早朝、すっきりと目が覚めた。雲の隙間から光の柱が指している。この朝を私は待っていた。独り言はあまりしない方なのだけれど、気持ちが抑えきれず誰もいない部屋でつぶやいてしまう。

「オフシーズンだ……!」

 昨晩、ファイナルトーナメントが熱狂のうちに終わった。今季もチャンピオンが圧倒的に強かったけれど、カブさんの個人成績は極めて好調。加えてカブさんの指示、戦況の組み立て、それからマルヤクデの動きも今まで以上のものへと進化していた。素人目で見てもそれは明らかで、カブさんサポーターも、婚約者である私でも惚れ直す良いシーズンだった。

 来たるバトルに向けて、静かに闘志を燃やすカブさんもたまらなくかっこよかった。だけど今日から少しの間は、見ている私が溶けそうになる、柔らかなカブさんが見られるのだ……!

 もうすでにだらしなく顔を緩ませながらキッチンに行くと、すでにトレーニングウェアに着替えたカブさんがいた。愛用のボトルに、冷たい水を補給している。

「おはようございます」
「おはよう」

 目元の柔らかそうな皺に朝日が乗っていて、寝起きの頭はぼーっとそれに見入ってしまう。

「感心だね、ぼくと同じ時間に起きるなんて」
「えへへ……」

 カブさんと一緒にいられる時間が増えるのが楽しみで、自然と早く目が覚めちゃいました! ……とは言えず、私は笑ってごまかした。
 これから朝のトレーニングに行くのだろう。カブさんはトーナメント翌日でも、ルーティンは崩さない。

「気をつけて行って来てくださいね」
「うん。行って来るよ」
「朝ごはん作って待ってます」
「それは楽しみだ」

 庭に出るとすぐ聞こえて来るのはモンスターボールを投げる音と、マルヤクデたちの鳴き声だ。カブさんの背中を見送るために、窓に近寄る。そのまま冷たいガラスに額をつけてしまう。くう、と噛みしめる。朝一番のカブさんの微笑みをいただいてしまった。朝が静かすぎてどきどきと鳴る自分の鼓動が聞こえてしまった。

 カブさんの食事量は割と多い。卵をいくつもとか、トーストを何枚もとか。決まったものをいくつも食べる。メニューはシンプルだし用意したものをしっかり食べきってくれるので、用意するのは結構楽しかったりする。そんなカブさんを眺めながら、私はカブさんの何分の一かの朝食をとる。それが日常だ。けれど食後、ゆっくりとコーヒーを飲むのは非日常。
 カブさんは向かいの席で雑誌を読んでいる。私も勝手に開いてみたけれど、あまり内容が頭に入ってこなかった専門誌だ。
 私も何か読もうかと考えて見る。けれど上手く行かない。さすがに早起きをしすぎたらしく、眠気覚ましもかねて食後のお茶を飲んでいるのに、まぶたが重たくなってくる。

「今朝は早起きだったからね」
「やだ……、もったいないですよ……。せっかくカブさんがゆっくりしてて、一緒にいられるのに……」
「無理しないで、少し寝なさい」
「うう……」

 誰よりも努力を重ねたあの手のひらで頭を撫でられてると考えようとする力もさらにふやけてしまう。私は残った力でソファへ移ると、顔をクッションに埋めて、意識は眠気の中に沈めた。







 どこにも寒さなんてない。暖かさが、体に満ちたのを感じて目が覚めた。頭がはっきりしないまま私は部屋を見渡す。誰もいない。時計を見ると幸運にもまだ午前だ。
 眠気覚ましにグラスに水を注いでいるとお庭の方から聞こえたのはカブさんの声だ。

「そうだ。そうやって体の使い方を知ればきみはもっと良くなるよ」

 すぐに窓の外に炎が映った。窓を開けると不意に入り込む温風。首を伸ばして見てると、カブさんと近くにはエースのマルヤクデが赤い身を唸らせている。マルヤクデ直々に相手になってあげているのは、新入りのヤクデだ。

「その調子だ、ヤクデ。だがまだまだ行くぞ」

 シーズンが終わって、ようやくカブさんたちにトレーニングをつけてもらっているヤクデは必死ながらも嬉しそうだ。

 邪魔しないように、家の中から水をちびちび飲みながら眺める。
 トレーニングに励むまだ小さなヤクデはカブさんがゲットしたポケモンではない。強くて、それでいて傲らない、ストイックな精神を宿したカブさんとカブさんたちのポケモンを見て、ヤクデからカブさんに懐いてきたのだ。
 私もたまたまカブさんと一緒に歩いていて、ヤクデが後をついて来た様子をよく覚えている。カブさんを一心に見つめる姿は、まるで私だった。

 うん、カブさんに憧れる気持ちは人間もポケモンも関係ないよね。なんて、勝手に共感していると耳を疑うようなセリフが飛び込んで来た。

「きみにはを守って欲しいからね」
「へ!?」
「おや」
「かかかか、カブさん……!?」
「聞かれてしまったか」

 冷たい水なんかじゃなく、自分の顔の熱さで目が覚めてしまった。多分いつもみたく首まで真っ赤になってることだろう。もう赤面は隠せないので、観念して私も庭へと出た。
 外の風に当たっても、なかなか熱さは引いてくれない。

「あの、カブさん……。そんな、守るとか、本気ですか……」
「うん」
「うああああ!!」

 聞き間違えじゃなかった。思わず自分の身を抱きしめて座り込む。そうじゃないと爆発してしまいそうだ。
 守りたいと思ってくれていることは、嬉しい。私は大人のカブさんから見たら危なっかしいところとか、見てて心配になるところとか、まあ色々あるのだろう。でもさっきのセリフは、私にとって威力が高すぎた。

「嬉しいです、けど、お気持ちだけで大丈夫ですから……!」
「うーん」

 カブさんは目を細めているけれど私の主張には納得していないようだ。

「きみといるとね、自然と考えてしまうんだ。きみの一生を全部ぼくのものにするにはどうしたらいいのかな、と」
「そんな……。私はもうカブさんのものですよう……」
「分かってないね。ぼくは一生の話をしてるんだ」

 本当に、私の一生はカブさんのものなのに。証明する方法が見つからない。
 ああ、こういう時にふくれっ面なんてしてしまうから、カブさんは私を守りたいだなんて保護者のようなことを考えてしまうのだろう。

「……やっぱり、お気持ちだけで大丈夫です」
「ぼくは大丈夫じゃない」
「だってこのヤクデは、カブさんとマルヤクデたちに憧れて付いて来てくれたんだと思うんです。そのヤクデを私のために行動させるのは、良心が痛むというか、いいのかなぁって」

 マルヤクデに比べるとまだ薄く、短いヤクデ。むしタイプは苦手なことが多いけれど、慣れた今はとても可愛らしく感じる。私の都合でこの可愛いヤクデを振り回したくない。私がカブさんへの憧れと好きな気持ちを溢れさせて生きているように、ヤクデにも憧れと好きときらきらと燃やしながら生きてもらたい。私には何もできないくせに、そう願ってしまうのだ。
 ヤクデのことを考えていたら勝手に切なくなって来てしまった。カブさんはそんな私を包むように落ち着いた呼吸で目を細めている。

「大丈夫だよ、。このヤクデは自分がどんな仕事を任されようとしているか、よく理解しているよ」
「カブさん……」
「ぼくの一番大事なものを守る、大切な仕事だってね」

 一番、大事なもの。何度か繰り返して、一拍おいて、熱さは急上昇した。

「っかかかかか、カブさんっ!?」

 いっぱいいっぱいになった私を見て、カブさんが破顔する。

「かっ、からかってるんですか……!?」
「からかってなんかないよ」
「でもめちゃくちゃ笑ってますよ!? そ、そ、そういうこと言っての、カブさん恥ずかしくないんですか!?」
「ぼくだって気恥ずかしいよ。だけどきみが面白い反応をするから」
「わ、私のせいですかー!?」
「うん」
「肯定しないでください!」

 私が必死になるほどにカブさんが笑う。それが嬉しくて嬉しくて、カブさんにもっと笑って欲しくて、私は必死なポーズの崩しどころを見失う。
 季節の終わり、それから新しい季節の始まり。私とカブさんはじゃれあうみたいに笑っていた。





(リクエスト内容は「随分年の離れた恋人と過ごすカブさん」でした! リクエストありがとうございました)