※シリーズの雰囲気を思い出してノリで書いてます
※関係性はシリーズ開始前だけど、割と時間軸不明です



「マツバくん、大変!」

 電話越しの彼女の声が慌てている。対して僕は冷静だ。
 別に彼女の動揺っぷりを侮っているわけではない。単に僕にとっての”大変”はもっと別のところにある。それは彼女にとってすぐ幼馴染に助けを求めるほどに大変なこととは重ならないのだ。
 きっとまた、僕にとっては取るに足らないことに対して、彼女は必死になって心を動かしている。それを愛しく見透かしながら僕は返事をする。

「どうしたんだい?」
「カブ価がね! 32ベルなの!! どうしよう、もう金曜日の午後だよ!?」

 カブ価というのは、彼女がコツコツ続けているゲーム内の用語だ。
 そのゲームでは現実と同じ時間が流れているそうで、日曜日の午前に買ったカブというアイテムは、一週間のうち好きなタイミングで売ることができる。買った時の価格より高値で売ることができれば大儲け、という算段だ。だけど、どうやらはそのカブを見事売り逃がしてしまったらしい。
 なるほど、と僕は嘆息する。

「もうそれ売るしかないよ。どうして午前に売らなかったんだい?」
「午後に上がるにかけたんけど、だめでした!」

 そんなことだろうと思った。

「とりあえず、今日も僕の家に来るんだよね」
「うん、行くー」
「待ってるよ」

 僕の家に来たって、彼女がゲームの中で大損したことは何も変わらない。どうにもならないけれど。
 大変だ大変だと騒ぐようなことがあっても、二人で過ごせれば、それは日常を彩るものになるのだ。




 結局は僕の家にゲーム機を持ち込んで、すっかり安くなってしまったカブを売り払っている。悔しがっているかと思い横顔を覗き込んだけれど、浮かんでいたのは虚無だった。買い込んだときは「これが何ベルになるかなぁ」とわくわくした様子だったのに。本当に大損したのだろう。

「はぁぁ……」

 深いため息をつき、はゲームの中のATMにお金を振り込んでいる。
 見た目は可愛いけれどその実態は資本主義にまみれたゲームの世界で、泣いたり笑ったり落ち込んだりが激しい。そんな彼女を見守るだけで、僕は元気をもらってしまう。

 全部のカブが売り終わったのだろう。がゲームを終わらせた、と思いきやすぐには同じゲームを最初から始める。キャラクターは僕に変わっていた。そう、同じ世界に僕も実は住まわせてもらっているのだ。
 マツバ、とちゃんと僕の名前もつけられている。少ない髪型や髪色のバリエーションを組み合わせて、なんとなく僕の雰囲気は再現されている。服は僕なら絶対着ないと断言できるアロハシャツを着せられているけれど。
 もうちょっと落ち着きのある服にならないかと僕は後ろから見ているけれど、島にと住む僕は依然、短パンにアロハシャツのままだ。の服のセンスが分からなくなるが、まあゲームの中の事なのでいいだろう。

 僕の名がつくセーブデータだが、僕が操作した事は一度もない。サブ住民と呼ぶらしく、どうやらだけでは持ちきれないアイテムを預かって欲しいというのが、僕がその島に住まわせられた理由らしい。

 が島に撒き散らかした家具や洋服やらのアイテムを、僕の名前がついたキャラクターがひとつひとつ拾っていく。持ちきれなくなったら家の中の収納に仕舞って、また彼女の持ち物をひとつひとつ引き受けていく。
 それはまるで、本当に、僕のようだ。が僕の周りで撒き散らかした、もう忘れているであろうアレやこれを仕舞い込むのは、寸分違わず、僕そのものなのだ。

 ポケモンにメールを持たせてみたいからと彼女が適当に書いた手紙。一時期作るのにハマって、でも使うアテがなくて、言い訳のように僕へとくれた手作りのお守り。マツバくんと比べたら銅賞なんてしょっぱいねと言って捨てようとした昔の賞状。このお菓子が作りたいと言いながら結局作らなかったレシピ本のコピー。君と飛ばして遊んで枚数が足りなくなった花札。空いた手で気まぐれに作って、僕の家に置いて行かれた折り紙。君が次来た時に読むと言って忘れ去ってる本。
 そんなものを、どうやっても捨てられなくて、僕はひとつひとつこの家に仕舞い続けているのだ。それはもう押入れの一角に我が物顔で座り込んでいる。

「そんなに溜め込んでどうするんだい?」

 画面を見ていたが振り返る。丸い目が、僕を捕らえる。

「使わないなら、役に立つこともない。じゃあそこに置いておく意味もない。それとも何か、とっておくことに意味があるのかい」

 へと投げかけた質問。それは丸切り僕宛でもあった。
 捨ててしまうという、片側の選択肢を選び取ることはできないから。その意気地なしな理由で、僕はの残骸を家の片隅に積み上げている。

「意味かぁ……」

 僕が本音の九割九分を隠しながら投げかけた質問について、は考え始める。彼女なりに真剣に考えてくれている。でもどこか牧歌的な「うーん」という唸りが聞こえたあとのは少し困った顔をしていた。

「使わなくても好きで、大事だから、マツバくんにとっておいてもらってる、かなぁ。でもそうだね、私が使わなかったら全部無駄な、ガラクタだね」

 マツバくんのいう通りだ、と苦笑いする。そして僕にガラクタを拾わせる作業に戻ってしまった。




 結局意味の見つけられなかった会話から1時間後くらいだろうか。ゲームに熱中する彼女を置いて、お風呂を沸かしにきた僕をぱたぱたとした足音が追いかけてきて、僕の肩を叩いた。

「マツバくん。あの本ってまだ持ってる?」
「あの本って……どれ?」
「あれだよ、あれ!」

 それから彼女の身振り手振りとバラバラにもたらされるヒントを組み合わせていくうちに僕は驚いた。
 てっきりは僕の本棚にあるいずれかを説明したいのかと思っていた。だけど記憶が正しければ、その物語は僕の持ち物ではない。

「それって、僕のじゃなくて、君の本だよね」
「うん、よくよく思い出したら私、マツバくんちに置きっ放しにした記憶がうっすらあるんだけど……。もう捨てちゃった?」

 僕はぶんぶんと首を横に振った。
 歩き出した足の裏に、僕は変な汗をかいていた。

 僕が色々と溜め込んだ押入れ。その目の前でが目を輝かせる。お目当の一冊が無事に見つかったからだ。
 懐かしい、と言って君が笑う。文字がおっきいね、とも。
 確かに、彼女が開いたその本は字が大きすぎて、ひらがなも多すぎる。大人になった僕らには懇切丁寧が過ぎて、はくすぐったそうに口許を緩ませている。

 というかここにあるものは全部が君関連のあれこれなのだけれど、はどうやら気づかない。やっぱりこれらを妙に意識して、粗末に扱えないのは僕だけのようだ。僕、何やっているんだろうな。彼女に気づかれないよう息を吐きながら、押入れの戸を閉じようとした時だった。

「マツバくん、ありがとう!」
「え……」

 ありがとうの一言をぶつけて、彼女は忘れていたであろう物語の中へとすでに入り込んでいる。
 何に向けた感謝だったのかはわからない。目当ての本を取り出してくれてありがとうかもしれないし、僕から都合よく意識を離すための便宜上のありがとうだったかもしれない。
 でも僕の中のモヤモヤとしたものは吹き飛んでいた。

 どうしようもないものを押入れで眠らせ続けていた。それがたった一言で報われてしまった。と、同時に切なくなってしまった。君がいるから宝物に思えるそれらは、君がいなくなった瞬間に全てゴミの山と化すのだろう。でも今はまだ、君がいてくれるから。僕が預かり続けているものたちは、死なずに済んでいる。

 今日も君は、僕の基準を握り続けているようだ。
 仕舞い込んだものも一緒に勝手に背負い込んで、増した重みで僕はもう動けないだろう。そうとは知らずに笑ってる君を見つめて、今宵も更けていく。





(「はすむかいのマツバくんの世界線の二人でなにかお話が読みたいです!」とのリクエストありがとうございました!)