※不動くんは極後。他はどっちの設定でも読めます



「大将、起きてるか?」

 むしろその言葉ではっと目覚めた。透き通った意識がすとんと落ちてきたような目覚めで、すぐに周りの状況が把握できた。
 障子を開けて顔をのぞかせたのは薬研くんや宗三さんに、不動くんだった。

「ああ薬研。だから慎重にと言ったのに」
「悪い、起こしちまったか?」
「いいの。すごくすっきりと目覚めたから、ちょうどよかったよ」
「主、体調はどうだい?」
「どうにかこうにか。でも心配しないで」

 さっきよりも世はふけて、宴会の騒ぎもだいぶ小さくなっている気がする。少し人が減ったのだろう。

「年は明けたの?」
「いやあとちょっとで年明けだな。ところで大将、蕎麦食べないか?」
「お蕎麦?」
「茹でてもらってきたんです。お粥を食べたそうですが、それもお昼の話ですよね?」
「腹が減ってるんじゃないかって話になって、台所でちゃちゃっと、な」
「食べられないなら無理はしなくていいですからね」

 薬研くんが持っているお盆から、ふわりと出汁の香りがただよう。それに刺激されて、自然とお腹がぐう、と鳴った。

「お蕎麦、食べたい」
「その言葉を待ってたぜ」
「起きれるかい?」
「ん……」

 昨日までは起き上がることも難しかったけれど、布団に肘をついてみると思ったより体に力が入るようになっていた。
 ちなみに今日までの食事だったお粥は寝ながらだったり、少しだけ背中に枕を差し込んでもらったりして食べていた。ほんとうに役立たず状態だったことをおもうと恥ずかしい限りだ。

「主」
「あ、ありがとう」

 さっと背中側に回って私を支えてくれたのは視界の端に入った髪の色と、何より声でわかる。へし切長谷部さんだ。
 長谷部さんも来ていたのか。長谷部さんならいいかな、と少し甘えて背中の彼によりかかえる。長谷部さんはしっかりと私を支えてくれる。

 布団の上にお盆をそっと置いてもらって、箸をとる。あたたかい湯気にほっと気持ちがゆるむ。

「みんなは食べたの?」
「ああ、とっくにな」
「じゃあ遠慮なく。いただきます」

 体が栄養を欲していたのかもしれない。そう思うくらい、ひとくちすすったお蕎麦が体に染み渡るようだ。

「美味しい〜」
「そりゃよかった」
「ありがとうね、みんな」
「………」

 食べられるだけでいいとみんなは言ってくれたけれど、こんな美味しいお蕎麦はぺろりと食べられてしまいそうだ。

「お蕎麦以外は何が出たの?」
「まあ刺身とか、肉とか、いろいろだな」
「天ぷらも山ほどありましたよ」
「まあ酒飲みが多かったから、つまみも多くてな」
「そういえば、不動くんはお酒、飲まなかったの?」

 不動くんは修行から帰ってきて以来、お酒は控えているようだ。でも今日くらいはめを外したっていいと思った私は、それこそ薬研くんに今日はみんなに自由に飲ませてあげてと伝えていたのに。

「我慢してない?」
「いや、俺が選んで飲まないようにしたんだ。やっぱり主を守ろうと思ったら俺だけでもいつ、何があっても対処できるようにしておきたくて……」
「不動くん……」

 本当に良い子だなぁこの子は。
 お蕎麦の出汁もそうだけど、不動くんの優しさと献身が身にしみる。私を思ってくれるのは嬉しい。けれどそんな仕事の任から解き放たれて欲しかったような気持ちもする。
 そういう意味では私の後ろで口数がめっきり少なくなってしまった長谷部さんの姿は、とても微笑ましい。

「逆に長谷部さんは結構飲んだんだね。背中からお酒の匂いがする」

 そう、支えられてすぐ彼から濃いお酒の匂いがして気がついた。
 今日の長谷部さんはたっぷり飲んで、彼なりに宴会を楽しんだらしい、と。私がいいつけた通り、めいっぱい宴会を楽しんだ長谷部さんをまた元気になったら、褒めてあげたい気分だ。

「何か言いましたか、主?」
「いいえ。そのまま気持ちよくなっていてくださいな」
「はい、主があたたかくて気持ちいいです……」
「ふふ、もう、何言ってるの?」
「相当酔ってるなこりゃ」

 まあ長谷部さんが幸せそうで何よりだ。
 雑談を交えながらお蕎麦を食べれば、すぐにお椀は空になってしまった。食べ終わった食器は、不動くんが回収してくれた。

「これだけ食べられれば安心ですね」
「まあ今回のは本当に風邪とかじゃなくて時間が解決するものなんだけどね。でもありがとう、すごく美味しかったよ」
「大将」
「なに? 薬研くん」
「来年もよろしくな」
「それはこちらこそ。これからも細く長く、よろしくね」

 それぞれの笑顔を残して、薬研くん、不動くん、宗三さんは戻っていった。あと僅かで新年が来るという。新しい一年と思うと、胸がひそかにときめいてしまう。
 その前に背中にひっついたまま「あるじぃ……」と寝言を繰り返す長谷部さんをどうしようか。