五、
は"ところどころ"が雨漏りすると言った。が、ところどころと言うには屋根はひどい有様だった。が自分の元を出て、こんな腐敗の進んだ家屋に住んでいることを俺の主は知るまい。それを師匠へと泣きつくでは無いし、そもそも彼女は自分の住まいがボロだったことを嘆くより、住まいがあることに諸手を挙げばんざいを言う。そういった類のバカなのだ。
屋根の上は照った陽を遮るものがなく、たびたび汗を拭いながらの作業になった。今日は初夏を感じさせる暑さだ。屋根の上にいると文字通り俯瞰して物事を見ることが出来、小さな本丸の様子が見えてくるのだった。
今もちょうど下が騒がしい。屋根のふちに近づいて下を見れば部隊が帰還したところで、余裕のある出陣だったのか、愛染、秋田、浦島、三日月が和やかに談笑している。
紹介された時には深く考えなかったが、こうしているとこの本丸でのそれぞれの立ち位置がよく見えてくる。
秋田藤四郎。無邪気、かつマイペース。
愛染国俊。お祭り男でマイペース。
浦島虎徹。明るく場をよく見ているが、マイペース。
三日月宗近。周りをも巻き込むマイペース。
おまけに。彼女もマイペース。とぼけた性質であちこちへと俺を振り回した。
主の気質に惹かれたのか、類は友を呼んでしまったようで、明るい面もちで我が道を行く刀剣男士が揃い踏みである。
蜂須賀は虎徹の真作としてのプライドが高いものの、この四振りと一名に囲まれれば真面目や努力家な様子の方が際立って見えた。俺は少し蜂須賀虎徹には同情の気持ちがあった。の性質を知っていると彼のような性格では苦労が多いように思える。
刀たちが談笑するその横では蜂須賀虎徹だけが彼女に真面目な表情で、けれどを安心させるように微笑しながら報告をしている。
やはりこの本丸では一等きまじめな蜂須賀虎徹が苦労するというのが、すでにこの場に現れているようだった。
ただ、がそれを、信頼のこもった眼差しで見上げて、うなずきを繰り返しながら彼の声に耳を傾けている様だけは、俺の予想していないものだった。
蜂須賀が微笑む。も、微笑む。微笑んで唇を動かしている。恐らく、帰還に対するねぎらいの言葉だ。近侍へ、部隊長へおかえりなさい、と言っているのだ。
「長谷部さーん」
呼ばれて下を見ると、庭からが俺を呼んでいる。上から見るとそれこそ小鳥のように小さな彼女が手を振っていた。
「あと少しでお夕飯ですから、今日はそれくらいでー! お疲れさまでーす!」
下から彼女は両手をいっぱいに広げて手を振られたが、俺が振り返すことは無かった。汗をかきすぎたのか、大きな声で返事をする気力も無く、俺は無言で道具を片づけ始めた。
屋根から降りて汗を拭っていると、急な雨が降りだした。
「すごい……」
次第に強くなる雨音の中でが呟いた。夕飯は涼しげなそうめんらしい。硝子の器とつゆ、それから薬味を並べながら、は器用にももう漏ってこない天井をまじまじと、子供っぽい目で見つめている。
「まだ、全ては終わってませんが、だいぶ良くなったと思いますよ。まだ手持ちの道具が限られているので少し融通していただければ防水の処理も、します、が……」
言葉が途切れてしまう。さっきまで天井を見ていた丸い目が、あまりに素直に俺を見たからだった。
「本当にすごいです、長谷部さん」
「………」
「お疲れさまです」
途端に返す言葉が無くなって、口の中が苦くなる。恐らく俺は、誉められて嬉しいのだと思う。だけどそれらの気持ち全てを俺は受けれられない、全てを押さえつけたくなる。彼女は俺を騙し、俺を置いて行き、彼女こそが俺を裏切ったのだ。
「さあ、夕餉をいただきましょう」
部屋の真ん中には少し大きなちゃぶ台があって、七人ぶんの食器が少し肩身を狭そうにして並んでいる。俺という存在を意識に入れたその並びがあざとく見えて、口走った。
「俺の席は、あの部屋では無いのですか」
「……ああ、ほんとですね。こっちに長谷部さんの分まで来てしまってますね。すみません、わたしの間違いです」
はすぐにお盆をとってくると、笑みを浮かべたまま円卓から食器一式を引き取って、俺を視線で促した。客間に移動するように、と。
彼女が先を歩いて俺を導く。少し歩くたびに彼女が振り返って、俺の存在を確かめる。そんな仕草に心動かしたくないというのに、彼女はよく動き、彼女の髪が擦れる音までがよく俺の耳に入っては奥にこびりつくのだった。
は"ところどころ"が雨漏りすると言った。が、ところどころと言うには屋根はひどい有様だった。が自分の元を出て、こんな腐敗の進んだ家屋に住んでいることを俺の主は知るまい。それを師匠へと泣きつくでは無いし、そもそも彼女は自分の住まいがボロだったことを嘆くより、住まいがあることに諸手を挙げばんざいを言う。そういった類のバカなのだ。
屋根の上は照った陽を遮るものがなく、たびたび汗を拭いながらの作業になった。今日は初夏を感じさせる暑さだ。屋根の上にいると文字通り俯瞰して物事を見ることが出来、小さな本丸の様子が見えてくるのだった。
今もちょうど下が騒がしい。屋根のふちに近づいて下を見れば部隊が帰還したところで、余裕のある出陣だったのか、愛染、秋田、浦島、三日月が和やかに談笑している。
紹介された時には深く考えなかったが、こうしているとこの本丸でのそれぞれの立ち位置がよく見えてくる。
秋田藤四郎。無邪気、かつマイペース。
愛染国俊。お祭り男でマイペース。
浦島虎徹。明るく場をよく見ているが、マイペース。
三日月宗近。周りをも巻き込むマイペース。
おまけに。彼女もマイペース。とぼけた性質であちこちへと俺を振り回した。
主の気質に惹かれたのか、類は友を呼んでしまったようで、明るい面もちで我が道を行く刀剣男士が揃い踏みである。
蜂須賀は虎徹の真作としてのプライドが高いものの、この四振りと一名に囲まれれば真面目や努力家な様子の方が際立って見えた。俺は少し蜂須賀虎徹には同情の気持ちがあった。の性質を知っていると彼のような性格では苦労が多いように思える。
刀たちが談笑するその横では蜂須賀虎徹だけが彼女に真面目な表情で、けれどを安心させるように微笑しながら報告をしている。
やはりこの本丸では一等きまじめな蜂須賀虎徹が苦労するというのが、すでにこの場に現れているようだった。
ただ、がそれを、信頼のこもった眼差しで見上げて、うなずきを繰り返しながら彼の声に耳を傾けている様だけは、俺の予想していないものだった。
蜂須賀が微笑む。も、微笑む。微笑んで唇を動かしている。恐らく、帰還に対するねぎらいの言葉だ。近侍へ、部隊長へおかえりなさい、と言っているのだ。
「長谷部さーん」
呼ばれて下を見ると、庭からが俺を呼んでいる。上から見るとそれこそ小鳥のように小さな彼女が手を振っていた。
「あと少しでお夕飯ですから、今日はそれくらいでー! お疲れさまでーす!」
下から彼女は両手をいっぱいに広げて手を振られたが、俺が振り返すことは無かった。汗をかきすぎたのか、大きな声で返事をする気力も無く、俺は無言で道具を片づけ始めた。
屋根から降りて汗を拭っていると、急な雨が降りだした。
「すごい……」
次第に強くなる雨音の中でが呟いた。夕飯は涼しげなそうめんらしい。硝子の器とつゆ、それから薬味を並べながら、は器用にももう漏ってこない天井をまじまじと、子供っぽい目で見つめている。
「まだ、全ては終わってませんが、だいぶ良くなったと思いますよ。まだ手持ちの道具が限られているので少し融通していただければ防水の処理も、します、が……」
言葉が途切れてしまう。さっきまで天井を見ていた丸い目が、あまりに素直に俺を見たからだった。
「本当にすごいです、長谷部さん」
「………」
「お疲れさまです」
途端に返す言葉が無くなって、口の中が苦くなる。恐らく俺は、誉められて嬉しいのだと思う。だけどそれらの気持ち全てを俺は受けれられない、全てを押さえつけたくなる。彼女は俺を騙し、俺を置いて行き、彼女こそが俺を裏切ったのだ。
「さあ、夕餉をいただきましょう」
部屋の真ん中には少し大きなちゃぶ台があって、七人ぶんの食器が少し肩身を狭そうにして並んでいる。俺という存在を意識に入れたその並びがあざとく見えて、口走った。
「俺の席は、あの部屋では無いのですか」
「……ああ、ほんとですね。こっちに長谷部さんの分まで来てしまってますね。すみません、わたしの間違いです」
はすぐにお盆をとってくると、笑みを浮かべたまま円卓から食器一式を引き取って、俺を視線で促した。客間に移動するように、と。
彼女が先を歩いて俺を導く。少し歩くたびに彼女が振り返って、俺の存在を確かめる。そんな仕草に心動かしたくないというのに、彼女はよく動き、彼女の髪が擦れる音までがよく俺の耳に入っては奥にこびりつくのだった。