※どこかに頭をぶつけてしまったタイプの頭おかしい系ズミさんでややキャラ崩壊気味なので注意
※ギャグ風味の何か
「さん、あなたを心の底から愛しています」
トレーナー仲間だったズミさんに愛を告白されるのはこれが3度目だ。もちろん1度目、2度目と丁重にお断りした。だから、3度目の告白をされるに至っている。
もっとも動揺させられたのはやっぱり1度目。私に告白してくる神経が本当に信じられなくて何度も聞き返してしまった。それでも丁寧に断ったことを後悔させられたのが2度目で、今度こそは軽蔑する気持ちも隠さずにお断りしたのだった。
それが今日。私とズミさんは同じやりとりを繰り返そうとしている。
長身の男性が項垂れながらも、恋しさに呻いている。彼の顔の良さにごまかされそうになるも、私は不快感に顔をしかめることしかできない。
「ズミさん、私は……」
「大事にします」
「あの、前もお伝えした通り……」
「貴女と出会った日から、私には貴女だけなんです」
良い加減、断る方の身にもなって欲しい。いや、この告白は断らざるを得ないのだ。疲労と同時に苛立ちを覚えるのは、ズミさんが積年の想いを打ち明けているようで私に大事なことを隠しているからだ。
真摯な、真剣な顔で私に熱いまなざしを送ってくれてはいる。だけどその熱量が高まるほど、私の苛立ちが募る。そして同時に胸の奥が冷水に浸されたようになる。
「ズミさんのお気持ちはもう十分わかりました。けど……」
私は正しいはず。いいや、この際だ。言ってしまえ。
「ズミさんって、ご結婚されていますよね?」
一瞬、理解できないと言いたげにズミさんの目が瞬く。
「私は未婚ですが」
「いいえ。ズミさんは嘘をついています。指輪を見ました。場所はもちろん……」
私は自分の左手の薬指を指した。いつか見かけた光をなぞりながら、自分の指の根もなぞる。
「私に会う時は、していないみたいですけど」
想いが高ぶって気迫に満ちた表情から、彼の時は停止してしまったようだ。ズミさんの固まった顔で答え合わせは完了した。
「それじゃあ、そういうわけなんで。無理です。これからも良きトレーナー仲間でいましょう」
私はさっさとその場を立ち去った。最低です。そんな言葉を立ち尽くす彼に吐き捨てて。
まさかまだ諦めていないとは思わなかった。ズミさんのせいで、苛立ち混じりにずんずんと歩いてしまう。
出会った日から。そう言ったズミさんの声は耳の奥にこびりついて、私の記憶を刺激した。
私のズミさんの第一印象は、思ったよりかっこ悪い人、だった。いや、正しくはかっこ悪さを厭わない人だ。
見た目のハードルが高く、一見近寄りがたいのに、いざ話してみるとそんなズミさん像はガラガラと音を立てて崩れた。私が周りから浮くくらい偏執的なところもあるポケモントレーナーと知ると(正確には見抜かれてしまったのだが)、ズミさんはあっという間に気取ることを忘れて私に質問と意見を浴びせた。
『貴女に相手をしていただきますよ』
私に断る隙を与えず巻き込んで、怒涛の勢いで思考、研究、実践を行う彼には呆気にとられた。でも自分の関心を突き詰めようとするズミさんを尊敬した。と同時に、気づけば知り合い以上にはなっていた。
それから四天王となった今でも、成績平凡なトレーナーの私に態度を変えることなく接してくれる。そんなズミさんに対してはトレーナーとしてはもちろん、一人の人間としても好印象を抱いていた。なんなら、淡い憧れも抱きそうになっていた。
だけど私は目撃してしまったのだ。ミアレの街中で。
あの日のズミさんはオフの日だったのだろう、いつものエプロン姿じゃなく私服だった。薄手のチェスターコートを羽織ったズミさん。彼が染みひとつない白と青以外の色味を身につけていることも新鮮で、一瞬声をかけるのを戸惑ってしまった。そして私は彼が不意にポケットから出した左手に、銀の指輪を見つけたのだった。
つるりと傷のないプラチナは私の視線を強烈に惹きつけた。
ズミさんはアクセサリーをつけるタイプではない。彼は料理人でもあるし、指に何かつけることは主義に反してもいるだろう。だからこそ彼の指で光っていたそれは異質で、特別なものに見えた。
シンプルなデザインながら、存在感の強い輝き。何よりズミさん自身も輝いて見えた。指輪をする男の人が女々しく見えて嫌だと言うひともいる。けれど彼は指輪を一瞥してふっと笑ったのだ。その表情が柔らかくて、家庭や、心底愛する人を想像させたのだ。
ズミさんが結婚していたとは知らなかった。そして何度もバトルをしたりして、顔を合わせていたはずなのに、気づかなかった。しばらくその衝撃に呆然としたものの、私とズミさんはただのポケモントレーナー同士。プライベートをそこまで話す義理もないかと、自分を納得させた。だけど数日は引きずったのも本当だ。
ポケットに手をしまうのではなく、指輪をしまいこんで歩き出したズミさんは、目の奥に焼き付いて消えたと思えば何度も蘇った。
今もミアレの街中で出くわしたワンシーンの記憶は鮮やかだ。私の視界を遮った通行人も、聞こえていたポケモンの鳴き声まで思い出せ。つまらない情報を数えるほどに思い知る。
私はズミさんに対して、決して無関心ではなかった。
だからこそ1度目の告白をされた時から失望していた。もしかして私の気持ちに気づいていて、釣り餌に引っかかりそうな獲物を選んだんだろうかなんて邪推して。そんな算段をする男性だとは思わなかったとまた落ち込んで、ゲスな勘ぐりが止められない自分も嫌になった。憧れを粉々に砕く、ズミさんの声はしばらく聞きたくない。なのにかっこ悪い声が私を引き止める。
「待ってください!」
かっこいいくせにかっこつけないズミさん。まだ諦めてくれないのか。私は入念に笑顔を貼り付けて振り返った。
「さん、あれは誤解です!」
「誤解……? そういうってことは、やっぱりあの指輪は本物だったんじゃないですか?」
うっ、とズミさんが返事に詰まる。
「何度言われても、無理です」
「そう、ですよね……。貴女の目に私は、家庭を持ちながら他の女性に声をかける屑に見えていた。それなら軽蔑されるのも当然です」
「見えていたんじゃなくて、事実。そうですよね?」
「事実ではありません。私は本当に貴女だけで、あの指輪は……」
ズミさんはまた口を閉ざしてしまう。私は笑顔を崩さないままここぞとばかりに突く。
「ほら、言えないじゃないですか。弁明が下手ですよ」
「ちゃんと理由があります。ですが恐らく、貴女に軽蔑されるので……」
「結婚してるのに他の女性に告白してる時点で軽蔑してますので!」
容赦無く視線を突き刺せば、ズミさんは一層眉を顰めて押し黙ってしまった。私は、どうしたら良いのだろう。
「やはりずっと、私は既婚者だと思われていたんですね。そう接せられていたんですね。」
「はい。節度は保っていたつもりです」
間違わないようにトレーナー仲間としての距離をキープし続けた。そのために言葉も話題も、行動も感情も選んでいた。だからズミさんからの告白は、私にとって様々な努力を覆す、大きな裏切りだったのだ。
付き合いが長くなればなるほどにズミさんの態度が砕けていく。それにつれて私が無視しなければいけないものが大きく肥大していったことを、ズミさんは知ってはくれなかったし、今日まで気づいてくれなかった。
「……わかりました。さらに軽蔑させてしまうと思いますが、誤解だけは解かせてください」
「何を言われても信じるかは私が決めますから」
「はい、構いません」
誤解を解きたい。そうは言ったもののズミさんはそれから何度も口を開いては閉じてを繰り返して。そして勝手に顔を赤らめながら、ほとんど風みたいな声で打ち明けた。
「あれは、私の妄想の結婚指輪というか、偽りの指輪で」
「は?」
「リングは二つあって、あの結婚指輪の片方は貴女に捧げた、という設定です」
「………」
「私の家に貴女の写真があります。そこに指輪も、並べて飾ってあります。なんなら今から見に来ていただいても構いません」
「……は?」
「だから普段はつけていません。妄想でしかありませんから」
ズミさんが言いにくそうにしている時間で、腹を括ったつもりだった。でも実際に伝えられたのはどんな心構えも消しとばすような、ぶっ飛んだ告白だった。言われてることも、また目の前のズミさんが頬を染めて語っていることも現実感がなさすぎて、私はそっと自分の手の甲を力一杯つねった。痛い、けれど実感は戻ってこない。
「貴女への気持ちが我慢できなくなった時、一人で出かける場合のみ、つけていました。自分で楽しむために。ああもちろん、既存のものを貴女にそのまま差し出したりはしません。あれは言わば私の自慰です」
「じ、っ……」
聞こえて来たワードに血の気が引いていく。しかもさっきはよくよく耳を澄まさないと聞こえない声量であったのに、なぜか言葉を重ねるごとにズミさんの声が大きくなっていく。勘弁してほしい。
血の気ばかりか水分も吹き飛んだからからの喉で私はかろうじて聞き返す。
「なっ、そ……そんなことして、なにが、楽しいんですか……?」
「非常にときめきましたよ」
ときめくという言葉が、こんなに凶悪な響きを持つことがあろうか。もはや私には返す言葉が見つからない。
「それに、あれをつけていると、貴女に何もかも捧げたい気持ちが本物だと確認できます。それほど貴女が好きです。好きという言葉も陳腐で、いえどんな言葉もこの想いに比べたら役立たずで腹立たしいくらいです」
ズミさんの言葉を信じたくない。だけどもう彼の顔を見てしまった私は信じざるを得なかった。そこに立つズミさんは痛いほど見覚えのある笑みを浮かべている。
あの日のミアレシティで、私が声をかけられなかったバラ色。柔らかくて、ズミさんに心底愛する人をいることを気づかせた色。
疑いようもなく彼に愛する人がいるのだ。棘だらけの確信を私に抱かせた、あの日のズミさんが、私を熱く見つめている。
「……さん」
「は、ハイッ」
「誤解はこれで解けましたか? ならば是非、告白をもう一度、やり直させていただきたのですが」
ズミさんとの距離は1メートル。何があってもこれ以上彼に近づいてはならないと本能が叫んでいる。
「っ、無理です!!!」
私は逃げた。ズミさんがで追いかけてくることを分かっていながら。だってそういう、愚直さを愛しく感じていたのだから。そう、私はズミさんが好きだったのに。走りながら泣きたくなる。
「お待ちください!私も諦めることは無理です!!」
「こっちこそ無理ですー!!!」
1度目も、2度目の告白の後も、カロスの風に乗せた泣き言が蘇って来た。
一体なんなんだ、私の恋愛!
(「めめさんの書かれるズミさんがまた読みたいです。」とリクエストしてくださった方、どうもありがとうございました!)