ツルハシはずしりと重たい。靴はもう汚れた。貸してもらったヘルメットはちょっと首をかしげるだけで、ずるりと滑る。というか、ちかつうろって寒い。
文句はいくらでもわたしの口から飛び出して行きそうで、今にも少し前を歩く背中にぶつけてしまいそうだ。なのに、ヒョウタくんがこまめに「だいじょうぶかい?」と振り返ったその表情を見ると、わたしはそれをあっさり飲み込んでしまう。
今日のヒョウタくんは、どう見ても楽しそうで、暗い通路内でも分かるくらい舞い上がっているからだ。
ヒョウタくんは、わたしと化石を探したかったらしい。それが判明するまでは、あれやこれ、本当に回りくどかった。
今日はやけに化石のことを熱く語るなぁと思っていたらそれは、どうやら私に対する「化石は面白いよ! だから探しに行こう!」とのコマーシャルで、ヒョウタくんの意図にわたしは全然気づかなくて。結局全部をヒョウタくんの口から教えてもらったのだった。
回りくどかったけど、ヒョウタくんは最後にはしっかりとわたしを誘ってくれた。ボクと一緒に行ってみない?って。
認めるのがなんだか悔しいけど、嬉しかった。女の子にはつまらないかもしれない、という一言を添えてくれたのも、ちょっと気持ちよかった。だってわたしのこと、女の子、と言ってくれたのだ。
化石のことはまだよくわからないけれど、まあいっか。そんな単純な考えの結果、わたしはこの薄暗くて土の匂いに満ちた、ちかつうろにいるのだ。
ヒョウタくんがまた前を向いてしまった。するとわたしはすぐさま後悔を思い出す。なんでこんな場所に来ちゃったんだろう。
重たいものはヒョウタくんが持ってくれている。けれど、それでもどうぐのひとつひとつが重たい。
ヒョウタくんがあれだけ語ってくれたのだし、わたしも本物の化石に触れて、ちょっとずつでも知っていこうと意気込んでいた。だけどその気持ちも重たい荷物にぐんぐん吸われて行ってしまう。
すでに手も足も疲れてきてるのだけど、ヒョウタくんの方は余裕そうだ。
「ねえ、まだ? ヒョウタくん、どこまで行くの?」
「もう見えてるよ。この辺りの地層に、前々から目をつけてたんだ」
「そ、そうなんだ」
「ズガイドスも興味を示していたし、当たりだと思うよ!」
「ふうん……」
ちょっとうんざりしてきてたくせに、またわたしは簡単に嬉しくなってしまう。
前々からここで化石を探そうって思ってくれてたのかな、なんて。そう期待するのは、自分に都合が良すぎだろうか。
目的地に着いたらしいヒョウタくんがまずカンテラを置き、それから荷物を下ろす。わたしもならって、荷物を置かせてもらった。
ヒョウタくんはわくわくを宿した目で目の前の壁を見つめている。この壁が、通路の他の壁が他と比べてどこがどう違うんだろう。わたしにはわからない。
ヒョウタくんに何を質問していいかもわからないでいたけれど、それはひとりでにわたしの目に飛び込んできた。
「あ、これ……!」
足元の石を拾うと、やっぱり。葉っぱが、石と一体化している。
「ヒョウタくん!」
「もう見つけたのかい?」
「うん! これもしかして、リーフのいしだったりする……?」
「残念、リーフのいしではないんだ。でも正真正銘、葉っぱの化石だね!」
本当に化石なんだ。ヒョウタくんからのお墨付きをもらって、あらためて手の中の石をまじまじと見る。
「まさかこんな、簡単に拾っちゃうなんて……」
「葉っぱの化石は、化石発掘のいい目印なんだ。他の化石もこの辺りに眠ってる証拠だよ」
「へえー! ねえヒョウタくん、この化石からもポケモンが復元できたりするの?」
ヒョウタくんが前に見せてくれた、ずがいのカセキや、たてのカセキからはポケモンが復元できるということだ。ヒョウタくんが丁寧に育てているズガイトスも、カセキからよみがったポケモンだ。ならこの葉っぱからも、と期待したけれどヒョウタくんは首を横にひねった。
「それはどうかなあ。解析して、ポケモンの遺伝子情報が混じっていれば復元はできるはずだけど、ここら洞窟にある葉っぱの化石からはまだポケモンは見つかってないんだ」
それは残念だ。でも思いっきり目をこらしたら、葉っぱの中にポケモンのDNAが見えたりしないだろうか。無謀だけど、わたしは化石の葉脈をにらみつけた。
ヒョウタくんはそんなわたしに構わず、化石について語り続ける。
「でも探して見る価値はあるよ! だってまだまだ古代のことはわからないことだらけなんだから! もしかしたら新しいポケモンの遺伝子が見つかるかもしれない……!」
「う、うん」
「ああ、やっぱり、何度見ても化石ってくっきり形が残っててすごいよね。
ナマエちゃん信じられる? この葉は何万年も前に木から生えて風に吹かれていたんだよ? やっぱり化石って可愛いなぁ……!」
「か、かわ……? うん? そうだ、ね……」
引きつった声は、嘆きである。ああ、またヒョウタくんは化石と一緒にわたしの届かない世界に行ってしまった、という嘆きだ。きっと珍しい化石じゃないはずなのに、ヒョウタくんはぐいと近づいてきた。化石が見たいからってなんだか近いなぁと思うわたしに気づかない。
でも少しすると化石について語りすぎたことにハッと気がついて、恥ずかしそうに離れて行った。そんな仕草はいつも通りのヒョウタくんである。
「そ、そうだ。ここからさらに掘り出してみようか。葉っぱの化石は薄くてちょっと難しいんだけど」
「え?」
「周りの石の部分を丁寧に取り除いたら、もっと形がよく見えるよ」
そういうとヒョウタくんはカバンからいくつかの道具を取り出した。私を座らせ、自分もすぐ隣に座る。
「破片が飛ぶかもしれないから、あんまり近くで見たらだめだよ? 目に入らないように気をつけて」
「う、うん」
わたしが頷いたのを確認してから、ヒョウタくんはカンテラを近くに持ってきて手元を明るくする。そしてクギを石の部分にあて、トンカチでとんとんと叩き出した。
きんきん、と小さな鉄の針が震えて鳴る。あまり、聞いたことのない音だ。ぼうっとその音を聞いていると、カンテラの明かりが揺れて、わたしの意識がまたふわりと浮き上がる。
きんきん、ゆらゆら、ヒョウタくんの真剣な顔。
やがて、きん、という音が調子を崩す。ヒョウタくんから目を外してあの葉っぱの化石を見ると、無駄な部分がぱらり、とはがれ落ちたところだった。ヒョウタくんの手にあまるくらいだった石が一回り小さくなっている。葉っぱの部分は欠けていないのがすごいところだ。
化石になっても葉っぱは、葉っぱのまま。薄くて、もろいはずなのに。ヒョウタくんは見事に葉っぱを傷つけずに掘り出したのだ。
「ヒョウタくんてさ、実はなんでもできる……?」
気づけばわたしはそうつぶやいていた。
重いものも簡単に持っちゃうし、かと思ったらこんな繊細な作業までこなしてしまう。
ポケモンのことだって頼りになる、頼りになりすぎてジムリーダーだってこなしちゃう。でもヒョウタくんを尊敬しているのはポケモントレーナーだけじゃない。炭鉱で働く体の大きい男の人たちは、ヒョウタくんを信じて、ヒョウタくんの元に集まってくる。
メガネの奥の瞳は本当に穏やかで、室内で本を読んでいる姿が似合いそうでもあるのに、ギャップがすごいなあ。
そう思って見つめてる矢先に、ヒョウタくんは急に顔を赤くして緊張しだした。
ヒョウタくんの、ふたつめのギャップだ。優秀すぎるくらいなのに、全然褒められ慣れていない。
「ぼ、ボクにもできないことはあるよ」
「そんなことないでしょ。こんなにいろんなことができちゃうんだもの、信じられないな」
もっと自分はすごい!と言い切っちゃえばいいのにと、わたしはいつも思っている。ヒョウタくんは本当にすごいのに、お父さんもすごいから、あんまり褒められ慣れてないんだろうか。さっきまでは妙に私を見ていてくれたのに、今は何もないちかつうろの先ばかりを見ている。
「でも、他に何ができたら
ナマエちゃんはいいなって思ってくれる……?」
「え?」
「わ、や、やっぱり忘れて!」
「ええ……?」
むしろわたしが聞きたい。ヒョウタくんは大好きな場所にお邪魔してるのが、わたしで良いんだろうか。何にもわからないわたしがいて、やっぱり趣味に没頭できないとか、思ってるんじゃないだろうか。
もやもやしてものをヒョウタくんにぶつけてしまいたい、けど答えを聞くのは怖い。
わたしはいつの間にかちかつうろの寒さが気にならなくなっていた。不穏な体温が、体のまんなかでくすぶっている。
結局胸に抱えた気持ちはヒョウタくんに、言えそうにない。ヒョウタくんがどう思ってるかも分からずじまいだ。
でもひとつだけわかったことがあった。
ヒョウタくん、どうしてわたしに話しかけるとき、そんなに緊張してるの。そんな質問をしようとしてたわたしは、すごくばかだった、ということだ。
化石のありそうな壁を一心不乱に掘るヒョウタくん。その背中になかなか話しかけられないわたし。
初めての化石探しは不可思議に静かで、だけど噛み締めた唇でそっと、今日のこと忘れたくないと願うような、そんな時間になったのだった。
(「ぜひシンオウのジムリーダーのヒョウタのお話が読んで見たいです…!」とのリクエスト、ありがとうございました! 化石に絡めたお話という指定と、過去作(
恐らくこれ)をとても読んでくださっているということで、ほんのり続き風味にしてみました! どうもありがとうございました!)