気づいたら白い服が増えてるんだ、だからやっぱり白が俺の好きな色なんだろうなぁと鶴丸が隣で勝手につらつら語っていたのは先日の大学で聞いていたけれどまさか使ってる鍋と鍋つかみまで白色だとは思わなんだ。しかもお鍋の蓋からはみ出ているお玉とおぼしき柄も白で、それはもう無意識ってレベルじゃないでしょ、というかあなた鍋つかみでお鍋持ってわざわざ家まで来たのか、そもそもなんで急に鍋持ってうちに来たのとか、とかとかとか。こんな夕飯時に玄関先に立つ鶴丸につっこみどころは山ほどあるのだけど、先につっこんできたのは鶴丸の方だった。

「なんでこんな焦げ臭いんだ?」
「うん……」

 鶴丸からすると、今の私はつっこみどころ多数らしい。部屋がちょっと煙たいところとか、焦げ臭さで充満しているところだとか、私の顔が半べそかいてるところとかとか。

「とりあえず換気しようか」

 鶴丸は白いスニーカーを手を使わず器用に脱いで、鍋持ったまま侵入される。鍋はひとまず平らなところに置いて、鶴丸が換気扇のひもを引っ張ると、視界が少しずつクリアになる。そして煙の元を鶴丸が見つけた。
 鉄のフライパン。わたしが、さっき焦がした、ハンバーグ。



 お皿の上のハンバーグだったものを箸でつつく。もう元には戻らない見事な焦げ付き。箸を入れる度に全てがほろほろ崩れてひとつにまとめたはずの挽き肉がそぼろになっていくのが謎だ。どうしてこうなったんだ。焦げを剥がせば食べれる部分が見つかると思ったのに悲しみばかりが発掘される。おっかしいなぁ。手でこねたはずなのに、手ごねハンバーグなのに。

 私がこの世の無常と向き合っている横でカシュッと音がする。鶴丸がビールを開けた音だ。
 あっこいつ私が備蓄してるビール飲みに来たんだな
。ビールってあんま飲まないんだけど、この前のBBQで余ったからって持ち帰ることになった缶ビール。

「ひとんちの冷蔵庫勝手に開けないってお母さんに習わなかったの」
「……すまん、無意識だった。どこに何があるかわかりすぎててな」

 奴にとって私の家は攻略済みのダンジョンらしい。とはいえなんでこいつここにいるのっていう疑問にようやく納得の理由ができてわたしはなんだか安堵する。だって急に鍋持って家にやってくる鶴丸って、いくら腐れ縁とはいえ不気味だ。

「で。なんでそうなったんだ?」
「私が知りたい! 気づいたらこうなってました」
「ほお」
「ただ、中までじっくり蒸し焼きにしようと思って、水分加えて蓋したんだよね。水入ってるから焦げないって思ったんだけど、……まぁちょっと長めに蒸しちゃったかなって」
「分かってるんじゃないか」

 私から箸を奪って鶴丸は半分は焦げてないそぼろを口に放り込んだ。彼はなんだかんだ思いやりのできる人間らしく、味付けは良いじゃないかなんて言うとすぐ、ビールを多めに口に含んでそれを味覚の無い内蔵へと流し込んだ。

「火つけたままぼーっとしてたとか、目を離したとかじゃないんなら良い。丁度良い、これを食べよう」

 冷蔵庫は勝手に開けたくせに鶴丸はお母さんみたいなことを言う。
 そぼろはそのままに、鶴丸は置きっぱなしだった白の鍋を取り出し、得意げにニッと口端を上げる。

「和風ポトフだ!!」
「ポトフ」
「和風な」
「うん」
「名前だけはしゃれたもので驚いたか? 簡単なんだけどな。皮剥いて出汁で煮込むだけだ」
「うん、知ってる。失敗したことある」
「………」
「コトコト煮込みすぎて出汁が蒸発したの」

 私と鶴丸は腐れ縁だけど、まだ時々、沈黙が痛く苦しくなる仲である。
 鶴丸の和風ポトフはあたためなおさなくても充分の温度をまだ持っていた。透き通った薄黄の出汁。ふたつのお皿によそって、ポトフだけじゃなんなので朝食用のバケットをトースターに入れた。

「そういえば何の用件だったの」
「あー、いや……」
「何」
「用件、あったはあったんだが。吹き飛んだんだ。驚きで。思い出したら言うよ」

 和風だからと私たちは箸でポトフを食べ始めた。もう少ししたらバケットがあたたまるって言うのに。
 ぎりぎりの形を保っているジャガイモから一口、口に含むときちんと染みていた出汁が舌を濡らした。ウマイと言うと、美味しいと言えよななんて指摘される。
 鶴丸の作ったポトフは無難だけど、でも失敗はなくて、ちゃんと料理として成立してて、ウマかった。一方私のは。
 横に放置してたハンバーグをもう一度ほぐす。もう黒いところしか無いのに、どこか食べられるんじゃないかって、可能性を探り続ける。その姿は、隣にいた鶴丸に、なんだか相当なものに見えたようだった。

「大丈夫か?」

 そのまま鶴丸はあっけらかんと、もうひとつ問いかけを投げかけてきた。

「俺と結婚するか?」
「……は?」

 鶴丸のずるいところは、そのとんでもない冗談の後に、顔を歪めたところだ。言ってしまったといわんばかりに後悔を滲ませて歪みのある笑い方をされると、質の悪い冗談では無かったと思えてしまう。

「なんで結婚になるのか分からない」
「いやそんなに自分の失敗を悲しむくらいなら俺がもう一生君の代わりにハンバーグを作ろうかと、思って」

 どういうことだ。私がハンバーグ作り損なったから、鶴丸は結婚しようと言うのか。まず私たちは恋人でも無いし結婚するってそんな簡単なことじゃないと思うのだけど、鶴丸は簡単じゃないことが見えていないのか全部見えた上で言っているのか分からない口ぶりで喋り続ける。

「俺のためでもある。君に対して離れたところからはらはらしているより、横ではらはらしている方が随分楽なんだ。誰でもない、俺がだ。君っておもしろいしなぁ。目が離せないし、目離せないままで良いと思ったんだよ、今」

 あ、思ったよりまともっぽい理由を言われている。鶴丸の真剣さがこっちに耳鳴りがしそうなくらい刺さってくるから私はそぼろを見ているしかなくなっていた。

「うん、そうだな、君が悲しむくらいならと思ってのことだが、結局は俺のためだな。結婚するかじゃないな。結婚してくれないか?」
「鶴丸、酔ってるね」
「酔ってない」
「………」
「って、言うのが酔っぱらいだよなぁ」
「……、うん……」

 すぐに後悔がやってきた。私は鶴丸に嘘をつかせたから。全部すっ飛ばして結婚しようと言い出した彼に私は自分の身を守るために嘘をつかせた。あなたそのビールで酔ってるんだよねって。鶴丸も鶴丸で私の卑怯さにのっかってくれるんだから馬鹿みたいに悲しむくらいだったら代わりに俺が一生ハンバーグくらい作ると宣った彼の言葉は真実味を増してまた私を刺した。トースターから焦げ臭いにおいがしてチンと音がした。バケットが炭になったんだろう。もう元には戻らない見事な焦げ付き。




(リクエストの鶴丸を没りました)