「マツバ」

 この世にある輝きの中で、僕が知る限り一番、澄んでいるもの。満月の光のように僕を呼ぶのはだ。同い年の彼女だけれど、来月には僕より一足先に10歳になる。
 の誕生日が近づくにつれて僕の頭を占めるのはに何を贈って祝おうか、いかにして喜んでもらおうか、ということではなかった。10歳になったが、何度もなりたいと口にしていたポケモントレーナーになり、旅に出るでのはないかという不安に夜も眠れないほどに付きまとわれていた。

 彼女は自分の感じたこと考えることをするりと口から滑らせてしまう女の子だ。僕に対して感じたことをするりと言ってしまう。僕を傷つけるためではなく、気遣うわけでもなく、間違えてかたちにされてしまったの言葉たちは、僕の中の疑心暗鬼や不信感を幾度となく砕いたのだ。おかげで彼女は、僕の感じる世界のことをそのまま話していい唯一の存在だった。
 そのがいなくなる。が去った後の思い浮かべれば、逃げ切ったはずの、封じたはずの悪いものたちがすべからく蘇るのだから、目を閉じて開くごとに広がる光景は残虐そのものだった。僕にとっては親に見捨てられるより恐ろしいことに思えてならなかったのだ。

 彼女の誕生日を待つ僕は、どくガスを絶え間なく吹き込まれて、爆発しそうになってる風船そのままだった。日に日に眠れなくなり、食事が喉を通らず、晴れの日でもいつも凍えるように寒く、なのに感覚は研ぎ澄まされて、酷く怯えて毎日を辛くも生き延びていた。

「マツバ!」

 強く呼んで、彼女は両手のひらで僕の顔を包んだ。というよりはほとんど弾くように添わされた手のひらと僕の頬がぱちりと音を立てて、僕を呼び戻していた。体温が伝わって来ると僕は簡単に泣きそうになる。

「マツバ、私を見て、ちゃんと聞いて」

 僕は虚ろにを見る。まさか僕が、君の誕生日に怯えているとは知らないは、困り果てた様子で訴える。

「私、最近のマツバが本当に心配なの。元気ないし、ご飯は全然食べてないし。なのに修行を続けなくちゃいけないなんて信じられないし意味わかんない。このままじゃ、マツバは本当に死んじゃうよ」

 死んじゃう。それも良いかもしれない。幽霊になればがどこに行ってもついていける。手を握ることは出来なくなるが、離れ離れになることはない。ゴースもゲンガーもムウマたちもいる世界で、がこちら側に来るのを待てばいいのだ。それならあまり寂しくもないだろうな。
 ふらふらする思考で死について考えていると、またが僕を呼ぶ。マツバ! と呼ぶ声は僕の頭の中で明滅する。

「マツバ、私に何かできることがあったら言って。私、マツバのためだったらなんでもできるよ」
「なんでも……?」
「それが、マツバのためなら、私がんばるよ……!」

 9歳の女の子が、想像力が足りないままで言う「なんでもできる」は、いよいよ真っ直ぐに響いた。だけど同じく9歳のはずの僕はぐるぐると考えた上で、願いを真っ直ぐには言わなかった。

「……は知らないだろうけど」
「なに?」
「僕には呪いがかかっているんだ」
「の、呪い……?」

 問い直すの声色には恐怖がありありあと浮かんでいる。君が恐怖を手にすると、それもまるでお月さまの光みたいになってしまうんだね。そんなことを考えながら僕は続けた。

「ホウオウというポケモンにも、エンジュという土地にも縛られて、僕はどこにも行けない。呪いがあるから、僕は死ぬまでこの街にいるしかないんだ」
「それ、ほんとうなの……?」

 本当ではない。まるきり、ホラ話だ。だけど神妙さを演じて僕は頷く。

。お願いだ。僕の呪いを半分、受け取ってほしい」
「呪いを、受け取ったら、どうなるの? そしたら、マツバは楽になるの……?」
「うん。もちろん僕は救われる。でも……」

 僕は今までになく慎重になって、同い年の女の子を騙すための嘘を築こうとしていた。
 僕の願いはたったひとつだ。がずっと僕のそばにいてくれること。そのために僕は願いへ繋がる嘘を編み上げる。

も、もうエンジュの外に住むことはできなくなるんだ。それでも、いい?」
「……うん、いいよ」
「本当に?」

 聞き直したのは彼女の選択に驚いたからではない。喜んで飛びついてしまって、に嘘と気づかれたくない。当に呪いを信じてもらえなければ、彼女がエンジュから出ていかないという狙いは達成されないのだ。

「もし、こんなに辛そうなマツバを放っておいたら、私一生後悔すると思う。だからいいの。マツバ、私に呪いを半分、分けて」

 僕は彼女にすがりつきながら、すぐに彼女に呪いをかけた。彼女の柔らかな手のひらに、指先で意味のない文字を書き、ぶつぶつと特につなぎ合わせのそれらしい言葉を呟く。全て本当に呪いがあるように見せかけるために、それっぽく見せかける演出だった。

「これでいいの……?」

 僕が放した手のひらを、は実感なさげに見つめるので、僕はここでも慎重になった。

「ううん、これは仮の呪い。今度、僕の家で、本当のやり方で移させてほしい。そしたら、その時に本物になるから」
「そうなんだ。それっていつなの?」
「……」

 僕が告げた日付。それは彼女の誕生日からちょうど三日後だった。気づいているのかいないのかわからないけれど、は「うん、わかった。必ず行くね」と、

、ありがとう……、本当にありがとう……!」
「マツバ、辛かったんだね……」

 彼女が約束してくれたことが、涙が出るほど嬉しかった。だというのには、僕が重荷から解放された安堵で泣いていると思ったようだ。は「もっと泣いていいんだよ」と僕を慰めた。

 張り詰めていたものが急になくなったら、ふらついて歩くこともおぼつかなくなった僕を、は家まで送ってくれた。真っ赤なまぶたの僕をはひとしきり笑った、今ならどれだけ笑われても嫌な気がしなかった。
 別れ際、僕はへ、呪いをひとつ足した。

「呪いが強くなったとき、どうにかしてあげられるのは僕だけなんだ。だから何かあったら、僕に言って」
「うん、わかった!」

 何も疑うことなくは手を振って離れて行く。
 帰って行く彼女を、じゃあね、という言葉を恐れることなく見送ることができたのも久しぶりだった。呪いのおかげだった。

 もちろん僕は瞬く間に元気を取り戻した。夜眠れるようになり、食事もとれるようになった。は10歳になってもエンジュから出ていかないんだ。そう思うだけで気分が明るくなって、四六時中口を緩めてる僕を幾人かがたしなめたが、僕は笑ってしまうことをやめられなかった。

 には呪いがかかっている、だからエンジュの外に出ていってしまうことはない、必ず戻ってくる。呪いという底知れぬ安心感に支えられて、僕の幸せは確かにそこにあった。




 夏になると風景の中にポケモンの声が増える。遠い騒々しさをカーテンにして読んでいた本を、僕はふと閉じる。木漏れ日の下、柵へと預けていた腰をあげた。勘が囁いたのだ。
 そのまま道の奥に視線を流せば程なくして、角を曲がってきたが僕へ手を振る。

 急がなくてもいいのに、は全速力で走ってきた。到着したら案の定息が切れている。汗をはたきながらは僕に向き直る。

「マツバ、お待たせ!」
「うん」

 並んで立った僕の目線は、今は彼女の前髪と同じくらいの高さ。何年も費やして、10代も半ばになって、僕の背はようやく彼女を追い越していた。

「あのね、マツバ」
「うん?」
「宿題、終わらなかった!」

 他の人なら恥ずかしがって隠すようなことを明るく自己申告され、僕は小さく吹き出した。

「終わってないんだね」
「でも明日でケリがつくくらいにはなったから!」

 そのケリをつけるというのには、今まで通りなら僕の手伝いも含まれているような気もする。困り果てたに机へと呼ばれ、離れようとすると足に絡みつかれて必死に引き止められる。みっともない様子を晒して助けを求めるに「しょうがないなぁ」と言いながら引き返す。そんなやりとりは僕にとってやぶさかではなかった。

「じゃあ行こうか」

 今日の僕たちは、エンジュの南端、37ばんどうろへの入り口で待ち合わせをしていた。
 特にポケモンもそう強くない37ばんどうろはも好きで何度も出かけた遊び場だ。僕に自由な時間ができれば、二人で近場の草むらに出かけるのはよくあることだった。が呪いを半分引き受けてくれたおかげで、町外に住むことは叶わなくてもエンジュを少し離れるくらいはできるようになった、という設定だ。

 は僕がかけた出鱈目な呪いを、かえって僕が心配になるくらい信じ込んでいる。僕の嘘がよく効いたのは、彼女が純粋だったせいもあるだろう。僕も慎重に呪いのことを演出した。けれどそれ以上にを逃げられなくしたのは、呪いを裏付けるような事が度々、彼女の身に起こるせいであった。

 決定的になった出来事はもう、5年も前だ。
 が両親に連れられて別の街に泊りがけで行った事があった。彼女は事前に呪いのことは伏せながらも「嫌なことが起きる気がする。行きたくない」と何度も訴えた。けれど両親に聞き入れてもらえず、彼女の祖父母が住んでいるというコガネシティに着いたその日に、は骨折をした。
 たまたま寄りかかった柵が古くなっていて、そのまま落ちてしまった。顛末としてはそれだけのことだ。直接呪いとは関係ない。けれど、幼いに呪いがあると信じさせるには十分な出来事だったが、彼女の周りは不運な事故として青ざめるを慰めたのだった。

「どうしたの?」
「ああ、思い出していたんだ。骨を折っているくせに、ハネッコがあとちょっとで進化しそうだからって、くさむらに連れ出されたこと」
「あー、あったねぇ……」
「すっかり治ったね」

 あの時は包帯で吊られていたの右腕。今はその面影もなく、綺麗に治っている。
 の骨折は、もちろん呪いのせいではない。僕がに分けた呪いについて知っているゲンガーが、やったことだった。

 当時の僕も、がエンジュの外で宿泊することを恐れていた。もちろん、別の街に行って、何も起こらなければ、は呪いなんて存在しないことに気づいてしまうのではないかと心配していたのだ。
 その恐怖に心とらわれていた僕をゲンガーは見ていたのだろう。家でひとり青ざめていた僕が、いつも僕の近くにいるゲンガーが姿を消していることに気が付いた。そして次の日の朝、僕はの怪我を知ったのだった。

 たちの家族とほとんど同じ時刻に帰ってきたゲンガーは、僕に対しすまなさそうな顔をしていた。おそらく、少しおどろかすだけのつもりで、怪我をさせるつもりはなかったのだろう。

 がトラウマを持つことになってしまったのはやはり不運が重なった結果だった。僕を想ったゲンガーが思いやりでをおどかし、古びた柵は恐怖に飛び退いた子供を受け止め切れずに折れた。そしては2階よりは低い高さから落ちて、骨を折った。そして痛みでもって、の中で呪いはほとんど本物と化したのだった。

「マツバが私のこと嫌いになっちゃうんじゃないかってくらい、たくさん迷惑かけたよね」

 迷惑、と言われてもすぐには反応できなかった。数秒経って、いちいちを助けてあげなければならならなかったことを言っているのだろうと思い至った。

「いや、あれは案外楽しかった」

 利き腕を折ってしまったせいで、何をするにも苦労していた。僕がこまめに彼女の様子に気づき、助けると、は嬉しそうな、それでいて申し訳なさそうにしおらしく笑んでいた。

「当時も言ったと思うけれど、申し訳なく思う必要は無いよ」
「そう……?」
「うん」

 だってあれは、僕なりの罪滅ぼしだったのだから。


 雑談が途切れると、空気が沈んでいく。それもそうか。今日の僕たちは37ばんどうろに遊びとは別の目的があった。しんみりとが言う。

「今日は、ありがとうね。時間合わせてくれて」
「……ワタッコをボールから出してあげたら?」
「うん、そだね」

 一度立ち止まって、はカバンからモンスターボールを取り出した。が持つボールはこれひとつだ。空中に彼女のワタッコが飛び出し、それから重力を感じさせない動きでゆっくりとの手の中に降りてきた。

「ふふ、お日様の匂いがする。最初は葉っぱの青臭い匂いがしたのに」

 そう言いながらはワタッコの頭の綿に顔を埋めた。幸せそうに目を細めている。
 こんな日に綿毛に顔を埋めて、は暑くないのだろうか? けれどワタッコとの触れ合いに浸っているにそれを言うのは野暮な気がして僕は口をつぐんだ。

 今日、このワタッコを逃がすために、僕らは集まったのだ。ハネッコから見事に育て上げたの最初のパートナーを、の手で野生に戻すために。

 自分はエンジュシティを出ることはできない。だけど大事に育てたワタッコには、広い世界を見て欲しいからと、が自分自身で決めたことだった。
 決めてからのは、僕に何度も意見を求めながらワタッコの育成に力を注いだ。自分のワタッコは一匹で旅をするにはどれだけ育てればいいか。どんな技を覚えさせれば、一匹でもある程度戦えるか。もちものは何を持たせてあげればいいか。

 この街の近くだけで、根気よくバトルをさせてあげ、わずかな経験を積み重ねた。愛情を注いで二度も進化させた。ワタッコとしては頭打ちの強さを身につけさせた。そして今日、その愛情の対象をは手放そうとしている。

 全てを注ぐ勢いで育てたポケモンを手放すなんて、そもそも手放すために育てるなんて。僕には考えもつかないし、そんなのことを僕はうまく理解できていない。

「……、ワタッコは寂しいだろうね。君と離れることになって」
「え、それは違うんじゃないかな」
「そうかい?」
「ワタッコは楽しみにしてると思うな、私は。新しい冒険を始めるんだもん。それにこの子は分かってる。自分が、私の気持ちも引き連れて飛ぶんだって」
「………」

 そうこうしているうちにたどり着いた37ばんどうろと36ばんどうろの境目。僕たちが暗黙のうちにここから先では遊ばない、と忌避する、町の向こうの境界線だ。

「じゃあね、ワタッコ。帰ってきてもいいけど、帰ってこなくてもいいや。あ、でもすぐには帰ってこないで。無理はしないで。でも遠く、遠くに行ってね」

 ワタッコの方もやる気に満ちた目で、数秒に体を擦り付けるとそのまま風に身を任せた。

 夏空に、彼女が愛したポケモンが溶けていく。垣根を知らない風に乗って。
 僕もいずれジムリーダーになる身ながら思うのだ。にはポケモントレーナーの才能があったのではないか。どこまで行けるかはの努力次第だけれど、彼女に可能性があったことは確かだった。エンジュを出ていれば、どんな出会いを果たしたかわからない。でも僕の想像を越えて行ったことは確かだろう。
 ワタッコが小さくなっていくのを眺めていると、胸が詰まっていく。僕は急にに嘘の呪いを分けた、すっかり忘れていたもの、罪悪感を思い出したのだ。

 ポポッコは風に乗りながら遠くへ消えてしまった。それが見えなくなっても空の向こうを見ていた彼女に思う。

「……呪いを、解いてあげようか?」

 が振り返った。目元に涙の気配はなかった。

「ううん。マツバと半分この呪いなんだもの。自分だけ逃げるなんてできないよ」
「そう」
「それに……」

 は一度開いた口を閉じる。何か迷っていたのを振り切ったように優しげな声で言った。

「大丈夫だよ、マツバ。明日もつよいポケモントレーナーさんに会いに行くんでしょ。出かけた先で呪いがマツバに悪さしないように、私はエンジュにいるからね」

 うん、頼むよと、僕は笑んだ。








 引き戸がガラガラと鳴って、玄関に買い物袋の置かれる音。

「ただいまぁー」

 が帰って来た。玄関まで迎えに出ようとすると、よりも先にポポッコが家の廊下をふわり通り過ぎていった。
 あれ、と僕は面食らった。を送り出した時、彼女に付き添っていたのは間違いなく、ピンクの体のハネッコだった。けれど今は頭に黄色の花を咲かせたポポッコになっている。体も随分大きくなって、僕の家の廊下を圧迫している。

「ポポッコに進化したんだ、ついさっき。帰り道のバトルで」
「もう? 早いね」
「確かに。この子は一番早かったも」

 そう。彼女が今育てているのは、いつか風に乗せて旅立たせたポポッコとはまた別のポケモンだ。あれからは何匹かのハネッコを育て、そして最後には逃してしまっている。
 この間も彼女は育て上げたポポッコを風に乗せて逃がしていた。なのに一月経って、37ばんどうろから急に新たなハネッコを連れ帰ってきて、また大事に、一から育て始めたのだった。

 育て上げたあとは遠い世界へと飛ばしたくなるくせに。彼女は同じことを繰り返している。縛られ続けたこの街でには、もうやることがなくなってしまったのも、また事実なのだろう。

 買ってきたものを冷蔵庫にしまっている背中。その上を飛ぶポポッコは、もう随分になついている。
 やっぱりはポケモンを育てるのが上手だ。


「んー?」
「呪いを、解いてあげようか?」

 久しぶりに、その問いが僕の口を突いて出た。
 幼い頃も数度、衝動的に僕はに解放してあげようかと持ちかけたことがあった。てっきり僕は罪悪感からその問いを持ちかけていたのだと思っていた。彼女の呪いを解けば自分の過ちもまた解けるのだと期待して、言ってしまうのだと思い込んでいた。
 だけど僕はもう大人だ。走る感情の名前を、僕は正しく知るようになった。

 呪いを解いてあげようか。問いかける僕には恥も後悔もない。憐れみも罪悪感もまた違う。僕は呪いがまだ生きてるか知りたくて、彼女に問いかけていたのだ。

 は目線だけで僕に振り返った。丸い目がきょとんと僕を見つめてから、はぁっと笑い混じりのため息をつかれた。

「今更言われてもさぁ……。引越しが終わったばかりじゃない」
「そうだったね」

 先週末。僕たちは結婚した。落ち着くところに落ち着いてくれてよかったと親族、友人に祝福されて、幸せな余韻はまだ爪の先にも走っているような気がする。そして今、僕の家には、同じ町内から越してきたの荷物が積み上がっている状態だ。

「そうだったね、じゃないよ! あー疲れた。私はしばらくはゆっくりしたいよ」
「うん、ゆっくりしたらいいよ」
「でも気合い入れて荷ほどきしないと、段ボール箱が残っちゃう……」
「家から何もかも、全部持ってきたからね」

 積み上がった段ボールを見上げる。ほとんどは未開封だ。つい先日義母となった彼女の母が言うには、の部屋は片付けて客間にするとのことで、はほとんど追い出されるみたいにして僕の家にきたのだった。
 そう、の持ち物の全てはここにある。ここにないものと言えば、が手放してしまったワタッコたちがいないだけ。

「マツバ?」
「なんだい?」
「……ううん、なんでもない」

 無鉄砲で無遠慮だった子供の頃は、戸惑いを知らなかったの唇がしっとりと閉じる。

「なんだい、それ」
「気にしないでよ。こういう意味もなくてくだらないやりとりを、多分これからも、いっぱいするんだから」
「そうだね」

 には呪いがかかっている、だからエンジュの外に出ていってしまうことはない、必ず戻ってくる。呪いという底知れぬ安心感に支えられて、僕の幸せは確かにそこにあった。僕は今日も笑顔だ。






(「マツバさんの夢が見たいです!」とのリクエスト、どうもありがとうございました!)