1ポンドのケーキ

八、
負けました。そう言っては顔を歪めて俺の出陣に承諾した。が、本当に負けたのは俺なのだと思う。俺の過ちに、彼女は気づいているんだろうか。名目は、鈍刀になりたくないという願いだろう。だが、主のためじゃなくとも良い、彼女のために戦う意志があると、俺は見せてしまったのだ。

 の前にさらけ出してしまったこともそうだが、俺は彼女のために働こうと言ったこの口を、まだ生かし続けている。本来ならば、そんな生ぬるい俺は圧し切らねばと思うのに。
 これも、俺の負けなのだ。


 最初の出陣は、やはり無傷で帰ってくることができた。所詮他人のものだから過保護を発揮しているようで、も無理を言いつけるどころか、他の部隊にも難なくこなせる出陣先を指定したように思う。
 帰ると、あの不安で揺れていた姿はどこかへ行って、何事も無かったようながいた。


「おかえりなさい」
「……、ああ」


 主に出すような、ただいま帰りましたという声は出なかった。


「ご無事で何よりです」


 言いながらは被害状況を確認している。やはり出陣の際に見せた感極まった様子は無く、落ち着いて仕事をこなしている。

 真剣な、審神者としての顔は俺の知らないの姿をしている。ここにいる彼女は、いつ生まれたのだろう、それとも俺に見せなかっただけでずっと昔から存在してたのだろうか。
 周りの物事にいちいち泣いたり笑ったり。よく表情を変えた彼女が、今はただまじめに部隊を見ている

 が張りつめた息を抜いたところで、俺も噤んでいた声を出す。


「終わりましたか?」
「あ、はい。一応は」
「なら言っておく。蜂須賀はまだ、余裕がある」
「え、……」
「戦力の拡充のためにも、もう少し先を見据えた方が良い」


 戦いながら、易しすぎる任務をこなしながら、俺は考えていた。部外者の俺が混じって、何が何をすれば彼女のためになる。
 元々俺は主によく仕える性質で、それを見つけるのは簡単なことだった。


「少数精鋭で部隊を成している我々は常に勝てる戦いをしていくべきです。が、勝ちが分かりすぎている戦は慢心ばかりが身に付き、かえって毒だ」


 目を丸めて、ぽかんと口を開けているに、なるべくさりげなく伝えた。


「部隊は俺が、無事に生還させてやる」


 だから次も、俺を使ったら良い。


「……長谷部さん」
「なんだ」
「わたしのこと、待っていてくださったんですね。ありがとうございます」


 は笑顔で、俺が欲しいのと全然違う返答をしかくれなかった。







「部隊は俺が、無事に生還させてやる、かぁー! かっこいー!」
「ぶっ」
「はっはっは」


 目の前で、恐らく俺のものまね付きでとのやりとりを蒸し返され、思わず茶を吹き出した。三日月宗近が、笑いながら台布巾を俺の近くへ寄せてくれる。


「浦島! どうして茶を飲んでる時にそういうことをするんだ……!」
「へへっ、さっき聞いちゃったの思い出しちゃって。なっ亀吉、かっこよかったよな! 俺も今度主さんの前でキメてみようかな?」
「決めぜりふは、俺が必ず竜宮城へ連れていってやる、か?」
「あ、三日月さん! それ良いねー! あ、でも主さんのことだから天然ぼけで返されちゃうかな?」
「………」


 の的外れな返しまで知っているなんて、どうやら本当に浦島はあの時のやりとりを全て聞いていたらしい。
 盛り上がる浦島と三日月に、俺は咳払いをする。


「ん?」
「俺はただ、戦のことを考えたまでだ。だから部隊について俺が感じたことをに教えた」


 も打倒・歴史修正主義者のために戦う審神者だ。彼女の使命のために俺から言えることを伝えたのであって、部隊を守るなんてことを言ったのは彼女の背を少しでも押したいがための言葉だった。


「ああ。そうだな。そうやって正しく助言をしたり、やる気を見せれば、主はお前に感謝するだろうし、またお前を出陣させてくれるかもしれない」
「………」
「勝利という成果を出せば、主もまたお前を出陣させてくれるだろうなぁ」


 三日月が目を細める。顎を引いた面から放たれる視線、俺を子供扱いしあやすような声色に、カッと頭に血がのぼる。


「すまんな、図星だったか」
「……そんなのは、なんとでも言える。余所ものを質の悪いやりかたでからかって恥ずかしくないのか」
「いつ誰が、誰をからかったんだ?」
「ええ? なんで怖い空気になってるんだ……?」
「俺は怖くないぞ、浦島」
「ああ、怖くもなんとも無いな」
「っそこまでー!」


 にらみ合いに発展した俺たちの間に、浦島が入る。そして三日月の方を押して、俺から引き剥がしていく。


「ふん」


 に俺の出陣を提言したのは三日月宗近だ。今回の元凶はあいつじゃないか。なのになぜ、こうも突っかかってくるのか分からない。
 また睨みつけると、それを遮ったのは浦島の大げさな声だった。


「あーーっ! 三日月さん今日馬当番じゃなかったっけ!?」
「ん? そうだったか?」
「違ったかもしれないけどともかく内番確認しに行こうよ、俺も亀吉もついてくから! ほらっ、行こ行こ!」


 強引に背中を押されて二人が廊下に出ていった。なんなんだあいつらはと思いながら怒りを鎮めようとしたのに、


「長谷部さんが素直じゃないのは分かってるんだから、三日月さんもやりすぎちゃだめだって」
「悪かったな」


 また襖の向こうで勘に障るやりとりが聞こえる。治まらない怒りにまた不快感を落とされる。くそ、このままでいられるか。何か言ってやろう、そうじゃなければ気が済まない。勢いよく襖を開けた。


「この……っ」
「あ、長谷部さん」


 そこに立っていたいたのはだった。


「ちょうど良かったです」


 ついさっきあった俺と三日月たちのやりとりを、ちっとも知らないのだろう。はいつもの調子で笑んでいる。
 その落差は、三日月宗近や浦島への苛立ち、同時にこちらの平静さも等しく吹き飛ばして、結果俺はかなり動揺していた。
 俺は勢いよく襖を開けたままのポーズで彼女の言葉を聞いている。


「さっきは助言をありがとうございました。ありがたかったです」
「あ、ああ」
「長谷部さんの言う通りだと思いました。あまり勇気はありませんが、皆さんが慢心しないようにするのも主の役目かもしれないな、と。だから、次の出陣先はそれも含めよく考えます」
「それが良いだろう」
「はい、次もよろしくお願いしますね。それでは、お忙しいところ失礼いたしました」
「ま、待て!」
「はい?」


 さらりと現れたはさらりと流せないようなことを告げ、さらりと去ろうとした。確かめたくて俺は聞く。


「次の出陣も、あるんですか」
「……はい」
「良い、のか?」
「分かりません。だけど、愛染くんや秋田くんが、長谷部さんも一緒なのが当たり前のように言うので、つい」


 つい、という言いぶりに思わず肩を落とす。らしいが、強い意志の伴わない選出に、正直残念だと思ってしまう。
 俺の様子に、なぜかも苦笑いをして肩をすくめた。


「本当は、だめなのかも。わたし後でうんと叱られたり、信用を失ってしまうようなこと、してるのかも……。でも、長谷部さんがかっこいいことを言ってくださって、嫌じゃないのであれば、良いかなって」
「………」
「あっごめんなさい! 嫌なら言ってくださいね、すぐに!」


 俺の言葉が通じていて、ちゃんとを揺らしていた。今になってやっとそれを知って、彼女の回りくどさが嫌になる。
 はあ、と大きくため息を吐くと彼女はいっそう肩をすくめた。


「ごめんなさい。多分、嫌じゃないと勝手に解釈してます……」
「どうして?」
「だって長谷部さん、そういう建前をわたしに使ったこと、無いですから」
「全く、その通りです」


 にそう言われ、珍しく明るい気分で昔を思い出すことができた。俺はに建前や虚勢や媚びの無い態度で接していた。彼女の嘘にすっかり騙されてのやりとりだった。彼女がなんでもない人間だと思いこんでいたからできたことだった。
 全く、おかげさまで。この皮肉もいつかぶつけてやりたい。


 そして遠慮がちながらもは俺を頭数に入れて、部隊を編成するようになり、この小さな本丸は少しずつ新たな合戦場への道を切り開いていった。