七、
へし切長谷部を出陣させよう。そう言い放ったのは三日月宗近だった。月を名前に冠する刀剣男士だが、美しさのせいか朗らかな顔して言うとなぜだか提案にもお正月のようにめでたい明るさがでる。そう元日の日の出を仰ぐように三日月宗近が言ったのだ。俺もも揃い、両者が逃げられない場で言い出したのだから、こいつはなかなか食えない太刀である。
「どうだ、へし切長谷部は。ここらで仕事をしてみるのは」
「俺は、構いませんが……」
戦うためにこの身をとったのだ。出陣を拒否なんてすれば、俺が刀剣男士である理由が無くなってしまう。それが分かっていて三日月宗近はわざわざ俺に問いかけたのだろう。
一方の反応はへらへら症のに珍しく、その顔が白く強ばっていた。
「………」
「はっはっは。分かりやすく固まっているな」
「あの……。谷部さんはお師匠様からお預かりしている刀剣男士です。お預かりしているものを、勝手に自分の本丸の戦力に数えるなんて……」
「確かに彼の主はでは無いようだが、預かっているというのなら尚更。このへし切長谷部を出陣させるべきだ」
「ごめんなさい、三日月さん。三日月さんの言いたいことがいまいちわたしには……」
三日月はあくまで、悪気無くに俺を使うよう進言している体を装っている。
だが実体は、必死に言葉を紡ぐ彼女の顔色は悪く。それを三日月の表情が、その明るさで彼女を追い立てていくように見えた。
「見ればなかなか腕の立つ刀剣男士に見える」
「お師匠様の刀剣男士ですから」
「共に出陣すれば俺たちが教わることも多いだろう」
「それでも長谷部さんに危険なことをさせるのは、面目が立ちません」
「歴史修正主義者との戦いを思えば助け合わない手は無い」
「……やっぱりわたしにはできません。三日月さんたちはわたしの刀剣男士です。けど、彼は違うんです」
動揺しながらも必死に言い返そうとする。無邪気さを装う三日月にあらがいたいがための言葉が反響して、硝子の砕けた破片のようになってひとつひとつ俺に刺さる。
俺は"わたしの刀剣男士"ではない、か。はっ、と笑って吐き捨ててやりたい気持ちにもなった。それでも俺は願いを込めてを見ていた。
出陣できるかもしれない。それは希望の星となって俺の眼前で輝いている。
「俺たちの今の実力に合わせた出陣先を選べば、このへし切長谷部には余裕のある戦いになる。負傷も滅多にせんと思うぞ」
「長谷部さんは確かに、この本丸の誰よりも練度も高く、強いとは思います……。でも危険であることには変わりありません……!」
「何。へし切長谷部が傷ついたのなら主が手入れをしてやれ」
「それ、は……」
「主の手入れは優しくて丁寧だからなあ。傷はきっちりと直してくれるだろう。だから彼もきちんと直して、主の元へ返せば良い」
急に言い返さなくなってしまった。膝の上で、真っ白になるほどに拳を握りしめている。
「へし切長谷部も刀だ。こやつを客間にしまいこんで、鈍(なまくら)にして返しても、へし切長谷部はもちろんお師匠様とやらも幸せにはならない。そうだろう?」
「そうです」
「長谷部さん……?」
「こいつの言う通りです」
「そんな、長谷部さん……。出陣したいと言うんですか……?」
俺が同意したのを信じたくないと、の大きな瞳が動揺して見開かれている。心臓を掴まれたかのように苦しげだ。
「長谷部さん。長谷部さんが戦ってくれるわけ、無いですよね?」
「先ほども言いましたが、俺は構いません」
「でも、こ、こはお師匠様の本丸ではありません、出陣の命を下すのは、わたしですよ……?」
「ええそうですね。でも、俺は」
俺の主はこの少女では無い。主のための戦いでは無いかもしれないけれど、それでも出陣したいという気持ちはあった。認めることへまだ抵抗があるが、その理由も自分の中に見えてきている。
「俺は鈍刀には、なりたくありません」
三日月宗近は恐らくその顔の下でどうしようもないやつだと笑ったこと思う。臆病で、結局そうとしか言えなかった俺を。
じっとりとした汗をかきながら、膝の着物をくしゃくしゃにしながら、何度もかぶりを振って言葉無く追いつめられながらも、最後には微笑んだ。
負けました、と顔を歪めながら微笑んだのだった。
「調子はどうですか、長谷部さん」
「はい、良いですよ」
「それは良かったです……」
口ではそう言い、出陣用意の確認をしているものの、の心境はまだ割り切れていないようだった。
は何か俺たちが無謀な戦をしにいくかのように青ざめているが、愛染も秋田も浦島も俺を組み込んだ編成に物珍しさを感じてか、無邪気な笑顔を浮かべている。
「主君! これで第一部隊がようやく揃いましたね!」
「えっと……、そう、ですね」
やはりは俺が部隊にいることが不本意なのか、秋田藤四郎へ向ける顔がややひきつっている。
「へし切長谷部さんとの出陣、楽しみだなぁ!」
「……長谷部さんはお師匠様の元で何度も出陣を重ねてきた刀剣男士です」
「そうなんですか?」
空を写し取ったような丸い瞳がこっちを見るが、秋田藤四郎の問いに答えたのはだった。
「そうですよ。長谷部さんはここよりもずっと大きく立派な本丸で、いつもしっかりと任務を果たされてきましたから。その経験からきっと秋田くんも学べるものがあると思いますから、よく見てみてくださいね」
「はいっ! 僕、頑張りますね!」
ついに出陣の時を迎える。俺は隊列で一番後方に立った。先導するのは部隊長、蜂須賀虎徹だ。ここは駆け出しの本丸。経験の差でここの誰にも負ける気はしないが、蜂須賀が隊長なのは妥当だろう。俺もやはり、思うのだ。俺はよそものだ、と。
「長谷部さん」
門のところで、後ろをついてきそうなくらいにすがってくる。そのひきつる喉と赤くなりつつある目元に思わず後ろ髪をひかれる。
急に喉がつまった。ああ、以前と同じだ。彼女がこうして審神者になる前も、全く同じように彼女は俺についてきそうなくらいすがって、俺を見送ったのだ。
「お、お願いです。どうか、気をつけて……」
「……、……」
彼女のお願いに、俺はすぐには返す言葉を見つけられなかった。これが主であれば曇り無く「主命とあらば」と言えていたのに、彼女は俺の主では無い。
一緒の本丸で、俺が何も知らずに接していた時だって俺は怠っていた。主が何より一番で、彼女を安心させることにすら興味が持てなくて、ふんと鼻で笑って過去へと飛んだ。
今は相手がであるということを意識するだけで、彼女を安心させるための笑顔ひとつ浮かべるのが難しくなる。
「……俺が帰ってきたら、手入れしてくれるんでしょう?」
戦で重要なのは勝つことであって、怪我をしないことでは無い。勝利のため、代償として怪我を負うのなら、俺は身を差し出す。
「っします! わたしが! 長谷部さんの手入れ!」
「………」
今度こそ、返事が思い浮かばなかった。どうでも良いことだ、ここに刀剣の手入れが出来るのは貴女しかいない、なのにどうしてそんな、特別なことのように大きな声で言うんだと、苛立ちがさざめいた。
へし切長谷部を出陣させよう。そう言い放ったのは三日月宗近だった。月を名前に冠する刀剣男士だが、美しさのせいか朗らかな顔して言うとなぜだか提案にもお正月のようにめでたい明るさがでる。そう元日の日の出を仰ぐように三日月宗近が言ったのだ。俺もも揃い、両者が逃げられない場で言い出したのだから、こいつはなかなか食えない太刀である。
「どうだ、へし切長谷部は。ここらで仕事をしてみるのは」
「俺は、構いませんが……」
戦うためにこの身をとったのだ。出陣を拒否なんてすれば、俺が刀剣男士である理由が無くなってしまう。それが分かっていて三日月宗近はわざわざ俺に問いかけたのだろう。
一方の反応はへらへら症のに珍しく、その顔が白く強ばっていた。
「………」
「はっはっは。分かりやすく固まっているな」
「あの……。谷部さんはお師匠様からお預かりしている刀剣男士です。お預かりしているものを、勝手に自分の本丸の戦力に数えるなんて……」
「確かに彼の主はでは無いようだが、預かっているというのなら尚更。このへし切長谷部を出陣させるべきだ」
「ごめんなさい、三日月さん。三日月さんの言いたいことがいまいちわたしには……」
三日月はあくまで、悪気無くに俺を使うよう進言している体を装っている。
だが実体は、必死に言葉を紡ぐ彼女の顔色は悪く。それを三日月の表情が、その明るさで彼女を追い立てていくように見えた。
「見ればなかなか腕の立つ刀剣男士に見える」
「お師匠様の刀剣男士ですから」
「共に出陣すれば俺たちが教わることも多いだろう」
「それでも長谷部さんに危険なことをさせるのは、面目が立ちません」
「歴史修正主義者との戦いを思えば助け合わない手は無い」
「……やっぱりわたしにはできません。三日月さんたちはわたしの刀剣男士です。けど、彼は違うんです」
動揺しながらも必死に言い返そうとする。無邪気さを装う三日月にあらがいたいがための言葉が反響して、硝子の砕けた破片のようになってひとつひとつ俺に刺さる。
俺は"わたしの刀剣男士"ではない、か。はっ、と笑って吐き捨ててやりたい気持ちにもなった。それでも俺は願いを込めてを見ていた。
出陣できるかもしれない。それは希望の星となって俺の眼前で輝いている。
「俺たちの今の実力に合わせた出陣先を選べば、このへし切長谷部には余裕のある戦いになる。負傷も滅多にせんと思うぞ」
「長谷部さんは確かに、この本丸の誰よりも練度も高く、強いとは思います……。でも危険であることには変わりありません……!」
「何。へし切長谷部が傷ついたのなら主が手入れをしてやれ」
「それ、は……」
「主の手入れは優しくて丁寧だからなあ。傷はきっちりと直してくれるだろう。だから彼もきちんと直して、主の元へ返せば良い」
急に言い返さなくなってしまった。膝の上で、真っ白になるほどに拳を握りしめている。
「へし切長谷部も刀だ。こやつを客間にしまいこんで、鈍(なまくら)にして返しても、へし切長谷部はもちろんお師匠様とやらも幸せにはならない。そうだろう?」
「そうです」
「長谷部さん……?」
「こいつの言う通りです」
「そんな、長谷部さん……。出陣したいと言うんですか……?」
俺が同意したのを信じたくないと、の大きな瞳が動揺して見開かれている。心臓を掴まれたかのように苦しげだ。
「長谷部さん。長谷部さんが戦ってくれるわけ、無いですよね?」
「先ほども言いましたが、俺は構いません」
「でも、こ、こはお師匠様の本丸ではありません、出陣の命を下すのは、わたしですよ……?」
「ええそうですね。でも、俺は」
俺の主はこの少女では無い。主のための戦いでは無いかもしれないけれど、それでも出陣したいという気持ちはあった。認めることへまだ抵抗があるが、その理由も自分の中に見えてきている。
「俺は鈍刀には、なりたくありません」
三日月宗近は恐らくその顔の下でどうしようもないやつだと笑ったこと思う。臆病で、結局そうとしか言えなかった俺を。
じっとりとした汗をかきながら、膝の着物をくしゃくしゃにしながら、何度もかぶりを振って言葉無く追いつめられながらも、最後には微笑んだ。
負けました、と顔を歪めながら微笑んだのだった。
「調子はどうですか、長谷部さん」
「はい、良いですよ」
「それは良かったです……」
口ではそう言い、出陣用意の確認をしているものの、の心境はまだ割り切れていないようだった。
は何か俺たちが無謀な戦をしにいくかのように青ざめているが、愛染も秋田も浦島も俺を組み込んだ編成に物珍しさを感じてか、無邪気な笑顔を浮かべている。
「主君! これで第一部隊がようやく揃いましたね!」
「えっと……、そう、ですね」
やはりは俺が部隊にいることが不本意なのか、秋田藤四郎へ向ける顔がややひきつっている。
「へし切長谷部さんとの出陣、楽しみだなぁ!」
「……長谷部さんはお師匠様の元で何度も出陣を重ねてきた刀剣男士です」
「そうなんですか?」
空を写し取ったような丸い瞳がこっちを見るが、秋田藤四郎の問いに答えたのはだった。
「そうですよ。長谷部さんはここよりもずっと大きく立派な本丸で、いつもしっかりと任務を果たされてきましたから。その経験からきっと秋田くんも学べるものがあると思いますから、よく見てみてくださいね」
「はいっ! 僕、頑張りますね!」
ついに出陣の時を迎える。俺は隊列で一番後方に立った。先導するのは部隊長、蜂須賀虎徹だ。ここは駆け出しの本丸。経験の差でここの誰にも負ける気はしないが、蜂須賀が隊長なのは妥当だろう。俺もやはり、思うのだ。俺はよそものだ、と。
「長谷部さん」
門のところで、後ろをついてきそうなくらいにすがってくる。そのひきつる喉と赤くなりつつある目元に思わず後ろ髪をひかれる。
急に喉がつまった。ああ、以前と同じだ。彼女がこうして審神者になる前も、全く同じように彼女は俺についてきそうなくらいすがって、俺を見送ったのだ。
「お、お願いです。どうか、気をつけて……」
「……、……」
彼女のお願いに、俺はすぐには返す言葉を見つけられなかった。これが主であれば曇り無く「主命とあらば」と言えていたのに、彼女は俺の主では無い。
一緒の本丸で、俺が何も知らずに接していた時だって俺は怠っていた。主が何より一番で、彼女を安心させることにすら興味が持てなくて、ふんと鼻で笑って過去へと飛んだ。
今は相手がであるということを意識するだけで、彼女を安心させるための笑顔ひとつ浮かべるのが難しくなる。
「……俺が帰ってきたら、手入れしてくれるんでしょう?」
戦で重要なのは勝つことであって、怪我をしないことでは無い。勝利のため、代償として怪我を負うのなら、俺は身を差し出す。
「っします! わたしが! 長谷部さんの手入れ!」
「………」
今度こそ、返事が思い浮かばなかった。どうでも良いことだ、ここに刀剣の手入れが出来るのは貴女しかいない、なのにどうしてそんな、特別なことのように大きな声で言うんだと、苛立ちがさざめいた。