1ポンドのケーキ

一、
お師匠様へ。

 急に本丸を空けることになってしまい、申し訳ありません。
 政府に呼び出された時は、様々な手続きがあるとは聞いていても日をまたぐことはそうないだろうと思っていたのですが、審神者になることは思った以上に大変です。そして政府というものは、面倒ごとが多いです。規則に加えてあちらこちらの顔を立てたりと、がんじがらめです。ともかく、向こう一週間は帰れなさそうなので、とり急ぎご連絡いたしました。皆さんにも、よろしくお伝えください。また連絡いたします。



 お師匠様へ。

 いかがお過ごしですか。あっという間に二週間が経ちました。
 わたしの本丸となる空間は、すでに用意されていて今はそこで政府の方や、こんのすけなるものに面倒を見ていただき物事の準備を進めています。いつかこんな日がやってくる。覚悟はありましたが、別れを惜しむ時間さえ持てないとは思いませんでした。
 どこを見ても、どのひとに伺いを立てても、やはり事が落ち着くまではしばらく帰れないようです。きちんとお別れも言えずにお師匠様の元を離れるのは不本意です。なんとか顔を出せるようにいたしますので、どうかその時はわたしを迎え入れてやってください。



 お師匠様へ

 先日は、朝早くに失礼いたしました。それにあんな、気味の悪いお洋服で。それでもまたお師匠様に会えて、わたしは嬉しかったです。事の次第を自分の口からお師匠様にお話できた、それだけでも報われた気持ちになりました。
 別れの際にも言いましたが、何度言葉にしても尽きることはありません。わたしを育ててくださり、生きる道をくださり、ありがとうございます。これからわたしは、お師匠様からいただいた全てを尽くして、審神者として歴史修正主義者を討ち取るべく、精進して参ります。

 荷をまとめてくださり、こちらもありがとうございます。また、連絡いたしますが、わたしは一人前の審神者になれるよう精進する身です。便りが無いのもまた元気な証拠と思ってくださればと思います。




 

 もう旅立ったお前へ、あまり手紙など書くべきでは無いと思うのだが、本丸を立ち上げ少しは落ち着いた頃だと思うので、文を出す。これを読んでお前は淋しさに泣くのか、それとも審神者業に勤しみ手紙など読む暇無いと引き出しにしまってしまうのか、どちらなのだろう。私は、後者のような気がするよ。
 聞けば駆け出しの割に、は上手くやっているとの評判だ。自信を持って欲しいと思う。

 まだ物事が始まったばかりである今の内にひとつ、に聞いておきたいことがあるんだ。
 へし切長谷部を、本当に連れていかなくて良かったのか? お前は頑なにへし切長谷部は私の元に在るべきだと主張したが、私の心にはこれでよかったのだろうかと引っかかったままだ。
 お前は随分へし切長谷部を可愛がっていただろう。おまえのためにも、やはり私は長谷部はお前の元にいた方が良いと思うんだ。。お前はどう思う?





 お師匠様へ。

 わたしにはもったいないお気遣いをありがとうございます。は元気です。わたしがお師匠様からの手紙を粗末に扱うわけありません。忙しくしていますが、お師匠様からの手紙はわたしをとても元気づけるものですから。すぐさま読みました。
 久しぶりにお師匠様から言葉をいただき、その嬉しさは言葉になりません。受け取った瞬間涙が出ました、というのは、お師匠様にとっては残念な、呆れてしまう報告でしょうか。

 へし切長谷部のことですが、どうかそのように言わないでください。可愛がる、という言葉もまた違うように思います。
 彼はお師匠様の元に在るべき刀剣男士です。どうかもう、わたしの事情で彼を振り回さないでやってください。末永くお師匠様に仕えることが、彼にとっての幸せです。
 そして一番に、彼はわたしとの再会を特に望んでいないと思うのです。彼はきっと今もひたすらにお師匠様に尽くしているものと想像いたします。だからお師匠様も、どうか長谷部さんがお師匠様の元に在ること疑わないでください。それがわたしの願いです。

 政府から同じ報告が届いていることと思いますが、検非違使なるものの出現がありました。我が本丸もしばらくは検非違使の対処に追われそうです。お師匠様、どうかお元気で。ご健勝とご活躍をお祈り申し上げます。





「だってよ。長谷部」


 主は半笑いの顔を上げた。主は聡いひとだ。知性だけでなく勘も鋭い。あの別れの日、へとひざまづいた俺、その表情からこのひとは何もかもを読みとっていた。
 が俺にとって何者であるか、そして俺がどのように想うかも読んだ上で、との書簡を俺へ見せびらかしているのだ。最後の一通を主は「傑作だ」と評する。


「いやあ、これは本当にすごいぞ」


 そう言って主は興奮気味に手紙を、そこに乗る文字を指先で叩いた。


「こんな数行に渡って、私におまえを手放すなと言っている。加えて検非違使をだしにして、次は返事をできないかもしれないとまで予防線を張っている。あのがだぞ!」


 あのという言葉が示すのは彼女のとぼけた性質のことを言っているのだろう。確かには残念なくらい表裏が無いというか、人間関係における技術の乏しいひとだ。予防線を張った器用な文面はあまり彼女らしくなく、主が声を大きくするのも頷けた。


「無意識か意識しているのかは分からんが、どちらにせよ相当な反応だ」
「主。以前にも申し上げましたが」
「なんだ」
との手紙のやりとりをなぜ俺にお教えくださるのか、俺には分かりかねます」
「そうか?」
「……“長谷部はお前の元にいた方が良いと思う”と、本当にへの手紙に書いたのですか?」
「ああそうだ。私はつまらない嘘なんぞつかないぞ。お前が望むのであれば、今すぐにでもの元に送ってやるが」
「主の傍を離れるなどありえません」
「そう言うと思ったよ」


 も言った。あの日俺に、ここにいろ、と。主によく仕えるように、と。
 ああまただ。また胸がキリと痛む。


もそう望んでいる」
「は?」
「主の傍を離れるな、と。そう書いてあるではありませんか」
「……長谷部、おまえ……。呆れたやつ。書面通りに読むなよ、乙女心が分からないやつだな」


 乙女と聞いて、はっ、と笑いそうになった。あの少女は、甘えた少女らしさを俺に何度と振り巻いたくせに、結局俺に乙女の顔を見せてくれたことなど無かった。
 手紙の中に乙女心なんて無い。俺の忠誠だって、彼女には向いていない。今も主へ捧げている。


「主。勝手を申し上げますが、どうかこのようなことはおやめください」
「何がだ」
との手紙を見せることです。はもはや過去の人間です」


 あのひとが今どこで何をしているかを知ったって、俺には何もできない。だというのに彼女の言葉は俺を縛ろうとする。手紙にあるのは俺を縛りつける呪いの言葉ばかりだ。"だからどうか長谷部さんがお師匠様の元に在ること疑わないでください。それがわたしの願いです"。主に向けられたはずの俺の意志をも混濁させる。そんなの願いなど、聞きたくなかった。