※友情じゃなく完全に恋愛してる話です。傾向的にはソニア×夢主






 冷えた朝の空気が頬に染み込んできて、私は目を覚ました。暖かく生ぬるいものに浸っているような全身に対して、頬から鼻にかけてがとにかく冷えきっていてじんと痺れるくらいだ。
 見ていたはずの夢を追いかけながら私は小さく唸って、心地よさを感じる方へと身をよじって近づく。柔らかくて、すべすべしていて、良い香りのするもの。ああ、気持ちいいなぁ。寝ぼけた頭にはそんな考えでいっぱいになってしまって、他のことなんて考えられない。
 目をしっかり開かないまま、顎の下までかかっていた毛布を引き上げようとして、今度こそ意識までしっかり覚醒することができた。ふわりと香ってきた清潔感の中に微かにまじる、甘い香り。全身に暖かさを与えてくれた熱源は、毛布をめくるとすぐに見つけた。ソニアだ。

「来て、たんだ……」

 思わず詰めていた息を吐くと同時に、驚きがゆるゆる溶けて力が抜ける。でも心臓の動悸を抑えられないまま私はベッドの中に戻った。今度こそ鼻の下まで毛布をかぶって、今日が休日だったことを心の底から感謝した。まだしばらく起きなくて良いなんて、幸せだ。

 私の横でソニアはまだ深く眠っている。私が寝たあとなのだから、かなり夜遅くなってからうちに来たのだろう。
 ソニアの髪からは私のと同じシャンプーの香りがしている。よく泊まりにくる彼女はすでに私の家にシャワーセット一通りを置いているというのに、昨晩は私のヘアケアセットを使ったらしい。昨晩疲れ切っていたことに加え、いつもより香りが同じだった。そのせいで私はベッドの中に潜り込まれたのにも気づかなかったみたいだ。

 ソニアとの出会いは彼女がジム巡りをするトレーナーだった頃。エンジンシティに住む私は、ワイルドエリアの向こうから来た同い年で同性のソニアに驚かされた。私と同じくらいの女の子でも、自分のポケモンを育てながらガラル中を回るんだ。そう思ったら彼女のことを知ってみたくなって、目が離せなくなった。
 名も知らない女の子だ。遠くから見てるだけのつもりだった。だけど私の熱視線に気づいたソニアの方から話しかけてくれたのだった。

『こんにちは』
『こ、こんにちは』
『あたしのこと、ずっと見てるから。あたし何かしちゃったかと思って』

 ごめんなさいと、小さく言うと、ソニアはなんとも思っていないという風に笑顔で首を横に振った。

『あなた、これから旅に出るんだよね。その、ワンパチと一緒に』
『うーん、ハロンからここまでも結構な道のりだったけど……。そうだね、あたしまたここから出発するんだ!』
『すごいね……』
『あはは、なんだそれ。あたしまだ、何もしてないのに!』

 何もしてないなんてことない。そこに立ってるだけで、ユニフォームを着てるだけで、全然私と違うことがわかる。私みたいに隣に両親もいない。あなたは、なんでもない風に笑ってるけれど。
 言葉にならない想いが胸に詰まって、窒息しそうになっている。そんな私を見かねた両親がソニアを家に招いたのだ。大きくはないけれど古くから続くわが家は、客人を心から歓迎する。ポケモントレーナーもまたしかりで、一晩家に泊めて、夕食を振舞いながら旅やポケモンの話を聞くために、ソニアという少女は私の家にやってきた。
 客人のための少し特別なディナーを囲みながら、彼女の話を聞く。それ以来、私とソニアは友人となった。それは家を離れて一人暮らしを始めた後も、彼女が銀色のトロフィーを持ち帰って以来ほとんどバトルをしなくなった今も、続いている。

 ジムチャレンジが終わってシュートシティでのバトルを終えて以来、なんとなく彼女は次の目標を持てずにいたようだ。同じ町出身の同期トレーナーがあの有名なチャンピオン・ダンデだったのもあるだろう。近かった存在が圧倒的な頂点に行って、皆の先頭に立つようになってしまったことも多分関係しているのだろう。
 でも彼女にはひとときでも楽しく過ごして欲しくて、私はよくソニアを誘って遊びに出かけた。ショッピング、話題のカフェやスイーツビュッフェに、期間限定のマーケットやスケートリンク。食べすぎた次の日は無駄に遠出なんかをしたりして、それに疲れ切ったら家で映画やドラマをダラダラと一気見して。毎日のように二人で過ごす。女友達というには少し異常な関係だった。
 のんびりとした郊外出身のソニアと、ガラル有数の都市に住む私。私の家は年頃のソニアにとって良い中継地になったみたいだった。よく遊んだ日は自分の家に帰るのが面倒に感じるようで、次第にうちに泊まるようになり、一緒にスーパーに出かければ食材費は全額ソニアが持つようになり。
 ソニアはわが家のミルクがなくなる頻度を知るようになり、私はソニアのネイルカラーがどこのボトルかを知るようになったのだ。多分、人に説明するときは半同棲と言って良いところまで行った、と思っている。ソニアの様々の感情の振れ幅を見させてもらい、同じように私も様々なところを見せてしまいながら送る日々だった。

 いつから、と明確に言えない。けれどブラックナイツ事件の前後から、ソニアはゆっくりと浮かべる表情を変えていった。明るく気を利かせ、マグノリア博士の助手を名乗りながらも、やることなさそうに私の横にいたソニアはいつの間にか、もう次の道を見つけたようだった。
 彼女の予定は私が何も誘わずとも、次第に埋まっていくようになった。食事中でも、テレビを見てる時でも、ふと何か思いたったようにスマホで調べ物をしたり、文献を取り出すようになった。そして数日間、出掛けっぱなしも増えた。
 中継地としてなかなか優秀なおかげか、私の家に来てはくれる。だけど頻度はぐっと落ちた。本日の来訪も、よくよく考えると一週間ぶりだ。友人としては頻繁に会っている方だけど、まるで同棲のような生活であったことを考えると随分と久しぶりに思えた。

「……ん、?」

 物思いにふけっているうちに、隣がもぞもぞと動き出している。それどころか私の位置や姿勢がちょっとずつずらされている。多分、それはソニアが楽な体勢で暖をとりやすいように誘導されている。

「なんだ、起きてるんじゃん」

 私がため息をつくと、いたずらがバレたソニアから、ふふふ、と嚙み殺しきれなかった笑い声が上がった。
 おはよ、と寝起きのソニアが笑う。まつげの隙間が見えるような近い距離で。それが随分久しぶりに見た気がして、私は寒さのせいにして、すん、と鼻を鳴らした。

「ねね、どうする? 暖房、どっちがつける?」
「私がつけるよ、もう。ソニアまた薄着で寝てるし」

 ソニアの服装はキャミソールにハーフパンツだ。ここ最近寒くなってきた気候に反している、というかもはやパジャマですらない。

「だってはあったかいからこれくらいで十分なんだよ」
「あったかいのはソニアの方でしょ」
でしょ」

 ばからしい言い合いをしつつ、私はソニアの手を振りほどく。毛布から飛び出し冷たい床の上の跳ねるように移動すると、ヒーターのスイッチをオンにして、またすぐさま毛布に戻る。それでも私のパジャマは一瞬で冷気を吸い込んで、それが肌に触れただなんだときゃあきゃあと騒ぎあった。

 部屋が暖まってから、私たちはようやく毛布から出た。
 お腹はぺこぺこに空いている。だけど朝から家に人の気配があること、それがソニアであることに、私は幸福感を覚える。
 勝手知ったるソニアはパンケースを開け、中身をトースターに放り込んでいく。必要になるであろうカトラリーと一緒にマグカップを渡せば、ソニアは自分で好きな飲み物を入れはじめた。湯気を立て始めたカップのふちを指でなぞりながら、ソニアは眼を細める。

のこういう趣味、いいなぁって思うんだよね」
「そう? ソニアにはシンプルすぎるんじゃない?」
「わたしは可愛いと思ったらすぐ欲しくなっちゃうから」
「私はソニアのセンスが好きだな。いつも可愛いものに囲まれてて、しかも全部がソニアらしいの」
「んー、でも時々あたしなんでコレ買ったんだ?っていうのが出てくるんだよ」
「それは私もよくあるなぁ」

 ありあわせサラダとパンと、好きな飲み物。それで少し遅い朝食は完成されて、これまた一週間ぶりに一緒の食事となった。

 二杯目の紅茶にはミルクを足そうと冷蔵庫を開けて、
 ドリンク用のスペースに、ミルクの紙パックが二つ並んでいる。しかも、両方未開封である。あ、と出た声は微かなものだったけれど、すぐさまソニアが説明をくれた。

「そうなんだよ。無いだろうと思って買っちゃった。ごめん」

 ミルクが多すぎても、別に大丈夫だ。スープにでもすればいい。だけど不意に切なくなってしまった。
 それこそ、昨日の帰り道だった。ミルクを買っておくべきか一度は迷って通りすぎた売り場に、結局戻ってミルクを買い足したのだ。ソニアはどうせ来ないだろうと諦めての行動だった。
 近い距離感で長い時間を過ごせば、時には妥協することだってある。だけど、どうせ今日も帰って来ないと投げやりになってしまうのは悲しすぎて、間違ってると言いたくなった。

「あれ? ー?」

 急に静かになった私にすでに気づいてるんだろう。かけられたソニアの声はいつもより一段明るいものだった。
 開けっ放しになっていた冷蔵庫の蓋をソニアが代わりに閉めてくれる。パタンと閉じて霧散した冷気。

「どしたの?」

 私は曖昧に微笑む。

「ソニアは、次はどこに行くの?」
「あー、アポはとったけど、具体的な場所は決まってないかなあ」
「それっていつ?」
「今日の15時、なんだよね。連絡しなきゃだね」
「そっか」

 カップの残りを飲み干すと、ソニアはスマホをひっつかんで部屋の外に出た。
 私が時計を見るともう午後に差し掛かっている。15時に待ち合わせなら場所次第ですぐ行かなきゃならない。ソニアが身支度する時間を考えたら、時間に余裕はなくて今更、ベッドの中でだらだらした時間を後悔した。

 ソニアがまた行ってしまう。ずっと私の横にいてくれてたソニアが。そう思うと悲しい衝動がやってきて、私は電話を終えて戻って来たソニアに後ろから抱きついた。

「うわ!」

 驚きの声はあげたものの、ソニアは私を受け止めてくれた。
 どうしたの、と優しく囁かれ、サマーセーターから伸びるソニアの白い腕が、私の腕にぴったり沿うように重ねられる。
 自分の気持ちがどんどんおさえきれなくなってる。そんな自覚はあった。だけどそれが、ソニアによって加速させられていくのがわかった。

「あのね、またいつでも来ていいのは本当なの。迷惑かどうかなんてことは、今まで通り気にしなくて良い。でも、ソニアが帰ってくるのか来ないのかがよくわからない時間が長くなると、すごく宙ぶらりんになって不安だし、寂しいよ……」

 ソニアと一緒になって遊び倒すこと。それはもちろん自分のためでもあった。けれど、ソニアのためであったらいい、彼女へのちょっとした励ましになればいいな、という願いはあったのだ。もしかしたら、私はソニアという存在を支えるひとつのネジになのかもしれないという自惚れを抱いたこともあった。だけど、今はどうだろう。私の方がソニアに支えられていて、私が私の形を成すパーツを繋ぎとめておいてくれるような、必要なネジとなっているのも彼女だ。

「多分どっかで区切りつけないと。こういうのが続いたら私、気持ちがぐちゃぐちゃになってダメになりそう」

 まるでまだダメになってないみたいな、まだ気持ちはぐちゃぐちゃの一歩手前だみたいな言い方だ。そんなことないのに。
 ぐちゃぐちゃを続けたままだと、きっとわたしは重たい女になってしまう。その前に、ソニアはソニアの場所に戻って欲しいと思った。彼女には、ちゃんと帰る家があって自分の部屋がある。そこへ帰ってしまうのなら、私から去ってしまうなら、傷が浅いうちに。
 そう思う一方で私はここで甘いことを、例えば一言「待ってて」とソニアになだめられてしまったら、傷がひどくなって行くのも厭わずにソニアを待ち続けてしまう自信もあった。
 誰かの存在にこんなにも溺れることがある。そのことに驚いてはいるのだけど、もはや私にとってはひとつの発見だった。多分この後の人生すべてに刻まれて、きっと私が何かを語ろうとするたびにソニアのことが言葉の裏側に香ってしまうのだと思った。
 変えられてゆく自分が嫌ではない。それどころか、私は宿命的なものさえ感じていた。嫌では無いし悲しくも無い。だけど自分の中で鮮やかにうねる変化を受け入れるために、神経反射的に泣き出しそうになっていた瞬間だった。ソニアが首だけで振り返る。

「すごいよ! あたしがずっとそうだったらいいのになって思ってたがここにいるじゃない!」

 顔だけを向けていたソニアは全身をくるりと私の方を向け、ニッと笑った。私の鬱屈した様と比べると、とてつもなく不釣り合いな笑みだった。

「いいよ、。このままもっとあたしに溺れて欲しいな」

 ソニアが柔らかな流れで目を閉じる。同時にソニアの瞳と同じ色の爪が、広がった手のひらが私の耳から髪の奥までをも包み込んで捕らえて、近づいていると思ったら唇同士がくっついていた。
 ソニアのあの可愛い唇が、私のに噛みついてる。そう思うとくらくらした。
 やがて唇は離れた。だけどソニアのほんのり色づいた顔が、一緒のベッドで眠るよりも近い距離にあるせいで、私はまだキスの最中にいる気がしてならなかった。
 私は相当困っているような顔をしているだろうに、やっぱりソニアは不釣り合いなくらい楽しげに目を細めていて、私の反応を観察している。

「キス、どうだった? 嫌じゃなかった?」
「……すごかった」

 頭の中で閃いた感覚が果たして気持ちよさなのか、なんなのかを私はまだ知らない。けれど、最高だった。まだ頭が痺れたようになっている。

「もー……ってばさぁ……。こっちだってのせいて、結構取り返しがつかないんだから」
「な、なにが? なんで? なんのこと……?」
「まだ何もしてないあたしに、すごいねなんて言うからだよ。そんなの依存しちゃうでしょ」
「え、え?」
「そんなことより! 時間だからこの後、わたし行っちゃう。行っちゃうけどさ、帰って来たらもっとちゃんと話しよう」

 話って、なんのことだろうか。心当たりもパッと浮かばず、私が内容を掴めないでいるうちに、ソニアは時計を見るなり身支度を始める。化粧水を勢いよくはたいて、あっというまにメイクを整え髪もまとめ、白衣に頭の上のサングラスまで完璧にセッティングしたソニアは、私を振り返る。

「じゃあ行ってくる」
「う、うん」
「あ、話したいっていうのはポケモン研究所はわたしの家の方が近いけど、の家から行きたいとか、そういう話だよ! じゃ!」

 スニーカーにかかとを詰め直したソニアはそのまま飛び出して行ってしまった。
 唇からじんじんと伝わる痺れに酔ったままの私を置いて。私を惑わす痺れは、彼女が帰ってくるまで消えそうにない。でももしソニアが遅くなって感覚も溶けて消えてしまったら、今度は私から彼女の頬を両手で包んで、あの痺れをもらいに行こう。そう思った。




(「ソニアちゃんとの百合小説をリクエストです」とのことでした! ありがとうございました)