「来世で貴方に会えたのなら」。主はよく、それを主題にしたもしも話に耽る。もしこの鶴丸国永がこの本丸を抜け出して、現世に、それこそなんて事のない人間として生まれたのなら。主はそれについてあれやこれやと想像を膨らませるのが好きなようだった。
「鶴丸がもし、刀じゃ無かったら」
その言葉から始まる空想を、俺は何度聞いただろう。はじめの方は体も崩さず、まじめくさってその話につきあったが、今はもう俺がその話題に身構えることはなくなった。あぐらをかいたり、寝そべったり、あるいは彼女を様々な方向から見定めながら耳を傾けることの方が多くなった。
「鶴丸みたいな人がもし、近所や学校にいたら、私きっと心配ばかりしてたと思う」
「どうしてだ?」
「貴方みたいに白い人って、すごく稀なのよ。髪も白くて、肌も白くて……。そんな人、私の通ってた学校には一人もいなかった。もちろん今まですれ違ったことも無い」
「ほう。そんなもんか」
「そうだよ。今は貴方が人間でない事を知っているから平気だけれど、もしただの人間なら、体が弱いのかと、心配してたと思う」
「君には俺が、か弱そうに見えるのか?」
見た目が心もとないと主は言う。が、その割りに彼女は俺によくよく頼り、俺も期待と信頼の入り交じったまなざしで出陣を促されるのが嬉しくて、たびたび駆り立てられ無茶をしている。
自分の能力を疑われているのなら面白くない。けれど、彼女には「もし人間だったらの話だよ」。そうこともなげに返されてしまった。
人間じゃないから、か弱そうに見えない?
それは言い訳になっているのだろうか。今の俺のなりは、人間そのものだというのに。
「だから、鶴丸が人間に生まれたら私の方が先に、貴方を見つけるんだろうね……」
そう続けた彼女の背は寂しげだった。
「貴方は白くて目立つけど、私は特徴なんて何も無い人間だもの。同じ人種の中に埋もれてしまえばなんの個性も感じられなくて、鶴丸もきっと驚くよ」
「そうかい?」
「うん。そうだよ。私自身そう思ってるし、周りもそう思ってるはず。……だから私、頑張って声をかけるね」
「………」
「来世で鶴丸を見つけたら、勇気出して、私から声をかけるね」
そう言った彼女の顔はくしゃくしゃだ。俺はあほじゃないかと思った。ここには存在しない孤独に脅かされて、顔をひしゃげる主に、少し呆れている。
「……そうか」
「うん……」
「……、来世の俺は自分が刀だったことを忘れているだろうか」
「多分ね」
「だが君に声をかけられて思い出す! 自分が真っ白な理由を!」
もしも話にのっかって、腕を大きく開いて、やや大げさに語る。そうすれば気圧されたのか、目を丸く開いてから、小さく吹き出して笑い出した。俺も、彼女と同じように笑い出す。
「そう、かもね」
その驚きで彼女の心境はやや切り替わったようだった。小さなため息を吐いたかと思うと、その続きは語られること無かった。
平常心を取り戻した主は、口を閉ざし執務に戻った。その姿を斜め後ろの視覚から俺は眺めた。
耳の形、正座し、己の腰に押しつぶされている彼女の素足。
来世の話に耽る。それはまあ、嫌いでは無い。暇をつぶす手段としては、いくらでも広げようがあり、優秀だとさえ思う。
けれど、話が終わると訪れる、もしも話をした後特有の虚無。その虚無の中、俺は毎回同じ思いに駆られる。
彼女はなぜ、来世の話をするのだろうか。なぜ、今生という時間の中、今共にある俺を語ってくれないのだろうか。なぜこの本丸で果たしたい願いを、いっこうに考えてはくれないのだろうか。
このあたり、主とは考えが合わないなと思う。
俺は“来世で”などと悠長な考え抱いたことが無い。それに、彼女を来世まで見逃すつもりもさらさら無い。
また彼女はもしも話を口にするだろう。そのたびに俺は、内心で一歩距離をとりつつも耳を傾けるんだろう。
俺は来世まで待つつもりは無い。そんな言葉を、舌の根の手前で高ぶらせながら。