僕が彼女と出会った時、彼女は僕をまじまじを見つめました。最初つま先から徐々に視線は上へ移されましたが、最後はただ僕の顔に見入っていました。見入っているというとなんだか熱の入った表現に聞こえますが、何か良い意味や雰囲気があったわけではありません。
 単に物珍しかったのだと思います。だって、あまりに長く見つめられたので「何か?」とひとつ聞きました。そうしたら彼女は、

「いや、その……なんでもない」

 ばつの悪そうな顔をして、すぐには教えてくれませんでした。が、そんな風に誤魔化されると気になりますよね。根気よく、よくよく問えば、口をもごつかせながら教えてくれました。

「貴方って、私より綺麗な顔で……女の子みたい」

 ほら。彼女は僕の顔が物珍しくて見入っていたのです。

「僕は男です」
「だよねー……」

 そしてひとつ、ごめんねと謝罪をしました。男である僕に対して、「女の子みたい」という言葉をかけてしまったことに、ごめんね、と。

 謝ってはくれたけれど、のまなこがそれから色を変えたかというと、そうでもありませんでした。表だって僕を女の子みたく思ったり扱ったりはしませんでしたが、僕は気づいていました。彼女が可愛いものを見る時の目をしていることに。
 ほぼ同じ高さに目線のある彼女は、いつだって、ひとつかふたつ年下の女子を前にした、姉のような顔をしていたのでした。主というよりは肉親のように接してくる彼女は、僕がちりちりと痛むような火種を胸に飼っていたことなど知りませんでした。



 体中にみなぎっていた熱がすっと冷えて、気づけば、真っ赤に染まっていた視界に空の青が戻っていた。
 絶命した様子の敵が転がる向こう、少し離れたところから仲間が張りつめた様子で僕を見ていた。よく見ると僕の服、いや僕自身も傷だらけだ。
 今に至るまでの、詳細な記憶は僕には無い。ただ敵に深く切られてから無我夢中で、刀を振るっていた。

「堀川っ! 堀川国広!」

 変な緊張の走る辺りの空気を蹴散らして、さんの悲痛な声が僕を呼んだ。

「ど、したの、さん」
「堀川! 良かった……! 動かないで、今そっちに行くから」

 あの人が僕を呼んでいる。行かなくちゃと思って踏み出した足に上手く力が入らない。どうやら僕は予想以上に深手を負ったらしかった。
 足から崩れそうになったところを、仲間が抱えてくれる。ありがとう、とお礼を言おうとしたけれど、言えなかった。さんが胸に飛び込んできたからだ。
 さんが僕に抱きついているということも、胸の中に女の子の体が当たってくるのも、今の僕には強すぎる衝撃だった。

 不謹慎と思われるだろうか。けれど正直にひとつ言えば、僕の胸は小さく高鳴っていた。
 僕を心配してのことだと分かっているけれど、ぐっと近づいたさん。服はさっきの戦いで肌蹴てしまって、彼女の首筋と僕の胸とはいえ素肌と素肌が触れる状況だった。
 知っていたけれど、より彼女の女性らしい柔らかさが僕を襲う。手だって僕より一回り小さくて、指も細い。

「良かった、折れてない……。堀川がどうなっちゃうのかと思って、すごく怖かった……。頑張ってくれて、ありがとうね。体、痛いよね。本丸に帰って早く直そう」

 僕をのぞき込む瞳は今にも泣き出しそうだ。

 慰めのために僕は何かこの人に声をかけてやるべきなのだろう。けれど、僕は触れてくる彼女に女性というものを強く感じてしまっていた。それから常日頃の、女の子のように見られることで抱えていた燻り。
 気づけば僕からは、

「大丈夫。僕は男です」

 そんな言葉が喉から突いて出ていた。

「……、……そう、だね」

 帰ろうと言って離れていった僕の主。そうして離れがたい温度が離れていったことは切なかった。けれど、離れて良かったのだと思う。
 僕は男だし、彼女は女性だ。帰り道で何かを振り切るように僕を見てくれなかった彼女は、前より僕を意識してくれているような気がした。