運命とか、そういう星回りなのだとか。審神者になってから私は随分と形のないものを信じるようになった。
刀剣男士が増え続ける本丸。戦の運には恵まれていたのだろう。本丸を始めた時から減った顔はない。気づけば随分大所帯になった。にも関わらず、私は本日も執務室に一人ぼっちだ。廊下の奥、庭を隔てた向こうからは各々が歓談し合う声が漏れ聞こえてくる。私は、一人で机に向かっている。
子供の頃もそうだった。絵本やぬいぐるみや、桜の散る様子に見入っているうちに、同い年の友達はみんなどこかに行ってみんなで別の遊びを始めていた。
身に馴染んだ孤独。というより、大人数で何かをすることを私はまともに経験したことがない。多分そういう運命で、星回りなのだ。構わない。私の使命は時間遡行軍の歴史改変を阻止すること。顕現させた刀剣男士と仲良く暮らすことではないのだから。私はきゅっと唇を引き締めながら、筆を握り直した。
「入るぞ」
どうぞと私が返事をするより前に鶯丸さんは音もなく少し襖を開けた。流れる動作で、段階を分けて襖が開いていく。襖のへりを滑っては昇っていく長い指の先を、私は小鳥たちが戯れるのを見るように目で追った。
私の返事を要しなかったことは、鶯丸さんなら構わなかった。私の知る限り、彼は入室の機会を間違えたことがないからだ。私の思う鶯丸さんは、誰よりも機微が読める刀剣男士だ。
人に流されない。それは一見頑固な生き方に思えるけれど鶯丸さんを見ていれば必ずしもそうでない、と分かる。人のことをよく見ながらも、自分は失わずにいられるのだ。
鶯丸さんは、行動を起こすかは別として、周りのことは本当によく観察している。それは周りの仲間ばかりじゃなく、私にも向けてもらっているようだ。
私が急に慣れたはずの孤独の味を思い出して悲観的になっていると、するりと横に座ってくれる刀剣男士がひとりだけいる。それが鶯丸さんだ。
「今週の近侍は鶯丸さんでしたね」
「ああ」
「よろしくお願いします。まずは引き継ぎ帳にお目通し、お願いします」
鶯丸さんは私から引き継ぎ帳を受け取る。そのまま柔らかくも背筋を伸ばして、鶯丸さんは頁をめくり出した。
頬にまで落ちる睫毛の影。影が崩れるように伸びているのと、頬の丸みが調和していて、やっぱり鶯丸さんは美しい。
いつの間にか目を奪われて、ハッとする。
私の本丸の近侍は交代制だ。なるべく皆と仲良くなりたいから、と決めたことだったが、その願いは叶わなかった。結局私はどの刀剣男士とも名前をつけられるような関係を築けていない。望んだものは手に入れられなかった。だけど、交代制にして良かったと私は密かに息をついた。今なら、私は欲張りにも鶯丸さんを近侍にしてしまって、彼を困らせていたことだろう。
私が寂しい人間なのは運命で、そういう星回りなのだから仕方がない。
だけど考えてしまう。今も心許せるのがこの鶯丸さんしかいないような寂しい人間じゃなければ、私は迷惑にも鶯丸さんを好きにならずにいられたのではないか、と。
本丸一帯が秋の紅色で包まれた、週末のことだった。私は本丸がもぬけの殻になっている事に気がついた。
先日大きな作戦を終えたばかり。緊急性の高い任務も発生していないことから、出陣は休みにしてあるはずだ。なのに広間や庭にも、修練場にも刀剣男士たちの姿も形も声もない。廊下の板には燦々と秋の陽光が照っていて、通りがかる影がないせいか、ぢりぢりと熱をためている。
一体どうしたのだろう。私は久しぶりに部屋から乗り出して耳をすませるも、聞こえて来るのは木々がそよぐ音ばかりだ。
誰かいませんか。そう呼べば今週の近侍である大倶利伽羅さんはさすがに来てくれた。
「どうした」
「なんだか、本丸がやけに静かだなと思いまして」
「忘れたのか? 今日はみんな総出で芋掘りに行ってるぞ」
「芋、掘り……」
誰も彼もがいなくなっている。一見すると異常な事態に、私は首筋に冷や汗をかいていたのだけれど、真相は拍子抜けするようなものだった。
なるほど。空は高く晴れている。今日は絶好のお芋掘り日和だ。
「見に行ってみるか?」
「はい、遠くからで構いませんので」
皆で代わる代わる畑当番をして育てて来たお芋。ようやく実ったそれを、一斉に抜いているのだろう。想像するだけでも皆が楽しんでいるであろうことが分かる。
邪魔しては申し訳ない。みんなが楽しいんでいるからこそ、私は遠くからこっそり覗くつもりで、畑の方へと向かった。
「主!来たんだ!」
見つかった瞬間、笑顔で話しかけられて飛び上がりそうになった。まるで飛び跳ねるように大股で畝や草たちをまたぎ、私の元まで来てくれたのは加州清光さんだ。
お芋掘りが相当楽しいらしい。加州さんはそのつるりと赤い爪の間に土が入っているのにも構わず、私に笑顔を向ける。
「ほら見て! まさに芋づる式だよ!」
「ほ、ほんとですね」
「コツ掴んだら一発でこんなに掘れちゃってさ。すごいでしょ」
輝くような笑顔と一緒に加州さんが見せてくれたお芋の房。おそらく馬鈴薯だ。ツルの合間に丸いお芋がコロコロとくっついている。小さいのもあれば、ずっしりと重たそうなのもある。
加州さんの奥では馬鈴薯以外にも薩摩芋に里芋なども収穫が順調なようだ。体躯の大きい槍や薙刀の男士たちが次々とお芋が山盛りの箱を運び出している。
「でも主、今日すごく晴れてるし、日傘なしで大丈夫?」
確かに、先ほどから頭のてっぺんがじわじわと熱を溜めて、焼けて来ているのを感じる。
加州さんは丘の上で、木陰が広がっている場所を指差して言った。
「あっち、茣蓙(ござ)が敷いてあるところは日陰になって涼しいから、あそこでゆっくりしていってよ。それとも芋掘り参加する?するとなると着替えが必要そうだけど」
私はすぐに首を横に振った。一目見るだけでも、畑の中では作業の分担がうまく行っているようだ。さすがに戦場で舞台を組む仲なのもあり、それぞれ自由に見えて息が合っている。私が入れる隙はないように思えた。
「じゃあ、行こうか。主、危ないからほら、手!」
手ぬぐいでしっかりと汚れを落としてから、加州さんは私へ手を差し伸べた。見れば休憩所のある場所は少し丘になっている。斜面は急だし、道が作られている訳ではないので登るのは危なそうだ。
この手を、握っていいのだろうか。少し見て、本当は帰るつもりだったのに。
お芋掘りがというよりは、加州さんに向けられたお誘いが私を引き止めた。私にとっては向けられることがほとんどない優しさだ。いいのだろうか。迷い戸惑う気持ちがありながらも加州さんの笑顔が眩しくて、暴れそうになる胸を押さえながら私は加州さんの手のひらにつかまった。
私の歩調に合わせて手を貸してくれる加州さん、それから近侍として無言でついて来てくれる大倶利伽羅さんの三人で、私は丘の上の日陰へと向かった。
「ほら、主!麦茶美味しいよ。もう晩夏だけど、今日は暑いから麦茶ぴったり。主もどうぞ」
「あ、ああ……!ごめんなさい、わざわざ……!」
「謝らないでよ。俺、主が来てくれて嬉しいんだから」
手渡された湯呑みはひんやりとしていて、私は自分がじんわり汗をかきそうなほど暑くなっていたことに気がついた。せっかく手渡して麦茶をいただいたので、コクリと一口飲むと、胃に落ちた瞬間にすうっと水分が体に染みていく。
「美味しい……」
「でしょ? 実は麦茶持ってくか、冷やした緑茶にするかって意見が分かれたんだけど、俺は麦茶派だったんだ」
そんなことがあったのか。耳をすますことで、私はいつも本丸の皆の様子を伺っていた。でも詳しい会話の様子を知っているわけではない。麦茶にするか、緑茶にするか。小さなことだけれど、それぞれ意見を言い合ったりしたんだろう。想像するとなんだか微笑ましくて、勝手に顔が緩んでしまう。
日陰の涼しさと冷たい麦茶に和んでいた私と加州さん。私たちの意識を呼び戻したのは、畑から加州さんを呼ぶ声だった。あのよく伸びる声はきっと大和守安定さんだ。
「あーらら、呼ばれちゃった。ほんとは主と、もっと喋ったりしたいんだけど」
「え……?」
「俺たち、なかなか主には近づけないからさ」
ぽかんと口が開いた。加州さんの気持ちを私は全く知らなかった。それに考えたこともなかった。私で話したいと思ってくれてる刀剣男士が、鶯丸さんの他に存在しているなんて。
戻らなきゃ、と加州さんが立ち上がろうとするので、私は焦って彼を引き止めた。
「あの! 私も、皆さんと仲良くしたいです……。ただ、うまくできないだけで……」
一人きりの執務室で、いつも皆の気配を感じていた。遠い話声に、時々囲碁や将棋の駒が盤を弾く音が聞こえる度に、羨ましかった。誰かが濡れて縁側に駆け込んできた様子なら、心配で覗きに行きたかった。空を見上げて雲の形が何に見えるか聞いてみたかった。私と同じものが見えるだろうか、それとも別の形をしてると教えてくれるだろうか、私と違う瞳が見つけたもの、教わってみたかった。
ふと湧いた気持ちを、誰かに渡して見たい。そんな衝動を何度だって抱いて来た。ただ、幼い頃から全てうまく行かなかったのだけなのだ。気づけば私がいなくとも良い人間関係が出来上がっていて、私には私しかいなくなっていた。その繰り返しだった。
今回もその繰り返しかもしれない。けれど、皆ともう少し仲良くなって見たいという願いがないと言ったら、私は大嘘つきになってしまう。
「ええ!嬉しいな! 俺、主に話したいこといっぱいあるんだ!」
立ち込めて来た私の不安を吹き飛ばすように、加州さんははにかんだ笑顔をくれた。
「じゃあまたね、主!」
言葉が追いつかず、何度も頷くことしかできなかった私へ、加州さんは歯を見せた少年っぽい笑顔をくれた。
手を振って、何度もこちらを振り返りながら、加州さんは畑へと戻って行く。またね、って言ってもらえた。呆然と麦茶をまた一口飲み下すと、きりりと冷たく感じる。どうやら私の体は日差しに焼かれていた時よりずっと、熱くなっているみたいだ。
日陰をくれている大樹の葉が、秋風にざわめく。
「麦茶、美味しいですね」
「………」
「皆さん、お芋掘りがんばってますね。皆さんで一生懸命、育ててくれたんですね……」
とりとめのない呟きに、大倶利伽羅さんは、無言で頷きをくれた。
秋晴れ。丘の下に広がる畑で、皆が賑やかしくお芋を掘っている。風に乗る土の香りと、笑い声。燦(きらめ)く秋の思い出が胸いっぱいにさんざめく。
思い出すだけで、胸がつっかえる。息苦しくて思わずツンと冷える鼻から酸素を吸うと、それは冬の匂いがした。
あの日、確かに加州さんに届いた気がした。気持ちを言葉にして受け取って、私も気持ちを恐る恐る言葉にして、心の端っこを重ね合わせたと思ったのに。私はあれ以来、加州さんと一言も話せていない。
彼から私の元を訪れてくる様子はない。加州さんの近侍の順番が来るのは半年先だ。
またね、と言ってくれたのは近侍の任が巡って来る日のことだったのだろうか。それは私が期待して居たものとはまるで別で、思い上がった自分が恥ずかしくて胸が張り裂けそうになる。
慣れないことの連続に私はすっかり忘れて居た。自分は運命づけられたような一人ぼっち。人と何かをした経験に乏しいから、向けられた言葉の裏側なんて分かりやしないのだ。
「入るぞ」
先日近侍の週を終えた鶯丸さんだ。私の部屋に来るのは私用以外にはない。
そう、彼だけは任務でなくても私の前に来てくれる。それも私が寂しさを募らせた瞬間を不思議なくらい嗅ぎ取って、近侍であるかどうかなんて気にせず、私の元に訪れ、話しかけてくれる存在。それは私には鶯丸さんしかいないのだ。
少し救われたような気持ちで、彼が私の室内に座るのを見て居たのに。私の不安はすぐにぶり返した。
「どうしたんですか? 鶯丸さん、少し顔が暗いような……」
違和感はすぐに見つかった。いつも香らせている朗らかさが、鶯丸さんに無い。血色が抜けて凍りついた鶯丸さんはいつにも増して、作り物のように美しかった。
たっぷりと沈黙を部屋に落として、それから鶯丸さんは重々しく唇を開いた。
「あの芋掘りの日、俺もいたんだ」
すぐにあの秋晴れの日が脳裏に蘇った。加州さんや、頷きをくれた大倶利伽羅さんのことも。瞬く間に胸に痛みが走って、私は苦い表情を抑えきれない。
「そうだったんですね」
「気づいていなかっただろう?」
「あの日は色々と気をとられていて……、鶯丸さんのこと、見つけられなくてすみませんでした」
「そう、か……」
私を責める言葉はなかった。けれど、鶯丸さんの抱く感情が伝わってくる。息を飲んだ。私はあの日、社交辞令の笑顔一つに舞い上がるあまり、鶯丸さんに寂しい思いをさせてしまった。そればかりか一向に来てくれない加州さんにばかり気を取られていた。そんな私は、鶯丸さんからしたら随分薄情に見えただろう。
「っ、ごめんなさい……!」
謝罪の言葉を絞り出してはみたものの、鶯丸さんは何も言ってくれない。私は間違えてしまったのだ。失敗してしまった。絶望感と焦燥感が綯い交ぜになって、私の思考を飲み込んでいく。
「私、すごく悪いことをしました。いつも鶯丸さんだけが私に優しいのに、私は……」
私には、こんな星回りの私に寄り添ってくれるのは鶯丸さんしかいない。一番に大事しないときっとまたすぐ無くしてしまう。だから何よりも優先すべきは、鶯丸さんだ。なのにこんな私はそれも分からずに、優しい鶯丸さんを傷つけてしまった。
「ゆ、ゆるして、ください……」
怒ってないと、気にしてないさと、鶯丸さんが言ってくれない。許すとも言ってくれない。あの完璧な造形が、口の端を結んだまま、瞬きもせずに私を見つめている。
「鶯丸さん、お願いだから……」
「お願いだから、何だ?」
拒絶を表すように無言だった鶯丸さんがようやく私に耳を傾けてくれた。私は跪いたまま手を合わせた。指を組み交わしたそれは、神に祈るときの作法だ。
鶯丸さんに願いたいこと。不躾だと分かっている。明確な言葉にして強請るのは、浅ましいと言われるだろう。それでも私は必死に願うしかできない。
「私を独りにしないで。私には鶯丸さんしかいないの……」
「そうだな」
ようやく鶯丸さんが、唇を綻ばせる。私は瞬く間に体温を思い出した。急に春が来たかのような心地だった。
「主には俺がいる」
私は何度も頷いた。その度に顎から滴ったものが、ぱちぱちと畳の井草を叩いた。私は泣いていた。
鶯丸さんが手を広げる。そんな大胆な行動が自分にできるとは、全く思っていなかったけれど、気づけば彼の腕の中へ私は飛び込んでいた。
目から涙を流してしまってるだけでも恥ずかしいと思っていた。なのに鶯丸さんの両腕に包まれた瞬間に声を上げてしまった。
鶯丸さんに許されて良かったという気持ちが涙になっていた。それが初めだった。だけど同時に、今まで押しこらえてきた寂しさの全てがうわっと立ち上がって、私を飲み込んでしまっていた。
いたはずの友達を探した公園。鉄棒の逆上がりを誰にも教えてもらえなかったこと。野良猫に人間の言葉を喋ってほしいと言って見たこともあった、すぐに無理を願うしかない自分が嫌いになった。
たくさん憧れた。抱いた憧れが全てが、決められたことのように叶わない事を知っては、折り合いをつけてきた。だけど寂しかった、寂しかったの。
でも、今の私には鶯丸さんがいる。私が寂しいと思ってしまう時に、横で微笑んでくれる人がいる。抱きしめてくれる腕はなんてあたたかいのだろう。人の体温は寂しさを砕く力を持っていることを、私は今日まで知らずにいた。貴方に、ようやく教えてもらえたのだ。
「しかし主。本当に、主には俺だけか?」
鶯丸さんが顔をかすかに歪めるだけで、私の胸にずきりと痛みが走る。痛みを感じている場合ではない。
何度も優しくしてももらったのに、裏切るようなことをしたのは私なのだ。
「……信じてもらえないのは、私のせいですよね」
私の使命は歴史遡行軍による歴史改変を阻止すること。寂しいと泣くようなこの感情は、使命には必要ない。だけど激しい感情がやがて止んで、最後の涙が鶯丸さんの指先で拭われた時。鶯丸さんがいなかったらもう審神者ではいられない自分に、どうしようもなく作り変わっていたのを感じた。
「私は鶯丸さんにだったら、神隠し、されていもいいです……。そう思えるのは鶯丸さんだけ……」
神隠しなんて、審神者の間に流れる都市伝説みたいなものだ。鶯丸さんが神隠しの噂のこと、何も知らなかったらとんだ赤っ恥だ。けれど必死になった私に言えることがこれくらいしか見つからなかったのだ。
神隠し。隠り世とも異なる場に永遠に魂を囚われて帰ることも叶わないと、おどろおどろしく伝わってきた噂だが、今の私には恐ろしい噂に思えなくなっていた。
鶯丸さんの領域に連れていかれる。悲しいことがどこにあるのだろう。
むしろこの世に居続けなけばいけない理由が、どこにあるというのだろう。記憶を掘り返すほど、全てが色褪せて見える。宝物にしたい思い出が私にいくつあっただろう。そして鶯丸さんといた時間だけが花のように咲いている。鶯丸さんがいなければ、私は今もあたたかさを知らずに生きていた。
過去なんか思い出したせいだろう。逃れられない寂しさがせり上がってきて、また泣きそうになってくる。そして重たく、のしかかるようにもたげてくる。全てから逃げてしまいたい気持ち。
神隠しが本当にあるのなら、神隠しされてしまいたい。
言って、しまおうか。鶯丸さんに何もかもを捧げてお願いすれば、優しい彼なら情けをかけて叶えてくれるかもしれない。
喉が震えて、唇がはくはくと空気を噛んだ。
「神隠しされてもいい、か」
次の瞬間。弾けたのは笑い声だった。私を疑っていたのが嘘みたいに、鶯丸さんはお腹を抱えて笑っている。
「言わせてみたい言葉だったが、まさか、な……」
「じゃあ……!」
神隠しされたいと、言わせてみたい。そんな言い方をするということは、神隠しは本当にあるのだろうか。私はもはや鶯丸さんに神隠しされたいと願っていて、鶯丸さんも求めていてくれたのならば、私たちの願いは同じということだ。
先ほど流してしまったのとは違う涙が溢れそうになった。
だけど期待はするりと躱される。
「今までみたいな時間が続いてくれるなら、俺は構わないさ」
目の前の光が取り上げられて、さっと視界の端が闇に落ちる。
鶯丸さんは私を許してくれた。見捨てないでくれたようだ。だけどそれは命綱が繋がっていることを確認して、また崖から突き落とされたも同じだ。
呆然をする私を置いて、鶯丸さんは部屋から出て行ってしまった。私は一人くずおれた。
また同じ日々が始まる。寂しさに溺れながら、鶯丸さんに僅かな酸素を与えられる日々の、繰り返し。
ひとりぼっちの部屋で、今日も私は机に向かう。筆を握る。だけど私の頭を占めるのは、審神者としての使命ではなかった。代わりに私の意識を奪いゆくのは鶯丸さんだ。様々な感情が鶯丸さんへと持っていかれる。
何を捧げればいい、どのようにお願いすればいいの。誰かに何かを願う経験も私には少なくて、分からないことばかりだ。けれどそれでも乞い願ってしまう。どうか鶯丸さんの世界に行かせて。
他の刀剣男士たちが何をしているか、耳をすます余裕もない。私には本当に、鶯丸さんだけだ。
(ヤンデレになっちゃった鶯丸が審神者を自分に依存させて、最終的には審神者の口から「神隠ししてほしい」と言わせる話、とのリクエストありがとうございました。)