注文したドリンクがもう冷えている。私はあわてて、イスにかけていたコートを前に持ってきて、ひざ掛けがわりにした。窓ガラスから見える外の景色も、薄暗く曇っていて、ふとしたら雪も降るかもしれないと私は期待した。 
 もう12月なのだ。それを示すようにカフェの入り口では綺麗に飾り付けられたクリスマスツリーが電飾を輝かせている。

 客の入店を知らせるベルがチリン、と鳴る。同時に暖房の効いた店内に、一陣の冷たい風が入り込んで首筋を撫でた。

さん、待った?」

 寒さに頬が少し赤くなったホップくんは、息を切らしている。ここまで走って来たようだ。そんなちょっとした動作に眩しさを感じながら私も笑った。

「ううん、今来たところ」

 休日のカフェで勉強会は、私とホップくんにとって定番のデートだ。
 私は仕事関係の資格試験対策を、ホップくんの方はポケモン博士を目指しての勉強を向かい合わせの席で行う。

 机にドン、と音を立てて本が積まれる。厚い辞典のような本も、薄い論文誌のようなものまで様々な本がカップよりも高く積み上がって行く。息を切らしていたのはこの本の重さのせいでもあったようだ。
 ポケモン博士になるため、ホップくんはまずは様々な分野の知識を頭に叩き込んでいる様子で、ホップくんが持ってくる資料はどんどんと量を増している。それでも弱音ひとつ吐かずに取り組んでいくホップを年下ながらすごいと思う。ううん、年齢関係なく尊敬してしまう。

 自分の飲み物を端に寄せ、勉強道具を広げやすいようにしていると、ホップくんが聞いてくる。

さん、今日はお茶だけ?」
「うん? そうだけど……? 気持ちも暖まりたくてミルクティーにしたんだ」
「ほら、いつもは気合い入れるためにケーキとかを頼んでるだろ。もしかしてさん……。ダイエットとか言わないよな? これ以上痩せたらかえって心配なんだぞ」
「だ、大丈夫、大丈夫! 残念ながらまだまだ余裕あるから!」

 息を詰めたホップくんが真剣な顔をしたので何事かと思いきや、

「それに心配しなくてもこれからは太りがちな季節だしね」

 寒くなるに従って、家族でも友人でも集まる機会がぐんと増える。みんなが集まればだいたいご馳走やお酒が出て、楽しいけれど体型的には油断できないのがこの時期だ。

さん、結構忙しいの?」
「え?」
「どれくらい行くの?」

 行くの、とはクリスマスパーティーや忘年会、新年会などのことだろう。
 未成年のホップくんにとっては入っていけない世界だからか、私が飲み会に行った等の話を聞くと、ホップくんは少しだけ顔を曇らせる。本人はあまり見せないようにしているけれど、気にしているのが細かな仕草に出ている。

「お呼ばれはそこまでじゃないよ。でも友達とクリスマスプレゼント交換したいから、節約も兼ねて今日のケーキはなしってことにしたの」
「そっか」

 ホップくんはいい子だ。一口にいい子、と言うと悪くはないのだけど他に褒めようもないというような陳腐なイメージがあるが、ホップくんのは本物だ。聖人ではなくちゃんと人間なのだけど、どうして私なんかと付き合っているのか不思議になるくらい、良いひとだ。
 ホップくんには他の誰も敵わない魅力がある。だから気にするようなことでもないと思うのだけど、なかなか年の差は無視できるようなものではないらしい。そういう不安は年上の私が取り除いてあげるべきなのかな、とふと考えていた時だった。

「……さん、24日空いてる?」

 恋人に聞かれる24日の予定。ほんのりと声が上擦るのは仕方ないことだ。

「えっとね、空けてある」
「え?」
「ホップくん、年明けに論文提出の締め切りがあるって言ってたでしょ? だから、大事な時期に誘っちゃ悪いなぁと思って遠慮してたんだけど、別の予定を入れるのも違うかと思ったんだ。自己満足で、空けてた。……もしかしてデートのお誘い?」

 ホップくんは、ひとつ頷いた。唇の強張りから、眉の力みから、彼もちょっぴり緊張しているのが伝わってくる。

「クリスマスだし」
「ホップくんって、そういう季節行事に興味あるんだね」
「クリスマスデートに興味あるんじゃなくて、クリスマスもさんと過ごしたいってことだぞ」

 嬉しいことを言ってくれるなぁ。緩みそうな口元に気をつけながら私はスケジュール帳を取り出した。

「24日でいいの?」
「うん、25日は家でクリスマスパーティーなんだ。アニキが帰ってくるんだぞ。……もしかして、さん25日も空けてた?」
「まあね。でもいいの、本当に自己満足で空けてただけだから」

 24日の欄にホップくんの名前と、それから待ち合わせ時間を書き込む。
 クリスマスをホップくん以外の人と過ごすのはなんだか強烈な違和感があって、ずっと今年のクリスマスは空白でいいと思っていた。だけど願ってもないかたちで、一番大好きな人の名前で埋めることができた。

「楽しみにしてるね」
「俺も!」

 はにかみあうお互いの胸は、同じきらきらとしたクリスマスへの期待で溢れている。もうこれだけで今年の寒さも目じゃないってくらい幸せな気分だ。






「ホップくん!」

 カフェでの勉強会が定番になりすぎて、夕暮れ時に待ち合わせるのがなんだか新鮮だ。
 クリスマスイブのデートは、やっぱりイルミネーションを見て歩きたい。二人で話し合った結果、ライトアップが始まる少し前のお昼過ぎに待ち合わせとなった。

さん、可愛いんだぞ! いつもすごい綺麗で可愛いけど、今日は一段と可愛くて……!」
「う、嬉しいな。正直クリスマスだから、気合い入れたし」

 いつもの私なら、恥ずかしくて「そんなことないよ!」と言ってしまうところだ。だけど今日のデートのためにと、私はいろいろと不安と戦いながら準備を進めて来た。それがホップくんの反応一つで報われたのだ。
 ホップくんに知られたら大人のくせにって言われてしまいそうなくらい、私は今日を楽しみにしていたのだ。 

「髪もブーツも、すごく、すごく似合ってるんだぞ!」
「ひゃー、恥ずかしい。でもありがとう……」

 素直に気持ちをこぼすと、ホップくんはますます目を輝かせて今日の私を褒めてくれる。そこまで褒めてもらえるほどのものかはわからないけれど、ホップくんの言葉ならお世辞じゃないと思えた。

「でもホップくんは何でそんなに薄着なの?」
「ん? 俺は平気だぞ?」

 今日のホップくんはチャコールグレーのシャツに差し色のラインが効いたニットを着たりしていて、無理なくきちんとした服装には好感がある。だけどその上に羽織っているのは彼らしく、いつものボアがついたジャケットだ。
 確かに、ホップくんは手を繋ぐとだいたい私よりあったかくて、細身でも筋肉がちゃんとあって代謝がいいんだろうなぁということを常々感じる。ホップくん自身は飄々としているものの真冬の街を歩く服装には軽すぎる気がして、見ている方が心配でたまらない。

「ホップくん、手袋とかはないの?」
「あ、忘れた。でも大丈夫だぞ」
「ダメ! 私が心配になる! マフラーでも買いに行こう?」

 もともと、夜になるまではいろんなお店を見たりする予定だったのだ。特に目的はなかったけれど、それならホップくんがこれから使う防寒グッズを探しに行けばいい。

「ライトアップまでまだあるし。ね?」
「じゃあそれまでは……」

 ホップくんから手を差し出される。

「……私の手の方が冷たいかもしれないけど、いい?」

 ホップくんがくれた返事は言葉じゃなく行動だった。冷えがちな私の手をすくい上げたホップくんは歯を見せて笑う。

「やっぱり、俺の方があったかいんだぞ」
「だね」

 ホップくんの方が心配されていたはずなのに、私の方が体を冷やしている。ちぐはぐさにお互いにくすくす笑いだしてしまった。

「行くぞ」
「うん。ホップくん、何色のマフラーが似合うかな?」

 じんわりとホップくんの熱が伝わりつつある指先を連れて、私たちは全てがクリスマスに染まった街を歩き出した。







 街灯、窓ガラス、植木にショーウィンドウ。全てがクリスマスに染まった街。ひとつひとつに感動しながら、それに見入る恋人に一番に目を奪われながら、私たちはホップくんのマフラーを探して歩いた。

 彼のマフラーを探すことになってすぐ、ホップくんはカジュアルブランドのお店に入っていった。だけど今日は特別な日なのだ。私は彼の腕を引っ張ってもうワンランク上のお店にホップくんを連れ込んだ。
 ホップくんはこういう路線も似合うのではないだろうか。そう思ってお店の一角でスーツなども取り扱うようなお店も見てまわれば、予想通りぴったり似合うマフラーが見つかった。触り心地も最高に良いそれは今、ホップくんの首元を温めている。

「結構歩いたねー」
「そうだな。でもさん、よかったのか? 友達へのプレゼントのために金欠って言ってたような……」

 少し良いお店に連れ込んだのは私だし、せっかくの機会なんだもの。プレゼントする。そう言って少々強引にマフラーのお会計を私がしたことに、ホップくんは未だ遠慮しているらしい。

「金欠とは言ってないよ? ちょっと節約してるって言っただけ」
「ありがとう、さん。大事にする。穴が開いても使うぞ!」
「あはは、穴が開くまで使ってもらえたらもう十分すぎるくらいだよ。それにこれ、すっごく似合ってる。大満足だよ」

 新しいマフラーをつけたかっこいいホップくんを眺めていれば、ほんのりと胸がどきどきしてくる。お金はその幸せなどきどきに変わったのだと思えばひとつの後悔もなかった。




「わぁ……」

 大通りに面する広場にたどり着けば、この街でいちばんの輝きが私たちを出迎えてくれた。イルミネーションの全てに明かりがついて、そしてゆるやかに明滅している。暗いはずの街が光に縁取られて、まるで星の都が浮かび上がるようだ。

「すごいんだぞ……」
「うん……、綺麗だね……」

 イルミネーションに奪われていた視線を、そっと横に移す。ホップくんの笑顔が、イルミネーションの明かりに彩られてますますキラキラと輝いて見える。仕事の帰りがけにだって、イルミネーションを見ることはある。だけどホップくんが隣にいると思えば、輝きは特別綺麗に思えてくるから不思議だ。
 もう一度手をつなぎ直して、私たちは光の中をゆっくりと歩き出した。

 大広場の一部はクリスマスマーケットになっている。クリスマスグッズを売る屋台が、道沿いに並んでいる。中にはお菓子や軽食を売っているお店もあり、ところどころからふわりと良い匂いがしてくる。今日のデートはイルミネーションを見に行くのも目的だったが、クリスマスマーケットを見て回るのも私たちの楽しみだった。

 様々な売り物に目を奪われながら、私たちは屋台でホットドリンクを買った。ふうふうと息を吹きかけ、なんとか飲める温度まで冷やしながら飲む。あったまるねなんて、なんでもない感想を言い合うこの瞬間すら楽しくて仕方がない。

「すごい」

 ふと、ホップくんが真剣な顔をしてそう言った。何がすごいのだろう。ホップくんは首を傾げた私すら見ないまま、感嘆した。

さんと一緒にクリスマスを過ごしてるんだぞ……!」
「そんなにすごいことかなぁ?」
「そもそもさんが付き合ってくれるのがすごく嬉しくて、まだ時々信じられないんだぞ」

 私は思わずくすりと笑った。だってホップくんが言ったそのセリフは、私が常々考えていたことだったからだ。

「私も。私なんかがどうして、ホップくんと付き合えてるんだろうって。よく考えるよ」

 まだ熱いドリンクに再度息を吹きかけていると、不意に沈黙が訪れる。
 今日はクリスマスイブ。すれ違っていくのは恋人たち、私たちとはまた違う運命で巡り合ったふたりばかり。だからだろうか、ふとホップくんと付き合い出した時のことを思い出す。そしてそれはホップくんも同じようであった。

「……付き合う前の話なんだけどさ。俺、さんが、告白されてるところにいちゃってさ」
「ああ、もしかして夏あたりの話?」

 聞けばホップくんは頷いた。私がホップくん以外に告白されたことといえば、真夏の図書館での一件だろう。

 夏盛り。冷房が一段と効いた図書館でのことだった。本棚と本棚の間。大人二人が向かい合うには余裕のない空間で、好意を告白された。知り合いだが、関係の薄い男性で、一番に表出した感情は戸惑いだった。他の利用者もいる、静かにしなければならない場所で言い出された事もあって、好感は抱けなかった。

「聞くつもりはなかったんだ。ごめん」

 ホップくんはすまさそうに謝る。図書館という静かな場所だったから、ホップくんも聞こえてしまったんだろう。

「ただ、あの時のさんが言ってたことが、ずっと俺の中で気にかかったんだ」
「そうなの?」
「うん。だって、俺にもわかるくらいの嘘だったから。覚えてる?」

 私が頷くと、ホップくんは答え合わせのように、あの夏のセリフをなぞった。

「『今は誰かと恋人になるとか考えられない』」
「うん、やっぱり覚えてた」

 本棚を背に、男に追い詰められた私が放ったのはそれだった。今は恋人を持とうと思っていない。だからごめんなさい。私はそんなことを凍った表情で伝えて、ぶつけられた好意から逃げ去った。
 その後、一ヶ月もしないうちに私はホップくんから告白された。私は年齢差のある知り合いと思っていた。周りにもそう思われていたであろうに、あっけなく受け入れてたのだから、彼も驚いたことだろう。

「でも、ホップくんが聞いてわかるくらいには口実だってことがバレバレだったんだね」
「なんとなく、だけどな」
「……私を好きになってくれたことは嬉しかったな。私も、じっくり付き合えばこのひとのことも好きになれるかもしれないと思った。だけどそれよりもずっと強く、私この人に何もしてあげられないだろうなと思ったの」

 わからない。時間を費やせば、そこそこの関係は気づけたのかもしれない。だけどやっぱり、私を踏みとどまらせたのは無力感だった。
 誰かに体良く言うならば、未来が思い描けなかった、ということになるのだろう。だけどもっと重苦しいプレッシャーの中、私は息を詰めながら首を横に振っていた。

「あ! ホップくんなら何かしてあげられるって思ったから付き合ったってわけじゃないよ!」

 慌てて弁解する。与えられることを見越して好意を受け入れるなんて、そんなの傲慢すぎる。

「むしろ私、ホップくんから告白された時は、君からたくさんのことを貰えるだろうなって思っちゃったんだよ。ホップくんと一緒にいたら良いことたくさんあるだろうなって、思った」

 彼の近くにいたい。彼の横は、居心地が良い気がする。
 与えたいとか与えられたいとかを越えた、もっと直線的な、願いのようなものだった。凍えた旅人が柔らかな陽の下で休もうと思うのに近い感覚だった。

 私を好きだという男性。彼からきっと私は与えてもらえる、だけど私は何も与えられない。そんな恐怖でひとつの好意を無下にした。なのに私はホップくんに告白された瞬間に彼の純朴な光に魅せられ、同時に魅入ってしまったのだ。彼は私がそんな女であるとは気づいていないであろう。

 ホップくんが首を横に振る。

「俺は自分がさんに何かしてあげられるとか、全然思えない」

 今度は私が首を横に振る番だった。
 そんなことない。今日だって、素敵な一日をもらっている。私が勝手に期待して身を寄せているに過ぎないのだから、ホップくんは重荷みたいに思わせたくないのに。自分の言葉選びを後悔しかけた時だった。

「でも一緒にいたいんだ」

 はっきりとしたホップくんの言葉ががつんとぶつかってきた。ほろほろと私の中の不安が崩されていくのを感じながら、私はホップくんの言葉の続きを聞いた。

「あの日の図書館で聞いたさんの断り文句が俺の中でずっと引っかかって、残り続けてさ。なんでなんだろうって気づいたら四六時中考えてた。考えてるから、さんを見かけるとすごく見ちゃう俺がいてさ。前から綺麗な人だなぁって思ってたけど、どんどんさん以外が見えなくなっていって……」
「ホップくん! お、お世辞はその辺で……!」
「お世辞じゃないんだぞ!」

 私は今、どうやってホップくんが私を好きになったのか、その過程を聞かせられているらしい。恥ずかしさのあまりストップをかけると、ホップくんは真剣な顔で訂正をかける。もちろんホップくんの言うことだ、本当の気持ちだとわかっている。だからこそ恥ずかしくなってくるのだ。

さんのこと、考えて考えて、それで最初に感じていたことにようやく確信が持てた。さんは恋愛に興味がないと言う嘘で、相手のことを思って身を引いたんだ。俺はそう感じた」

 あの日の行動がそんな綺麗なものだと、私は思えない。だけどホップくんは私の知らない私を見つけ、彼の答えをすでに持っている様子だった。

「そうやって考える人が、誰かに何もできないはずないし何もしてこなかったわけがないと思うんだぞ。そういうさんだから、あの人も好きになったんだろうなって分かったし……」
「………」
「実は俺が告白したのは、それを伝えたかっただけなんだ。そのままのさんをあの人も好きになったし、俺も好きになった」

 付き合えるとは全然思ってなかったなぁと、ホップくんはぼやいた。ホップくんらしいな。見返りを求めない、まっすぐな肯定。

「ありがとう、ホップくん。もっといい言葉があればいいんだけど、見つからないや……」

 ホップくんに告白された時のこと。近い将来は私を抜くであろう背丈の男の子と向き合ったときのこと。
 今だけは近い高さにある目線。その視線と視線を合わせながら、私の勘は金色にひらめいていた。この子と一緒の時間を過ごすのは、私にとって必要な、かけがいの無いものをもたらすかもしれない。
 私の勘は見事に当たったようだ。彼との時間は宝物のようなものばかりなのだから。

「ホップくんさ、写真でも撮ろうか」

 指差した先には、ちょうどフォトスポットが設置してある。クリスマスツリーとプレゼント、それに容易にくぐれるほど大きなリースがディスプレイされたそのフォトスポットには他の恋人たちが並び、さっきから小さな列ができていた。だけど今はちょうど人がはけている。

「今日、ホップくんとここに来たこと、私にとって宝物になると思うんだ。多分ずっと未来でも、今日のこと思い出して元気になってしまう気がする。だから一枚、一緒に写ってる写真が欲しいな」
「それは俺のセリフなんだぞ。……でも、絶対過去にしなからな」
「え?」
さんとのこと、俺、ちゃんと考えてるから。年下だし、まだまだポケモン博士にも遠いしで、さんは生意気だって笑うかもしれないけど……」

 ホップくんは時々、こうやって微かな不安を滲ませる。私の方がずっとずっと彼を必要としている事実に、まだホップくん自身には伝わりきっていないらしい。

「笑わないよ。大丈夫、ホップくんとのこと、思い出にはするけど過去にしないから」

 そして眩い瞬間を射止めるようにシャッター音が降りたのだった。





 レストランで夕食を終え外に出ると、思わず自分を抱きしめてしまった。色濃くなる寒さ。イルミネーションは変わらず輝いているものの、人混みのピークは過ぎたようだ。
 ホップくんとのクリスマスデートも終わってしまう予感がし始めた。ああ、もうすぐお別れの時間だ。お腹も心も十分満たされたはずなのに、急に寂しさを覚えてしまうのだから人間はよく深い生き物だなと感じてしまう。もっともっとゆっくり時間が流れて欲しかったなと叶わぬ思いを抱きながら歩いていると、不意にホップくんが言った。

さん、明日の夜は空いてる?」
「ん? なんで? ホップくんは確か、家族でクリスマスパーティーだっけ。ダンデさん、帰ってくるんだよね。楽しみだね」

 あの忙しいお兄さんが帰ってくると、笑顔で教えてくれたのはホップくんだ。クリスマスは恋人たちだけの日ではない。家族が集まる日でもある。とか言いながら私はひとりの家でぬくぬくしながらまた一人で映画を見たりする予定だ。今日遊んでしまった分の勉強もしなければならない。だらだらするのもまた醍醐味だ、なんてそれなりに前向きに考えていた時だった。

「うん、だからさ。アニキにも、さんのこと、紹介させて欲しい」
「それって……」
「家のみんなにはもう話してあるんだぞ」

 突然でごめん。そう言いながらホップくんは今夜の中で一番の緊張した表情を見せてくれている。
 ホップくんの恋人として一家のクリスマスパーティーに参加して、家族との顔合わせ。緊張するのは私の方のはずなのに、ホップくんの方が固まっている。まるで緊張を横取りされてしまったみたいだ。
 緊張を彼に奪われてしまえば、次の溢れ出てくるのは嬉しさだ。明日もホップくんと過ごせる。きっとまた素敵な一日になる。

「こんな私でよければ」

 差し出した手を、やっぱり私よりうんと温かな手が、すくい取って捕まえてくれた。






(「年下のホップくんとクリスマスデート」というお題でした! どうもありがとうございました)