私の父は鶴丸国永は、何の捻りもないタイトルの通りのお話です。
ヒロインは原作ゲーム後の平和な現代社会で生きている鶴丸の実子。人間。多分中学生くらい。
母は元審神者で故人です。

勢いばっかりの見切り発車連載です。更新気まぐれ。
ほのぼのどたばた親子ものにするか、薄暗い恋愛要素もアリのお話にするかは迷っています。








 気づけば私はだだっぴろい和風のお屋敷にいた。私の家も現代では滅多に見ない木造の日本式家屋だ。おかげさまで古くさい、幽霊屋敷、と近所の子供らに随分バカにされ続けているけれど、ここは私の家を様々な意味で遙かに越える。
 いったい何十人で暮らすつもりだったんだろうというくらい部屋はたくさんあるし、中庭も都会の公園よりはるかに広い。池も、小さな川もあって、そこにはきちんとした橋がかかっている。これが誰かさんの所有物の一部だなんて信じられない。

 お屋敷全体には薄い霧がかかっている。ひんやりと湿っぽい空気を感じて、少し鳥肌がたってしまう。人の気配は無い。私が「おーい」なんて声を出せば、お屋敷の人も気づいてくれるかもしれないけれど、気づかれたら気づかれたで「なぜここにいる」と怒られそうである。
 ここは私が来てはいけない場所。そんな気がする。

 不思議と、私はどうやってここに来たかが分からない。だから、私はこう判断した。ここは夢の中である、と。


 霧の奥の奥まで見渡すけれど、やっぱりここには誰もいない。誰かに会いたいような、会いたくないような気持ちで私は屋敷の中を歩くことにした。
 夢の中の、その広い広いお屋敷の廊下は、つい昨日まで掃除がされていたようにつやつやだ。私は今自分が制服を来ていることに安心した。私が履いているのはちゃんと洗い立ての紺ソックスだ。
 そして少しだけ思い出した。私が学校の制服を来ているのは、単純に学校に行く準備をしていたからだ。最後の記憶の中ではもう家を出る時間が迫っていて、けれど私は鞄を肩にかけたまま、家から出られないでいた。学校に、行きたくなくて——。
 そこまで考えたときだった。


「ここで何をしているんだ」


 誰もいないと思ったのに、声が私を捕まえる。端的に言うと気取りないけど美しい男の人の声だ。
 そろりと声がした庭の方を見ると、確かに人影がある。
 白い霧の中に立つのは、これまた白っぽい人だった。髪もまつげも衣服も白い。肌は私よりと同じか、それ以上に色が無い。蜂蜜のような目の色と、着物の内側に着ている黒色の差し色があるおかげで、どうにかこの人の存在を目で捕らえられる。そんな男の人だった。
 このお屋敷自体も今では珍しい日本家屋だけれど、そこにいる男の人も現代では滅多に見ない和服を着ている。


「どうやってここに来た?」


 男の人が蜂蜜色の目をいぶかしげに細め、私に近寄ってくる。その時、チャリ、という音が私の耳に届いた。その人の着物の装飾だと思って目をこらせば、私は見つけてしまった。その腰に刺さる日本刀を。


「あっ、わ、っわ……!」
「君は、人間か?」


 このご時世に日本刀持ってる人がいるとは思わなかった。そしてまさか、人間かどうかを確認されるだなんて。それじゃまるで貴方が人間では無いみたいだ。
 その人の長身が私に迫って、見下ろされると、私はもうほとんど動けない。人間じゃないかもしれない、日本刀を下げた何か。そう思うと恐怖が増した。


「ん? ……顔が真っ白だな。大丈夫か?」


 私より真っ白なその人に言われるなんて。なんて言いかえすほど意識に余裕は無い。その人の手が私へ延びる、と同時に私の意識は全てが白に染まった。




 夢の中で意識が薄れたから、次に目が覚めるのは現実なのだと思った。記憶が正しければ登校直前の私。
 これから学校に行くって時に寝てしまったなんてありえない。いったいどれくらい遅刻しているんだろう。ああ、時計を見るのが怖いや。そこまで絶望的な気分になりながらも、現実を受け入れようとえいっと目を開けたのに、意識がつながった世界はまだ霧の世界だった。それも霧の中の、蜂蜜色の瞳がまじまじと私を見つめる世界。


「目が覚めたか?」
「っ……!」


 意識ははっきりしている。けれど今度は息が止まりそうだった。頭にはしっかりと堅い感触。目の前の人の屈み方で分かる。私は膝枕をされている。
 顔と顔の間、約30cmくらいだろうか。この距離で見ると霧はもう何の仕事もしてくれない。だからこの人が、とんでもなく美しい顔立ちをしているのが今はっきりと伝わってきた。輪郭、目鼻立ち、全てのパーツが細くも調和を持って配置されている。唇の色まで薄いせいか全体的につかみ所が無くて、朝靄にとろけていきそうだ。なのに、眼孔が妖しく光るせいで、この人の容貌が強く記憶に刻まれていくのを、私は恐怖とともに感じていた。


「すまない。怖い思いをさせたようだ。俺に驚いたんだろう?」
「え、あっ、うっ……そ、その……」
「ん? なんだ?」
「そ、それ……!」


 舌の先まで固まってしまって上手に喋られない。かろうじて目だけは動いたので、私はその人の腰に目配せをした。


「ん? これか?」


 指先で柄からその頭まで、すっとなぞる。その体になじみきった仕草で、やはりこの人は日本刀を持ち歩くような人なのだと思った。


「安心してくれ。これで君を斬ったりなどしない。もうこれが人間を斬ることはほとんど無いだろうな」


 じゃあ何を斬るんだ。そもそも貴方はなんなんだ。さっきから発言が変なのばっかりだ。
 男の人の声はさっきからずっと優しげだけれど、私はその膝の上で微かな震えが止まらない。


「どうしてそんなに怖がるんだ」
「あ、あなたが、分からないから……。いったい、何者なのか……」
「そうか……。なら自己紹介から始めよう。俺は鶴丸国永だ。君の名は?」
「わ、私は……、私は……、その……」
「ん?」
「まず、起きて良いですか……」
「おお」