※タイトルの通り、好きすぎて病んでるキバナさんなので注意
幼なじみのキバナくんへ、わたしの抱いた好きは、どんどん広がり続けていく”好き”だった。例えば、キバナくんが行く場所へわたしも行ってみようと思う。そして行ったことのなかった場所を知る。キバナくんが育てているポケモンを、わたしも知ろうと思う。キバナくんが食べているもの、飲んでいるものを、真似して選んでみたこともある。そうしてわたしは好きなポケモンが増え、食わず嫌いもなくなった。
わたしは自然と好きになったキバナくんによって、様々な世界を広げることができた。キバナくんは、わたしの好奇心の最先端に立っていてくれたのだ。
だけど、キバナくんがわたしに向けてくれた好きは違った。
『オレ、アイツ嫌いだ』
その頃、ぐんと背が伸び出したキバナくんは、じっとりと頭を重たそうにもたげながら、吐き捨てるように言った。
さっきみんなと遊んでいたときは笑顔を浮かべていたのに、周りから誰もいなくなった瞬間を見計らってわたしに苛立ちをぶつけてきたのだった。
『アイツって?』
『に優しくするし、もアイツに優しくするし』
一応思い当たったのは、先ほどわたしが転びそうになって思わず服を掴んでしまった男の子のことだった。
足元の段差に気づかずにバランスを崩してしまい、転ばないように目の前にあったものを握ったら、それがその子のTシャツだった。突然洋服を掴んで、引っ張ってしまったのだからわたしはすぐに謝った。男の子の方も、「いいよいいよ、大丈夫?」と気遣ってくれた。それだけ。
だからかなり大雑把に言えば優しくされたと言えなくもないけれど、キバナくんがそこまで不機嫌になるほどのものではない。
迷惑を抱えてしまったり、助けてもらったらお礼を言うのは当たり前のこと。だからわたしも当たり前のことをしただけなのに、キバナくんはかなり機嫌を悪くしていた。しかもその中には、彼へとありがとうを言ったわたしへの苛立ちも含まれているらしい。
『……えっと、仲直りできると、いいね?』
『仲直りなんてしねえ。大嫌いだ』
『そんな、同じ町に住んでるんだし、仲良くした方がいいよ』
『………』
戸惑っているわたしへキバナくんは目を細め、心底気分が悪そうに言った。
『つまんねえ』
わたしはキバナくんを好きでいることで、キバナくんにまつわるたくさんのものを好きになった。知らなかったものを知ることができた。
だけどキバナくんはわたしにまつわる様々なものを、どんどん嫌いになっていく。
あの時向けられていたものが嫉妬だったこと、それにキバナくんの気持ちにわたしはは早くから気づいていた。知っていた、という方が正しい。幼かったわたしたちは、大人への憧れから、恋人ごっこのようなことをしていた時期があった。本当の恋を知らないまま、パパとママを真似て、恋人同士がしそうなことを恥ずかしげもなくしていた時期があったのだ。
キバナくんも、もちろんわたしも、幼い頃の好きの延長戦をまだ続けている。だけど感情の部分がほとんど変わらないまま、お互い成長を遂げていることは、ちょっと不気味だ。
唯一存在している、幼い頃との違い。大人の恋人ごっこを卒業したわたしは、今ではキバナくんの好意を否定し続け、幼馴染というラインを守り続けている。それくらいだろうか。
キバナくんがさんに会いたがっている。どうにか会ってあげて欲しい。そうジムトレーナーさん方から必死にお願いされて訪れたキバナくんの家。
気だるげに現れたキバナくんは、すっかり大きくなった、大きくなりすぎた体を曲げて、口を尖らせた。
「つまんねえ」
わたしに不満をぶつける。その顔にも愛嬌があると自覚済みなのは、大人になったキバナくんの厄介なところだ。
わたしに宛て、”つまんねえ”と言うってことは。幼い頃からのパターンでいくと、またわたしのせいでキバナくんは何かを嫌いになったということだろうか。仕方なく「どうしたの?」と聞くと、キバナくんは白い歯を見せつけながら吐き捨てた。
「さ、スマホいじりすぎ」
「………」
「オレさま、のスマホが嫌いだ」
嫌いな理由は、大方、わたしがキバナくんの前でスマホを使ったからだ。そういうった理由でキバナくんが憎むようになった生活用品はたくさんある。
「キバナくんだって、スマホよく使ってるじゃない。すごく便利だって、知ってるでしょ」
「オレさまの方がになんでもしてあげられるだろうが」
「でもほら、写真撮ったりとか、地図見たりとかは普通スマホでするでしょ?」
「オレさまが撮ってやるし、道案内もする」
わたしは苦笑いしながらスマホをカバンの中にしまった。その手つきを、キバナくんは冷ややかな視線でなぞった。
「キバナくんは、いつかわたしがカバンを持つのも嫌いになっちゃいそうだね」
「もう嫌いだぜ」
ほんの冗談のつもりで言ったら、真剣な返事をされてしまった。あらら、と乾いた笑いが溢れてしまう。
いつの間にか、自然に手の中に生まれた好きという感情。それはあたたかくて、どきどきと高揚させながらも、わたしを優しい気持ちにしてくれるものだった。だけどキバナくんの見つけた好きはわたしとは逆方向へと走り出し、しかもどんどん嫌いを加速させていく。
わたしが扱うものを嫌いになった、わたしに優しくする人を憎んだ。キバナくんがまるで愛の存在の証明のように憎悪を申告するたびにわたしは思う。こんなのは間違っている。彼に同調してはいけない。キバナくんを好きだからこそ、想いが強くなる。
わたしがいなくなればキバナくんは、わたしにまつわる何かを嫌いになることもないのだろうか。そう思い立っては住む街を変えたり、引越し先を伝え忘れたという体で距離をとってきた。でもキバナくんは必ずわたしを見つけ出す。
それにわたしをキバナくんの元へ呼び戻すのは、なにもキバナくんだけじゃない。キバナくんが周りを巻き込むようなかたちで、はキバナになくてはならないのだと言い回っているせいで、友人たちの手でキバナくんの元に連れ戻されたことは一回じゃない。
わたしは何度も言われた。幼馴染で、両思いで、しかもあんなに良い男を、悲しませるなんてはわがままで身勝手だと。彼のことを信じ切った人々の声を聞くたびに、わたしは逃げ場を断たれたような気持ちになった。
「ハグさせてくれよ、」
すぐに返事はできなかった。本音を言うなら断りたい。流されてしまうのは簡単だけど、目が虚ろなままの彼に思うままになって、キバナくんに安易な期待を抱かせたくない。でもあまりにキバナくんの面持ちが暗く、何かにすがりたくなっている様子なことが私の後ろ髪を引く。
ジムトレーナーさんがどうにかして、キバナくんとわたしを会わせようと必死になったのも頷けるくらい、今日のキバナくんは重たく、暗かった。
「手をつなぐのじゃダメ?」
「………」
無言でキバナくんは手のひらを見せてきた。一応了承してくれているようなので、わたしも手を重ねた。ぎゅっと手を握るだけかと思ったのに、繋いだ手を引っ張って、キバナくんはわたしを腕の中に閉じ込めてしまった。そのままキバナくんは座りこむ。
だましうちのようにもたらされた抱擁は、ハグなんて可愛いものじゃない。腕を絡ませて、ぎゅうと込められた力で息も苦しいくらいだ。
「キバナくん、もうやめようよ」
「なにをやめるんだ? こんなにいい匂いがして、あったかくて……。オレさまに安らぎをくれるのに」
キバナくんはまるでわたしの身が外気に触れないようと、してるみたいだ。何度も私を覆い尽くすように抱き直し、しまいには城壁のように足を立てるのだった。
「それでも別の”好き”を見つけよう」
わたしの本気の願いだ。こんな彼を脆くさせるような恋じゃなく、わたしができたような、あたたかな恋をして欲しい。
キバナくんならできるはずだ。キバナくんを好きになってくれるひとは、わたし以外にもたくさんいる。その中から、キバナくんもあたたかなものを返せる恋を見つければいいと思う。
キバナくんは、はやくわたし自身を嫌いになるべきなのだ。
「、オレさまもだぜ」
「え?」
「オレもオマエに、もうやめろよ、って言いたい」
何をやめろと言いたいのだろう。抱きしめられる中、かろうじて動かせる範囲で私はキバナくんの表情を見ようとする。
「そんな偽物の好意、早く捨てて欲しい。本当にオレさまを好きになってほしい」
「なに言ってるの? わたしの気持ちだって、本物だよ!」
「オレさまから言わせれば、の抱いている感情はまがい物だ」
キバナくんに抗いたい気持ちが、一瞬にして生まれた。わたしの気持ちの、何が紛い物だって言うのと声を上げようとした。だけどその反応をも黒く塗り潰すように、キバナくんは耳元で苦しみうめき出す。
「どうして好きな相手の全部を独占せずにいられるんだ? 失う恐怖を想像しないのか? それが本当の好きなのか? 自分がいなくても生きていけそうな相手を憎いと、どうして思わずにいられるんだ……?」
「キバナくん……」
「オレがに捧げてる”好き”は、ずっとずっとホンモノだ。オマエの”好き”こそ、間違ってるだろ……」
わたしが抱いてきた恋はたったひとつしかなくて、それを唯一の宝物のように信じてきた。キバナくんも同じなのだろう。たったひとつ守り続けてきた恋のかたちが、唯一の宝物なのだ。
わたしたちはお互いに、自分の手にあるひとつの感情のかたちしか知らない。だからお互いを否定しあってしまうのかもしれない。
それでも、わたしも彼が好きだからこそ言おう。
「間違っているのは、キバナくんだよ」
ギリリとキバナくんが歯噛みをする音が聞こえた。威嚇めいていて、恐怖にひるみそうになる。けれどわたしは自分を奮い立たせる。ひるんではならない。わたしは正しいはずだ。
大切に思う人を、善いと思う道へと導く。それは愛と呼んで良いはずなのだ。
(201109 加筆修正済み)