1ポンドのケーキ

三、
人を紹介する時は、まずは身内からだ。身内の人間を明らかにし、危険な人物ではないことを示した上で、身内でない人間のことを紹介する。


「では、右から順に。さきほども紹介しました、近侍の蜂須賀さん。その次に、愛染国俊くん」
「来派の二代が打った短刀、愛染国俊だ!」
「短刀の秋田藤四郎くん」
「秋田藤四郎です。よろしくお願いします」
「脇差の、浦島虎徹くん」
「長谷部さん、よろしくね!」
「そ、そして……」


 最後に紹介を待つ刀剣男士。そいつを目の前に、の言葉がうわずって止まってしまう。その気持ちはの性質知らずとも、ほとんどの者が掴めることだろう。なぜなら、最後に控えているのは。
 が意を決して、思い切りをつけて言う。


「み、三日月宗近さんです……!」
「はっはっは。よろしく頼む」
「す、すみません」
「何を謝ることがある。すまんな。主は俺が顕現して以来、なぜだかこの調子でな」
「はあ……」


 三日月宗近はのひとりよそよそしい態度が不服なようだ。せっかくこうして姿を現したのに目を反らされるなんて、俺には三日月宗近の気持ちも理解できる。が、の気持ちの方もよく理解できる。
 駆け出しの、規模の小さな本丸。庭は清らかなまでも、建物は古く、多々修繕が必要な状況。だというのに、目の前の男は天下五剣である三日月宗近だ。


「今はこの五振りの方々が、わたしを助けてくださってます。では皆さん、こちらはへし切長谷部さんです」


 今度は客人である俺を、が身内へと紹介する。


「長谷部さんはわたしが昔、修行を見てもらっていた本丸の刀剣男士です。その本丸の審神者様とは長い縁がありまして、それはもう大変なお世話になったお方です。最近はお会いしていませんが……。その、とにかく、その審神者様とのご縁がありまして、この度長谷部さんを預かることになりました」


 俺の見る限り、は以前の本丸以来、余り変わりが無い。ただ状況はがらりと変わっている。あの本丸に、彼女の言葉をこんなにも一途に受け止めた刀剣がいただろうか。静かに、耳を傾けて、時折頷きをまじえながらの言葉を読み取ろうとするものがいる。

 俺の中でのままだというのに、この場で刀に囲まれている彼女を見れば、ああ本当に審神者になったのだなと頷くより他無いのだった。




 俺は本当に客間に通された。予想通り過ぎて何のおもしろみも無い。
 は生活に関する一通りのことを俺に話し、それから俺に不便が生じないかと一通り不安がるのだった。長谷部さん暑くはないですか寒くはないですか。そういった生理的なことから始まって、長谷部さんがお水を飲みたくなったなら、長谷部さんが退屈したのならと、あらゆる問題を想定して彼女は心配ごとを口にする。
 このちょっとの時間で何度長谷部さん長谷部さんと呼ばれただろう。昔に巻き戻ったみたいな彼女に離れていた期間お前に成長は無かったのかと問いたくなるが、俺はあえてそれは口にせずにいた。彼女の声を、なるべく呼吸まで漏らさず耳に触れさせていたかった。


「それから、……それから、………」


 しつこく心配を繰り返して、ようやく何も心配する種がなくなったらしい。
 俺がこっそりため息を吐く。と、すぐにが手を叩いた。


「そうでした。聞かなきゃと思っていたんです。長谷部さん!」
「なんだ」
「お師匠様の元であなた、何をやらかしたんですか?」

 が声をひそめる。俺もかすかに、眉をひそめた。

「……貴女は、俺がここにいるのは、俺自身のやらかしが理由だと思うのですね」
「理由がなければ、お師匠様はこのようなことをしません。何か、何か理由があるのです。お師匠様は詳しいことは何も教えてくれませんでした。ただ、貴方を追い出すことになった、とだけ……」
「………」
「長谷部さん……」

 俺が返事をしないことを、は気落ちしているものと受け止めたようだった。はそれ以上問い詰めることはせず、切り替えて笑顔を浮かべると、努めて明るい声を出す。


「でも諦めないでくださいね。お師匠様は、"預ける"と仰っていたわけですし、ここでたまには気を休めてください。大丈夫です、過ちを犯すことは誰でもあります。そしてお師匠様は理解ある方ですから」


 向けられたのは励ましたの言葉だった。彼女は変わらずにこにこと笑顔を浮かべている。


「きっと、戻れますよ」


 それからふと思い出す。こうやって顔を合わせ、久方ぶりに肉声を交わした。彼女は変わらずに、あの日々の延長線上に生きているように、にこにこと笑顔を浮かべている。
 けれど彼女は、一度も会えて嬉しいだとか歓迎するだとか、出会ったことを喜ぶような発言を彼女は一言も発していないと、俺は冷や水を頭から被ったかのように急激に思い出したのだった。