山姥切国広から、彼が戦いの後にこぼしたぼやき。「これじゃまた“手入れ”だ」、「いやになるな」。それを聞いてしまったからか、今目の前に座す歌仙兼定はとてもふてぶてしく見えた。萎縮してしまっている私は彼の放つ覇気に圧されている。
「僕をあのままにしておくつもりかと思ったよ」
「そんなわけないよ。ごめんね、遅くなっちゃって」
私のいないところで漏らした言葉。それこそ歌仙の本心なのだろう。知ってしまったせいで気まずさがこみ上げる。
「……始める、ね」
私は歌仙の視線から逃れるように、打粉を手に取った。
歌仙とともに作業場にこもり、彼が元の輝きを取り戻せるように努める。戦わせる以外のことを彼にしてあげられる。そんな手入れの時間は私にとって大事な幸せの記憶であった。だが、噛みしめるように時間を過ごす私の手先は、歌仙にしてみれば「しつこい」ものだったらしい。
幸せを味わおうと欲をかきすぎたせいで、歌仙に嫌がられてしまった。
だから、今日の手入れは気持ちが入りすぎないようにしなければと思っていた。なれなれしさは省き、余計な時間、余計な情が滲まないように。
そんな変な緊張をもって臨んだせいか、一通り、歌仙が元の姿を取り戻した時には私はひどい肩凝りに見舞われていた。背中が堅い。
「はい、終わり……。お疲れさま」
「待ってくれ」
「……何か?」
「本当にこれで終わりなのかい?」
「うん。何か不具合ある?」
「いや、無いが。……手を抜いただろう」
歌仙の指摘に私も思わず前のめりだ。確かに余計な気持ちが入らないようにはしたけれど、歌仙を労って手を尽くしたと、私は断言できる。
「まさか。手抜きなんてするわけ無いよ。何に影響するか分からないのに」
「……時間が、短くないか。いつもはたっぷり時間をかけるじゃないか」
「………」
なんだこの男は。分かりやすくむくれている。いつもしゃんと背筋を伸ばして正座するくせに、今は少し前かがみになってわたしを責める目をしている。
「いや……、歌仙の番になるまで時間かかっちゃったし、これ以上待たせるのもどうかと思って」
「どうして、僕だけ」
「ほんと、他意は無いんだってば」
難しい男だ。気持ちが指先に出れば「しつこい」と言われる。その気持ちを抜いて、形式的な手入れに徹すれば「時間が短い」と不平を訴えられる。
「やることはやったよ。別に体のどこかがおかしいとか、そういうことじゃないんでしょ? なら良いじゃない」
「………」
「なんでそんな不満そうな顔なのよ」
やっぱり今日の歌仙はふてぶてしく見える。私の前に座り込み、梃子でも動きそうにない。
「分かったよ……。じゃあ、もう一回最初から全体を診るから。それで良い?」
「しっかりと隅々まで診てくれよ?」
「………」
はいはい、とか、しょうがない、とかの言葉がつい口から出そうになる。が、ここでまた適当な返事をすると直りかけた目の前の男の機嫌が、また斜めに傾きそうである。
「僕を面倒がらないでおくれ」
「面倒じゃないよ、こんな綺麗な刀なんだし」
むしろ私の方が面倒がられないかと冷や冷やしている。
「そうじゃなくて、……」
「ごめん、私何か勘違いした?」
「もういい」
結局、この人相手に愛情を滲ませないようにする事に、正しさは無いと思う。面倒だし疲れる。それに歌仙とは、長いとは未だ言い切れないものの、決して短いつき合いでも無い。気持ちは、染み出してしまうものなのだ。
彼が変わらず私の使命に付き添っていてくれる事も、彼の心境が変化して以前とは違った表情を見せる事も、そのどちらも私を揺り動かす。
彼にしつこいと、嫌がられないように気持ちを忍んで、しかし彼に不満を抱かせずに手入れを終わらせる。それはまた、新たな緊張を私にもたらした。でもこの苦悩も、きっと大事な思い出のひとつになる。そんな確信と一緒に、私はまた歌仙兼定へと手を伸ばした。