※一つのリクエストに対し、間違って2パターン同時に書いてしまって、どっちも仕上がりそうなので両方出します。
なので基本設定が同じ&シチュが同じですが、別々のお話です。向こうは明るくライトですが、こっちは少し重めかと!
ややこしいですが、以上をご了承の上、読んでいただけたらと思います……!
チャンピオン・マスタードがスタジアムを去った。と同時にゆっくりと時代が次のチャンピオン・ダンデに変わり、バトルシーンも彼の色に塗り替えられていった。同じようにもう私の名を覚えている人も、もう少なくなったことだろう。
自分の名がもう過去に消えたことに不服はない。なぜなら私も自らの決断をもって、リーグから去ったのだから。
ドラゴンタイプのジムリーダーをやらせてもらい、ベテラントレーナーたちに揉まれながらもメジャーリーグ入りもさせてもらった。けれど私はバトルをするうちに、思ってしまったのだ。バトルもいい、だけどもっとドラゴンタイプを知りたい、知り尽くしたい、と。
バトルをして得る興奮、感動に溺れながらも、私は同じように募る知への餓えに息喘いだ。バトルをこなしながらも体力の続く限りガラル地方を巡った。そしてガラルにはいないドラゴンタイプのポケモンが、他の地方にいる。しかもあるところには、ドラゴンタイプを扱う年若いチャンピオンまでいるという噂だ。
もっと、ドラゴンタイプを知り尽くしたい。そう思った私は居ても立ってもいられなかった。
ジムリーダーの立場を、人気や名声さえも捨てて、旅に出た。そのことで当時の恋人にもついていけない、と愛想をつかされてしまったのも今や思い出だ。
そして久しぶりに足を踏み入れたガラル地方。この地方最大規模のシュートスタジアムでは、今の時代のドラゴンタイプの使い手が会場を沸かせている。
本物のビルよりも遥かに高い、キョダイマックスしたジュラルドン。見上げる人々は圧倒されながらも負けじと声援を送っている。
「すごいなぁ……」
時代が変わったこと、それでもポケモンバトルに対する熱狂は変わらないことを、私はそっと観客席の隅っこで受けとめた。
試合はドラゴンストームとも呼ばれるトップジムリーダーが勝利を収めた。もともと、彼の勝ちがわかりきったような試合だったらしい。それでも彼が、余裕ぶっていた観客をいつの間にか心掴んで勝負の中に引き込み、全員が熱狂さられせていた。
すごいなぁ。素直に賞賛だ。私もぱちぱちと両者の検討を讃える拍手を数度送ると、そそくさと席を立った。あまり長居はしたくない。誰にも気付かれずにスタジアムを出て行こうとした。だけど席を立つのが早すぎたらしい。まだ観客が戻る前のロビーで、私の行動を先読みしたかのようにリーグスタッフが立っていた。
「さん、ローズ委員長がお呼びです」
逃げられない、か。私は肩を落としてリーグスタッフの案内に従った。
関係者口を通って、案内されたまま歩くと、たどり着いた部屋でやはりローズ委員長が待っていた。と言っても立ちながらもオリーヴさんと早いテンポで話を続けていて、絶賛お仕事中、といった感じだ。
私に気づいたローズ委員長は、ぱっと表情を明るく切り替えて大仰に手を振る。
「ああ、くん!」
「どうも。お忙しいんですからメールでも人を介してでも構わないですよ」
「いえいえ。こればかりは会わないとならないからね。それで。どうでしたか、今日のスタジアム戦は?」
過去のジムリーダーにわざわざ今のジムリーダーのことを聞く。私だってまだ若い方だと思うのだけど。
微妙に嫌味な言い方がそよ風みたく飛び出してくる。私がローズ委員長を苦手に思う理由のひとつだ。
大きく息を吸ってから、努めて冷静に、私は答えた。
「進化があって、素晴らしかったと思います。戦術のトレンドといった変化じゃなく、観客側も以前よりさらに一体的に楽しんでいるようで……、キョダイマックスのおかげもあると思いますが大きなエネルギーを感じ」
「ああ、お疲れ様です!」
「………」
私のコメントを遮って、ローズ委員長が私の後ろへ大きな声を出す。
喋り途中だったんだけどなぁ。この数分ですでにローズ委員長に振り回されている私は、軽い頭痛を覚えながら後ろを振り返った。
そして驚いた。予想外に大きな男が立っていたから。
一目で誰だかわかるが、信じられない気持ちだ。だってさっきまでスタジアムの中心にいた人物がそこに立っているのではないか。しかも戦った後の獣だ。
バトル後、そのままローズ委員長に呼ばれたらしい。スポーツタオルが首にかかったままだし、まだ興奮冷めやらぬ彼の体温が離れていても当たってくるようだった。部屋の温度もいくらか上がったのではないだろうか。
ローズ委員長が私と彼の間に立ち、空気を読まない声色で言う。
「紹介します。これ、キバナくんです」
「わ、ど、どうも。はじめまして」
やっぱり、”キバナ”だよね。観客席から眺めていた彼が、試合終了後すぐここに駆けつけて私と会っている。紹介されてもまだ信じられない気持ちだ。
ぐわ、と彼の脇から何か上がってきたと思ったら、彼の手のひらだった。バトル中、彼の握るハイパーボールが小さく見えたけれど、やはり彼の手が大きいせいだったらしい。男女差を超えて、サイズの違う手のひらを、慌てて握り返す。
彼からは少し、汗の匂いがした。当たり前だ。さっきまで熱狂のバトルを、その戦況を支配していたのだから。
頭の上から「どうも」という静かな声聞こえて顔をあげると、彼は笑っていた。
さっき、彼を見てまるで獣だと感じたのは、何よりも目の奥に、まだ警戒心を点滅させていたからだ。戦況を見極めようとするスイッチが入りっぱなしの、未だ戦闘態勢の獣。だけど、彼が目を細めるとそれが見事に隠れてしまう。目を開くとまた闘志を宿してギラリとひかるのだろうが、目の前の彼の笑顔は柔和そのもので拍子抜けてしまう。
私は小さく息を吐いた。感嘆のため息だ。ガラル地方のジムリーダーたちは熾烈なメジャーリーグ争いを経て、また一段と洗練されて来たんだなぁと感心してしまう。
「キミのことは紹介しませんよ。キバナくんは知っていますからね」
「え、そ、そうなんです?」
「さんですよね」
「そう、です……」
「子供の頃は憧れでした」
ぽっと音を立てて、私の体温が上がる。照れてしまうのは当たり前だ。さっきあんなに見事なバトルを見せてくれた人に憧れなんて言われたのだから。
「あ、ありがとう。あなたのバトルも素晴らしかった。同じドラゴンタイプ使いとして、光栄に思うわ」
「よかったら話しませんか、食事でもしながら。今日は、さすがにちょっと休みますけど、明日とか」
「明日ぁ!?」
自然な流れで話をしようと誘われたのは驚いたけれど、それ以上に驚いたのはその日程だ。今日、あれだけのバトルをして、明日動けるのか。さすが現役のジムリーダー、といったところか。
「ポケモンの話とか、聞きたいです」
「勉強熱心だなぁ……」
大きな一戦を終えた後は休養も大事だと思うのだけど、私も知識欲は強い方なので気持ちはわからなくもない。まあ食事をしながら話すということなので、そんなにハードな勉強会にはならないから、いいのか? 急な話の流れに、私は微妙に混乱し始めていた。
「なんか、予定ありますか?」
「いやうーん、そういうわけでは……」
「じゃあいいですよね」
「まぁとりあえず行くくらいはできる、かな。あ、誰が参加するの?」
「オレとさんの二人ですけど」
「二人、だけ……?」
「ダメですか?」
一瞬、戸惑う。あれ、私はなんの話をしていたんだっけ。ポケモンの話を、するんだよね?
「ダメじゃないですよね?」
「う、うん……」
またあの、目の奥の光を覆って見えなくする笑顔だ。その人のいい笑顔に押し流されて、私は結局約束を取り付けてしまった。
まあ、ポケモンの話をするだけだし。私みたいなのが、意識すること自体が滑稽な話だ。子供の頃憧れていたと言ってくれたが、今や私はふらっとガラルに帰ってきた野良トレーナーみたいなもの。お互い何も特別に意識することはない。そう思い直して私は次の日、のこのこと彼に指定されたレストランのランチタイムに出向いたのだった。
店内に入ると奥まった、半個室のような席でキバナくんは私を待っていた。
試合から一夜明けて、ゆるっとしたアイボリーのトレーナーとジーンズ姿だ。品良く小物を合わさっていること、それと彼の長い手足もあって、雑誌に載っているモデルのようだ。
「お待たせしました」
「どうも」
「体調は大丈夫?」
「ええ。まあ座ってください」
促されて座れば、キバナくんが真正面に来た。昨日のバトル時とは打って変わった、気優しい目。それが整った鼻筋や唇ともに下に傾いて、手元のメニューを見ている。
定番のランチコースを二人で注文して、キバナくんも少し飲むというのでグラスワインもいただいた。
「さん、おかえりなさい」
乾杯の前にキバナくんがそんな気の利いたことを言ってくれる。私は肩をすくめて、言い添えた。
「キバナくんの勝利に。乾杯」
「乾杯」
私は口にも顔にも出さず、もう一度唱える。キバナくんはあまりにかっこいいが、これを意識することは違うぞ。
私が念じた通り、その後はお互い、ポケモンの話に夢中になった。非常に真っ当に、ポケモントレーナーとしての語り合いだ。
文字通り、夢中だ。時間を忘れてすらすらと口から言葉が飛び出してくる。それくらいキバナくんと話してるのが、楽しいのだ。例えばドラゴンタイプはポケモンごとによって体の光り方が違うのに着目すると生態の違いが見えていい、なんてかなりマニアックな視点で語ってもキバナくんはのっかってくれる。
久しぶりに帰って来たガラル地方。ガラルの人だと感覚も合うな。そう思っているうちに時間が瞬く間に溶けて行くのだった。
はぁ、とお互い息を吐いて、興奮を吐き出す。
目の前のお皿もメインディッシュを終えて、デザートになっていた。
気持ちは疲れていないのだけれど、あまりの興奮に心臓が悲鳴をあげているようだ。
「疲れましたか?」
「口はね。こんなに楽しく喋ったの、久しぶりだったから。会ったばかりでこんなに意気投合できると思わなかった」
オレも、なんて言われなくとも、彼が楽しんで同じ興奮を共有してくれているのがわかる。キバナくんの目も溶けるように甘い目をしている。私も同じく、溶けそうなくらい自分が歓んでいるのを感じている。
ひとつテーブルの上で深く何かを分かち合える。人生の中でも滅多にない経験が、何よりも私の孤独を癒す。
ガラルには、もう私の居場所なんてないような気がしていた。
時代が流れ、街も変わった。チャンピオンも、ジムリーダーの顔ぶれも随分変わった。バトルのセオリーもどんどん新しくなっていっている。私が知るガラルは面影程度に残っているのみ。
あの頃いた恋人も、もういない。
だけどキバナくんと話しているとこの一瞬は、テーブルの上に私の居場所がある気がした。そんな身勝手な郷愁に身を浸していた時だった。
「オレ、はじめましてじゃないですよ」
不意にキバナくんが言う。
「憧れから勝手に知っていたわけじゃなくて。一度会いに行ったんですよ、スタジアムまで。親に必死にねだりました」
「そう、だったの」
子供にとっても、ジムリーダーはヒーローだ。今ならチャンピオン・ダンデなんかがわかりやすく、子供たちの憧れを一身に受けている。
私にもファンだと言って、応援してくれる人たちがいた。その中に、幼かったキバナくんもいた、ということなのだろう。
「子供の頃の可愛いオレさまなりに、一生懸命言ったはずなんだけどなぁ」
「ありがとうね」
「やっぱり思い出せませんよね」
「今すぐにはね。ごめんね」
「いやオレも。ファンの顔全員を覚えてるかと言われると、ある程度は覚えてますけど自信はありませんから。それを申し訳なく思ったりする必要も、オレさまの仕事ではないとも思っているので」
「そういうものよね……。でも、ローズ委員長はそんなキバナくんを知っていたから、昨日、紹介してくれたんだね」
なんだ、ローズ委員長もいいところがあるではないか。
どんなに市民に支持されていても、どんなに有能でも、どこか胡散臭さを感じてしまって、気の合わなかったローズ委員長を初めて見直したかもしれない。
「ちょっと強引だったけどね」
スタッフに待ち伏せをさせ、まるで犯罪者を連行するかのように連れて行かれた時はうんざりしていた。けれどキバナくんの純真に報いるためだったのなら、彼は意外に優しいのかもしれない、なんて思った。
「そりゃあ、強引にもなりますよ。さんを捕まえるためですから」
「捕まえるって……。なんだそりゃ」
「委員長はオレがさんをガラルに捕まえておいてくれるって思ってる」
食後の紅茶が冷えて行く。さっきまでは甘い興奮に包まれていたテーブルが、急に不穏なムードに包まれて、私の笑顔もひきつる。対してキバナくんはいたって冷静だった。
「多分、さんが使える人材だから逃がしたくないんですよ。ふらふら別の地方に行かれると、自分の利益にならないと思ってる。いや、あの人はそんな考え方しないな、ガラルの利益にならないと本気で思っているから動いたんだろうな」
なんだ、ローズ委員長を見直したのは一瞬であった。私なんぞを利用したいと考えるなんて、やっぱり食えない人物だ。あの人と関わりあうことはあっても、きっと彼とはチームや仲間にはなれないだろう。
「ガラルの利益、ね……。そんなんじゃないけどな、私は」
「でもローズ委員長は自分の目を信じてますからね。だから、オレさまも匂わせた」
かちゃり、とカップとソーサーを鳴らしてしまったのは動揺からだ。さっきまではここにいないローズ委員長ばかりが曲者と思っていた。そしてキバナくんはそれを教えてくれた、内通者のように感じていた。
だけど、キバナくんの口ぶりに咄嗟の感が働く。彼は本当に仲間か?
「委員長は以前から帰ってこないさんにやきもきした様子だったんで。もし彼女が帰って来たら、オレが何かしらに巻き込んでしばらくはガラルにいさせたい、みたいなことを。そしたら委員長に情報が入ったらオレに繋いでくれるかなーって」
「まじ……」
「まじまじ」
なるほど、揺さぶられてばかりの私に対し、キバナくんは冷静なはずだ。彼は狙う側に立っている。その狙いの的が私であることには疑問しかないが。
「でも実際会って見て、失望したんじゃないの。私はもう、ただの人だし。過去についても運が良かっただけよ。ローズ委員長は自分の考えを押し通すかもしれないけど、それにキバナくんが流され、巻き込まれる必要なんてないんだから。気にしちゃだめだよ」
伝えたことは全て本心だった。ローズさんが私をどう思っていようと、キバナくんがそれにつられる必要はない。
ランチタイムはとっくにオーバーしている。今日はありがとう、とキバナくんに伝えなければいけない。様々な話題を自由に分かち合った。その興奮が冷めていく。だけど私はそれ以上に気分が落ち込んでいくのを感じ取っていた。
キバナくんと話して私は、ここに居場所があるような錯覚を覚えていた。ガラルに私を見てくれる知り合いが一人増えた。そのことが、故郷に帰って来たはずなのに寄る辺のない私には、それが何より嬉しかったのだ。
変わってしまったスタジアムで感じていた孤独が癒えて、ここにいてもいいのかな、という気がしていた。
でもそれは壮大な勘違いで、キバナくんが張った罠にかかったにすぎないのだ。
ローズ委員長、やはり人が悪い。時が経って、少女からすっかり女性となった私に、こんな色男をぶつけてくるのだから。
「……ずっと、あなたの情報も、噂も追っていた。貴女がガラルに帰って来たと聞いて、ローズ委員長が取りなしてくれなければ、飛び出していた。ずっと貴女を探していました」
「そう」
「幼い頃から続く、憧れのせいだと思ってた。だけど違ったみたいです」
キバナくんから流れ出してくる告白。私はどう受け取ったらいいかわからず、曖昧に笑んで肩をすくめた。
「ちゃんと、好きなんで。簡単には逃がしませんよ」
体面さえなければ、立ち上がっていた。すぐにお金を置いてお店を出て言っていた。だけどそれをできない、臆病になった私。ローズ委員長もキバナくんも、こんな私の何がいいんだろう。気落ちする私をも飲み込むように、キバナくんという罠は悠々構えて、私を見据えていた。
(「キバナさんに好きな人ができるお話、できれば相手は年上で」とのリクエスト、ありがとうございました)