※思いっきりバレンタインのお話ですので、雰囲気壊れ気味






 そもそも、彼が抱擁というものを知っていたのが予想外だった。男の割に艶っぽく足を崩していた宗三が僅かに腰を浮かせて、伸びてくる華奢な腕が、スローモーションに見える。
 わたしの左耳に寄った彼のこめかみ。桃色の髪は見た目通りにさらさらと私の頬を擦った。

 あれ、なんでこんなことになったんだっけ。私はチョコレートを手に入れたのだ。この本丸では少し珍しい存在のチョコレートを宗三にと、持ってきたんだ。まだチョコレートはわたしの手。手と、宗三の胸元の間にある。なんでこんなことになった。

 肩に微かに乗る彼の腕の重さ。それ以上の力――例えば引き寄せるような力、こちらを締め付けるような力――など無いのに、心拍がせわしなく暴れ始める。
 寄ってくる人間、彼を手に入れ天下をと願った人間を、宗三左文字は冷たい目で見てきた。私だって例外では無くその下賤な人間の列に並べて突き放してきたくせに、宗三左文字の方から距離を詰めてきた。予想外のことにわたしは息を詰めていたが、代わりに、宗三の深い息が一度聞こえ、そして、恥ずかしいという感情がわたしを追ってきた。

「これは」
「えっ、こっ、これは! チョコレートって言うんだけど!」
「知っています」
「えっ」
「さっきそう貴女が教えてくれましたよ」
「そう、そうだったね」

 目の前で大人しく相づちを打つ宗三左文字に、どぎまぎしてしまう。もっと、つまらなそうな顔をされると思っていたから。

「甘いものだよ、すごく。宗三が好きかは分からないけど、好きかもしれないと思って、お試しで」

 そうじゃなくて、チョコレートの説明じゃなくて、それ以上に私が言わなくちゃいけないのは、この甘味が意味することだ。

「あのね、宗三左文字。生まれるより昔の人たちの感覚とか物の見方とかはやっぱり、わたしには分からないんだけど、昔にもあったと思うんだ。それを贈ることが、特別な意味を持つものが」
「はい、ありました」
「これは、そういうものだから。私たち、現代で生きる人たちにとっては……」

 それ以上はっきり言うことはできなくて、私は畳の上に包みを置いた。
 また宗三の腕が伸びてきて、わたしの膝の目前にあったチョコレートを引き取っていく。畳の目をリボンが擦る音。そして彼が膝の上に抱き置いたのを見て、もう無理だと思った。このまま向き合い続けるのは無理だ。

「そ、それじゃあ」

 そう断って私は立った。宗三左文字が何も言わずに受け取った。その幸福感はまだ私に訪れない。今はただ、全身が甘く痺れている。