僕達を率いることになった彼女、を見ていると度々、僕は何のために生まれたんだっけ、とそれこそ人間みたいなことを考える。僕は刀。だから、もちろん戦いの際用いる道具だという身の程を忘れたわけじゃ無い。なのに、を見ていると疼く。
物を斬る、それ以外のことも、僕は彼女にしてあげられるんじゃないかって。
「あれ」
彼女が姿を消すと、僕はなぜだかすぐに気づいてしまう。
今日は良い天気だから。そう言って障子を開け、刀装の在庫と資材帳とにらめっこしていた彼女は気づかぬ間に音も無く消えていた。
今日の畑当番が遠くで鍬を振るっているのが見える。彼女が席を立ったことにまだ誰も気づいていないらしい。
彼女が隠れた場所はいくつか見当がつく。わざわざ周りに知らせることも無い、僕も無言でそこを発った。
案の定は、光の届きにくい奥の部屋で横になっていた。ふすまを閉めると、は顔をあげないまま僕の名を言い当てた。
「……燭台切か」
「うん」
「あっちへ、行ってくれ」
「出ていかないよ、絶対に」
まだ泣いてはいないようだ。ひとまず距離をとりながら僕も座る。彼女は動かない、いや動けないのだろう。
今度、僕たちを扱うことになったのは、とても人間らしい女の子だった。
普段は明るくて、勇ましい。声を張り上げ部隊に指示を出す強気な部分もある。けれどは、年相応の精神の脆さも持った主だった。
何かの拍子に暗い考えに取り憑かれると、とたんに弱々しい女の子に戻ってしまう。この前なんか、「私は地獄送り」だなんて泣いていた。地獄なんて突拍子もない言葉に思えたけれど彼女自身は大まじめだ。
でも、暗い考えを持ったら簡単には立ち直れない、そんな自分を情けない甘ったれだと、自身も考えるらしい。誰にも何にも甘えることもできないで、こうして誰の目も届かない場所に逃げては独り自己嫌悪と戦う。
うずくまる彼女の背中。それ見やる僕の目には一体何が、宿るのだろう。
僕の中に生まれた渦に唇を引き締めていると、は拳をぎりぎりと握りしめて体をお越し始めた。
「え、もう良いのかい?」
「……大丈夫だ。暗い気分に浸ってても事態が好転することがないのは、分かっているから」
まだ、本当は辛いくせに、こうして苦しんでいる自分ですら許せないのが主であるだ。
「もう少しゆっくりしても平気だよ」
「いや、平気だ」
「本当かい?」
「本当だって」
そう言い切った顔色はとても、良いとは言えない。は大きく息を吐いてから、僕を見上げて、やはり青白い顔で笑みを浮かべる。
「……燭台切がいると、自分がどんどんだめになる気がする」
「僕も、そう思うよ」
この本丸にいる誰も、彼女を責めていやしない。ただ一人だけ、自身が自分を許さないから彼女は独りで滑稽なくらい苦しんでいる。
そんな彼女を目の当たりにしていると、疼き始める何か。
僕が何のために生まれたかと言えば、戦いのためだけれど、それ以上に僕は彼女に何か捧げられるものがあるんじゃないのかと、あろうことか自分が武器であることを忘れて考えてしまう。
だから、僕も、君がいると自分がどんどんだめになる気がしているよ。
その日、彼女はとても調子が良いようだった。見た目も表情も元気で、そして元気すぎることもない。相変わらず資材について心配が絶えないのか、資材帳を見て苦い顔をしていたけれど、とても落ち着いた雰囲気だ。僕は、いいね、と心の中で感嘆していた。
彼女が元気そうだと僕も嬉しい。
「燭台切」
「ん? 何だい?」
「なんか、妙ににやついてないか?」
「そうかな?」
僕の気分の原因に自分自身がいるなんて、知りやしらないは「まあいい」とそれ以上の追求はしなかった。
「少し時間あるか?」
「大丈夫だよ」
「そうか。あのな、燭台切。今、編成を少し変えようと考えていたところなんだ」
「良いんじゃない?」
「……燭台切には次から、二番隊の隊長を頼みたいんだ」
少し言葉を切ってから続けられた、二番隊。その響きだけですぐに分かった。
ああ、僕は遠征を任された。それどころか、一番隊から外され、近侍からも外されるらしい。
が一番に僕を必要としなくなった。それにショックを受けるべきなのに、僕はほっとしていた。
「みんなを率いてやってくれ」
遠征の間は彼女から離れられる。この、自分が刀であることを忘れそうな自分もきっと遠のくんだろう。
だから、そんなの願いに、僕は不可思議な笑顔で応えられた。
「うん、行ってくるよ」