街の電気屋で新しく扇風機を買って、自宅配送まで頼んだら、夏のキャンペーン中だとかで福引き券をやたら授与された。くじ運に恵まれない方であるが、せっかく貰ったのでくじ引きに挑戦した。
昔なつかしの水車のような入れ物を回すタイプのくじ引き。店員によると私はどうやら5回まわせるらしい。白、白、白、白。変哲も無い色の玉が4回続き、ポケットティッシュ、ティッシュ、ティッシュ、ティッシュが目の前に積まれてゆく。だけど最後の一回で出てきた玉は、白では無い色がついていた。お、と思った瞬間に耳をつんざく鐘の音。
「大当たりいー!! おっめでとうございます!!」
大当りって、なにが。南の島への旅行とか? 私はキョドりながら出た玉の色と景品を照らし合わせる。一等、では無い。二等、でもない……。私が答え合わせを終える前に店員さんが客引き用の裏声で高らかに告げる。
「三等、ファミリー花火セット、おめでとーーございます!!」
扇風機は自宅配送で、手ぶらで帰ってこられると思っていたのに、手には余計としか言いようのない荷物が増えていた。巾着型のビニールバッグ。そこに設置型も手持ち型も、これでもかと詰められた花火のセット。そもそもどこが大当たりなんだ。一人ではとうてい使いきれない量であるし、そもそも一人花火なんて寂しすぎること私にできやしない。
とりあえず持ち帰ることにしたけれど、軽くも重たい存在の花火セットに気分まで重くなっていれば、前方に高校生二人組が歩いていた。何度か見かけたことがある、あの二人は一期さんの弟たちだ。
真っ昼間なのにもう学校が終わったのかと不思議に思ったけれど、すぐに理由が思い当たった。もう夏休みが近い。彼らも今日はテストか、終業式か何かだったのだろう。
「おおーい、そこの……白いのと黒いの」
見かけたことはあるけれど、名前は知らないのでそう呼びつけるとそれぞれがそれぞれの反応で振り返る。
「……何だ?」
「あっ、大家さん! えっ黒いのと白いのって、俺たち?」
「ごめん、名前知らなくて」
「俺は鯰尾ですって!」
「骨喰だ」
鯰尾くんはにこやかに、骨喰くんは澄んだ表情で名乗ってくれた。あー覚えられるかなぁ、とか若干失礼なことを考えつつ、私も名乗る。
「あ、です……。いや大家で良いんだけどね」
「じゃあ、さん!」
「はっ、はい……」
「どうしたんだ?」
「これ、あげる」
鯰尾くんはとにかく素直に振る舞うのが性分みたいで、ニコッと笑顔を作りながら花火を受け取ってくれた。
骨喰くんの方はいぶかしげな顔をしている。
「なぜだ?」
「私が持っていてもしょうがないもの」
「買ったのか?」
「買うわけないでしょ、福引きで当たった」
「そうか……」
どことなく私が花火を差し出した理由を、察してくれたらしい骨喰くんは、それからは鯰尾くんの手の中の花火を見つめて少しだけ唇を綻ばせた。
綺麗な微笑だ。みんなでやることを考えれば、こうして笑ってしまう。骨喰くんの年相応の一面を見てしまい、私は少し気が引ける。
「ありがとうございます! 今夜にも、みんなでやりますよ! よかったら大家さんも来てください!」
「いいよ、私は」
「ええー?」
「花火ではしゃぐような年でも無いからね。あとさ……」
これは別に言わなくても良いの。だけど言い出してしまったのは、彼らの笑顔を見てしまったがための下心だった。
「扇風機が余るから、ひとつあげる」
「なぜ?」
そんなの聞かないで欲しい。疑う視線に私は必要以上にひるんでしまう。骨喰くんのものならばなおさら、真っ直ぐ刺さるようで、みっともなくどもってしまう。
「べ別に。新しいの買って、余るから」
「ありがとうございます、さん! 最近暑いから、扇風機うれしいです!」
鯰尾くんの人なつっこい笑顔に心臓を救われながら、「後で誰か、取りに来てね」そう言って逃げ帰るように自分の部屋を目指した。
家の戸を閉めて、背中から寄りかかる。私はいやな汗をかいていた。息が収まらないまま顔を熱く熱くさせながら、クーラーの電源を入れた。
強すぎる冷風に当たりながら考えた。
あの時福引きを一等を逃したことは惜しいと思ったけれど、結局当たったのが花火セットで良かったのだと思う。私なんかに旅行が当たっても、一緒に行く人なんていないんだから。一度だけ、ぽんと軽い音をたてて一期さんの顔が浮かんだが、さすがに無い、無い。一時優しくできても、泊まりがけは彼にきつすぎる。
くらくらとした頭に冷たい風が気持ちよく、私はそのままソファに体を投げ出すと、そのまま意識を落としてしまった。
不思議だった。はっと目が覚めてから直後に、インターホンが私を呼んだ。クーラーをつけっぱなしで寝てしまった。
冷えすぎた体をさすりながら来客を確認する。カメラに移った顔で、さっぱりと目が冴えた。訪問者は一期さんだった。べとついた体にさらに冷や汗を重ねながらも私は玄関の鍵を開けた。
我が家からはみ出た冷気に一度目を細めてから、一期さんは微笑んだ。
「こんばんは」
「どうも」
「先ほどは弟たちに花火をありがとうございました」
「いえ、余りものだったので」
「なんでも扇風機までお譲りいただけると聞きまして」
「はい、余りものですが」
「……本当だったのですね。本当に良いのでしょうか」
「見たらいらないと言うかも」
「どちらですか?」
「あれですよ」
お邪魔しますと一声かけて一期さんが私を追い越し、部屋に入って行く。ああ、一期さんを部屋に入れてしまった。別に何も起こりようも無いのだけど、私はいつの間にか寒さを忘れていた。
一期さんは私の使い古しの扇風機を見定めて、何度も感嘆の声をあげた。結構新しいですね、タイマー機能がありがたいです、いただいてしまって本当に良いんですか。あまりに嬉しそうな顔をされると、私はもう家中の家電を差し出してしまいそうになる。私の淡々とした生活を支えるより、彼の、彼の弟たちの笑顔の支えになれる方が家電たちも嬉しかろうと思うのだ。
だが、実際には提案はできないだろう。あまりお節介を焼き続けると、一期さんにうんざりされてしまいそうだから。
結局そのまま一期さんは扇風機を肩に軽々抱えてしまった。もう離さないという勢いだ。実は扇風機が届くのは明日の夕方なんだ、明日まで待ってほしいなんてことは、言えなかった。私にはぼけっと一期さんを見ていることしかできなかった。
「そうだ、さん」
扇風機がそんなに嬉しかったのか、一期さんは本当に良い笑顔で私を見下ろす。あ、呼び方さんになってる、とは思ったがそれに対して心動かす隙を、一期さんは与えてくれなかった。
「花火、来てください」
ぎくりと心臓がなって、すぐに目を反らした。
「弟たちと、これからやりますから、ぜひ来てください。元々は貴方のものですし」
「いや、私は」
「皆でやれば楽しいです。貴方は来て良いんですよ」
そういうみんなでわいわいやらなくちゃいけないの、苦手なんだ。花火とかいうきらきらしたものも、苦手なんだ。私の汚いところ刺激するから。だから行っても、私は周りの空気をひっぱるだろうから、いやなんだ。そうやってふてくされても一期さんにはいつも通用しない。
扇風機を持っていない方の手の指先が、私の手の甲を数回つつく。なぜつつくだけなの、なぜ今日は、この人から手を引いてくれないのだ。
「さん」
名を呼ばれて、私から手を繋いでしまえば、予期した以上の敗北感が私を襲った。
彼に連れられて、階段をサンダルで打ち鳴らしながら降りていくと、このマンションの駐車場はざわつきに満ちていた。私にはそれが少しイヤだった。花火が始まればそれがまた騒がしくなり、私はやっぱり苦手だなと思った。
今年の夏だって、何も起こらなくて良かったのに。一兄に誘われたら来るんだなとか言った骨喰くんも、頭の中の嵐も、うるさい、うるさい、もう、黙ってください。