑いが出てしまった。

「なんだ、“いいひと”がいるのか」
「”いいひと”……? はい、ワタルさんはいい人ですよ!」
「ワタル……?」

 キバナさんがぽつりと、ワタルさんの名をつぶやいた時だった。
 ロトムがわたしのポケットから飛び出して、目の前で震えた。画面を見ると、電話が入ってきている。このスマホロトムに連絡を入れてくるのは、ワタルさんしかいない。

「はい、です。どうしましたか?」
、今日夕方の予定がまた明日になったんだ』
「そうだったんですね。じゃあ、どうしましょうか? 明日に向けて何か必要なものはありますか?」
は今、どこにいるんだい?』
「えっと……」

 ここはどこだろう。チルタリスに乗って飛んで、キバナさんに注意を受けて、そのまますぐ下に降りたから……。あたりを見渡したけれど、土地勘なんてあるはずもなく、地名もわからない。
 キバナさんに聞けばわかるだろうか。そう思い、彼の方を振り返って、思ったより近くに立っていた彼に飛び上がりそうなほど驚いてしまった。

 そしてさらに驚いた。
 わたしの後ろから手を伸ばしたキバナさんが、わたしとワタルさんの通話を切ってしまったからだ。

「え……?」

 ひやり、としたものが首筋を流れる。その横を、キバナさんの手が、長い指が後ろへと流れていく。
 キバナさんは悪いひとじゃない、はずだ。チルタリスへの興味だったすごく純粋なものだったし、そうに決まってる。悪いひとじゃないけど、なぜ、わたしとワタルさんの通話を勝手に切ってしまったのだろうか。

「ど、どうしたんですか?」
「いや、なんか体が勝手に動いて」
「そ、そうなんですね。びっくりしました……」
「オレさまも……」
「………」

 ワタルさんとの電話を切られてしまったのには驚いたし、困ってしまう。
 だけどキバナさんもなんだか驚いたような、そしてわたしよりも困ったような顔をしていて、わたしは言葉をなくしてしまった。

「わたし、町に、できればナックルシティに戻ろうかと思うのですが……」

 キバナさんは黙ってしまっている。どうしたらいいのかはわからない。だけどこの人を放っておけなくて、とりあえず問いかけた。

「キバナさんはどうしますか?」
「ナックルシティに戻るなら、送っていってやる。さっきのお詫びだ」
「じゃあ、お願いします」

 やっぱり根は親切なひとなのだ。このまま別れるより、町まで送ってもらって、お礼を告げて別れた方がきっとお互いに良いだろう。ぎこちなく、わたしとキバナさんは歩き出した。

 キバナさんはガラルの人というだけあって、あっという間にナックルシティの街並みが見えてきた。彼のおかげで、歩きやすく安全な道でここまで来られた。
 わたしの少し前を歩いて、気配りしてくれる姿。これをきっとエスコートと呼ぶんだろう。優しくしてもらうことは嬉しい。キバナさんがわたしに優しくしてくれるほどに、さっきの行動はますます不思議で、説明がつかないものになっていくのだ。

 どうにも言葉が見つからない状況。ガラル地方の住むキバナさんと、カントー地方からたまたま訪れたわたしだ。町に着いたら、もうキバナさんとは会うこともないだろうに、わたしの中にはもやもやが広がっていく。
 だけど、この優しい人を突き放すこともできないもどかしい状況。抜け出したいと思うのに、終わってほしくないとも思うのは、なぜだろう。

 自分の気持ちのありかがわからない。そんな状況から掬い上げてくれるのは、やっぱりあのひとだった。

っ!」
「ワタルさん……?」

 今度はスマホロトム越しじゃないワタルさんの声が、空から降ってきた。と同時にわたしにカイリューの影かかぶさる。力強くて、あたたかなワタルさんの声に、一瞬で泣いてしまいそうになった。

「心配した……」
「すみません、町に着いたら連絡しようと思っていました」
「無事かい?」
「? は、はい、特に変わったことは何も」

 さっきは申し訳なかったなと謝ろうとしたのに、ワタルさんはわたしの姿を確認するとそのままキバナさんに向き直った。

「君は?」
「あ、この方はキバナさんです。わたしにガラルの空のマナーを教えてくれた、親切ないいひとで……」
「本当に”いいひと”なのかい?」
「え……?」

 ワタルさんの発した声色に、驚いた。表情の険しさにも。
 あれ、ワタルさん、今まで見たことがないくらい機嫌が悪いかも……。ワタルさんから発せられるとげとげしい空気に思わず後ずさると、キバナさんにぶつかってしまった。
 謝ろうと上を向いてまたわたしは息を飲んだ。さっきまでは優しげに話しかけてくれていたキバナさんも、まるで雰囲気を変えている。チルタリスを見ていたキバナさんとはまるで別人だ。

「え、え……?」

 ワタルさんからの重々しい圧と、キバナさんから発せられる上からの圧。無言でぶつかり合うふたつの圧に挟まれて、わたしは潰れそうだ。しかもなぜかワタルさんが一歩踏み出すと、キバナさんも距離を詰めるように前に踏み出す。
 このままだと潰されてしまうと、二人の間から逃れようとすれば左手をワタルさんに、右腕をキバナさんに捕まえられてしまう。

「え……!?」

 初めてのガラル地方。きっとトラブルはあるとは思っていた。でもこんなのは想像していなかった。
 ドラゴン使いのにらみあいに挟まれて、なぜか逃げることを許されないわたしは、行く末を見守るしなかった。




(リクエスト内容は「ワタルさんとキバナさんに挟まれる話」でした。ありがとうございました!)