あたたかいお蕎麦のおかげだろう。また寝ていた。私の背中を支えたまま寝落ちた長谷部さんに最初は困っていたものの、彼の体温も暖かくて、変な姿勢で意識を手放してしまった。そのせいで少しだけ体が痛い。
 後ろをそっと見ると、長谷部さんはまだぐっすりと夢の中だ。力の抜けた長谷部さんの顔はどこかあどけなくて、そんな表情をしてもらえたことが主として一安心だ。

「……って、」

 ぱっと前を見て驚いた。
 私の意識が落ちる前にはいなかった影がふたつばかり増えている。大きな影に小さな影。小さい方はどこからか持ってきた掛け布団から覗く、その髪の色で誰だか気がついた。
 博多藤四郎くんだ。

「ん……」
「わ、わわ」
「ああ、主、起きたと?」
「やっぱり、博多くんか……」
「体、冷えとらん?」
「ああうん、それは大丈夫だよ。長谷部さんがあったかくて」

 恥ずかしながらその体温に安心して食べたばかりで寝てしまった、というのもあるんだけど。顔を赤くする私に博多くんは気付かずに目をこすっている。

「寝てしもうてたか〜」
「博多くんこそ床に寝ちゃって体痛くない?」
「そげん長うは寝とらんけん大丈夫ばい」
「そっか。というか博多くんに長谷部さんってことはそこで寝てるのは……日本号さんか」

 もう一人の大きな影の正体に、私はようやく気がついた。

「日本号さんがこうして寝ちゃってるの、珍しいね」

 酒は飲んでも飲まれるな、というのは日本号さんのよく言っていることだ。飲酒して気持ちよくはなってもこうして場もわきまえないで寝るところは見たことがなかったのだけれど、目の前の日本号さんは畳の上で何も体にかけずに寝てしまっている。

「多分俺が寝てしもうたけん、日本号も寝ることにしたんやなかかな」
「あ〜なるほど……」
「最初は長谷部ばどうしようか、なんやかや考えとった。ばってんそのうちに眠うなってしもうて」
「それで寝ちゃったんだね、ふふ」
「主も長谷部も気持ちよしゃそうに寝とーけん、起こしぇんかったんばい」


「私は宴会に行けなかったけど、みんな楽しんだみたいだね」
「もちろん。主にも来てほしかったなぁ。ばってん元気になるのが一番大事なことやけんね」
「でも私がいなかったから、羽目を外せたんじゃない?」
「主」

 軽い冗談のつもりだった。私がいると、やっぱりみんな私が審神者だからと、気をつかって大事にしてくれる。私が何でもないただの人間だと私自身が一番知っているせいで、時々それは自分に過ぎた待遇のように思うのだ。そこまでしてくれる必要はないのに、と思うことは多々ある。
 でもそれは思っても言ってはいけない。誠心誠意私を主としたってくれる刀剣たちの前でそれを出すのは、失礼なことなのだともうすぐ審神者として3年目を迎える私ももう気づいている。

「ごめんね、こんな時に体調崩しているのはやっぱり不甲斐なくて」
「今は休む時やけん、しっかり休めばよかばい」
「そうだね」
「さて。長谷部ば起こすか! 長谷部! そろそろ起きんしゃい!」
「んぅ……」
「長谷部さん、起きてください」

 彼がくれた体温と、それと安心感が私を心地よい眠りに導いてくれたのだと思う。けれど、座りっぱなしにさせておくのは長谷部さんがかわいそうだ。
 一年たっぷりと働いてくれた彼にも今日こそしっかり休んで疲れをとって欲しい。

「あるじ……?」
「長谷部さん、大丈夫ですか? 私の部屋で寝ちゃったみたいですよ。このままじゃ長谷部さんがちゃんと休めないだろうから、頑張ってお部屋に戻ってくださいね」
「俺、俺は……」
「長谷部さん?」
「今年も一年主の元で働けて幸せでした……」

 ぼっと、上半身が熱くなった。とくに顔周りが。
 長谷部さんが一生懸命私を主と慕って、尽くしてくれているのは日頃から伝わってきている。だけど、こうして幸せに思ってくれてると、じんと胸にくるもんがある。

「わ、私も……みなさんと働けて今年も幸せな一年でした……」

 うわ、こうやって改まって口にするとなんだかとても恥ずかしい……。 自分の好きという気持ちが相手に分かってしまうのはそれだけでむずむずすることなのに、幸せ、という言葉を口にするだけで体温が上がる気がする。
 でも私がそう答えたこと、長谷部さんなら喜んでくれるはず、と思ったのに一向に背中から返事がこない。

「あれ……。長谷部さん?」

 はっと振り返ると、さっきは起きかけていた長谷部さんがまた長い睫毛を伏せて、夢の中へ行ってしまっている。そ、そんな……恥ずかしいのを忍んで気持ちを伝えたのに……!
 絶句していると、それを笑うぷっ、という音が聞こえた。深い息遣いだけで、誰が笑ったのかが分かった。

「日本号さん……」

 いつの間にか目を覚ましていた日本号さんが寝転がったまま、私を見て笑っていた。

「いや、悪ぃ。あんたのことを笑ったんじゃなくて、そいつのことを笑ったんだ」
「そいつって、長谷部さんですか?」
「舞い上がって喜びそうなことをせっかく言ってもらったってのに、寝てやがるから」
「もういいです。忘れてください」
「あーあ、もったいねぇなぁ」
「ほら、長谷部、ちゃんと布団で寝んしゃい。ああもう、日本号も手伝いんしゃい」
「わーったよ」

 二人に抱えられて、ようやく長谷部さんが退室することになりそうだ。私を温めてくれていた温度が消えて、私はそろそろと布団の中に潜った。

「邪魔したな」
「いえいえ。みなさんよく休んでくださいね」
「分かっとーばい!」
「あ、それと」

 三人支え合って出て行く背中に私は伝えた。

「博多くん、日本号さん、あけましておめでとうございます」
「ああ、おめでとさん」
「あけましておめでとう、今年もよろしゅうね」
「うん、よろしく」

 まだ夜は明けていないけれど、新たな年は明けた。
 布団の中から手を振ると、博多くんの日の丸みたいな笑顔が振り返っていた。