博多くんたちが引き上げていって一人になってしまった部屋で、私の目はすっきりと覚めていた。頭も冴えていた。日中あれだけ眠ったせいで、睡魔の方がしばらくは休みを必要としているようだ。一向に眠れそうにない。でも布団を抜け出してあちこち歩きまわるほどの力はないので、私は布団の中でおとなしくしている、というところである。
今は朝の4時を過ぎたころだろうか。日付は変わったけれど時刻はまだ夜という枠組みの中だった。部屋の外はしんと静まりかえっている。
「………」
さすがに眠れないなぁ、お水くらいは飲もうかなぁ、と枕元の水差しからお水をもらおうとした時だった。
一体いつからそこにいたのだろう。音もなく開いていた障子から、私を見下ろしていたのは鶯色の瞳。そのまんま、鶯丸さんだ。
「鶯丸さん……!」
「おはよう」
「声、かけてくださいよ。びっくりした……」
「すまない。一人で暇そうにしている主が面白くてな」
「人の暇そうにしているところを観察してるなんて良い趣味ですね」
「ああ、表情がよく変わって面白かったぞ」
「………」
いつから私を見ていたのか知らないけれど、それでずっと立っていたのなら鶯丸さんはやっぱりちょっと変だ。呆れた視線を送ったのに、鶯丸さんはふっと目を細めて部屋の中に入って来た。
「調子はどうだ」
「だいぶよくなりました」
「熱は」
ひやりと冷たい、でも柔らかい手が私のおでこに触れる。
「今はないです。って、もともと風邪じゃないですし」
「でも微熱っぽかったり、吐き気が続いたり、大変だったんだろう」
「いわゆる適応障害ですからね、症状は色々ありましたよ。でも心配しないでくださいね」
「そこは俺の勝手にさせてもらおう」
心配しないでくださいって言ってるのに。でも鶯丸さんには通じないのだろう。
「うん、本当に良くなって来たようだな」
「はい。ご心配おかけしました」
「どうだ。暇なら共に日の出を見にいかないか?」
日の出かぁ。障子に透ける光の具合を見るに、まだ日は地平線の向こうなのだろう。
「見たい、とは思うんですが……」
寝てばっかりで暇を覚え始めていたし、正直に言えば好奇心は疼く。ちなみに今まで初日の出を見たことはない。日付が変わるまで起きてはいるけれど、そのまま寝て普通に朝を迎えてしまう。
「うーん、でもやっぱり遠慮しておきます。これで体冷やして回復が遅くなっても示しがつかないので」
「そうか。暖かければいいんだな、分かった」
「え?」
「大包平を呼ぼう」
「え!?」
これ以上体調を崩しかねない行動は慎むと言ったのに、鶯丸さんは体調を崩す要素がなければいいと解釈したようだ。その上、急に飛び出した大包平さんの名前に驚きと戸惑いが重なる。
「なんで大包平さん!? というか大包平さんを起こすのは悪いですよ……!」
「いや、あいつはもう起きている。日の出を見に行こうと俺を叩き起こしたのは大包平の方なんだ」
「叩き起こしたとはなんだ。お前はもともと起きていただろうか」
そう言ってる間に、声がひとつ増えた。勇ましい、自負に満ちる声。鶯丸さんの横に並んだ引力を持つ立ち姿の大包平さん。
「こんなところにいたのか」
「大包平急ごう。主を連れ出すことになった」
「すみません、なんだか私も連れていってくれるみたいな話になっているみたいです……」
ふぅ、とひとつ息を吐いた大包平さんは、空を一瞥する。おそらく夜明けの時刻が迫っているのだろう。迷いを一切見せずに私に近寄ると、なんと私は掛け布団ごと大包平さんに担がれていた。
「これが体を冷やさなくて一番良いだろう」
「え、ええ……」
た、確かに布団と布団に挟まれていて冷気はしっかり阻まれている。だけど私の体重に加えて分厚い布団も丸ごとなんて、相当重たいに決まっている。大包平さんはなんでもなさそうに背筋を伸ばして立っているけれど、絶対に重たいに決まっている!
「だ、大丈夫ですか? 正直かなり重いと思うんですが……」
「ああ、平気だ。当然だな。ちゃんと捕まってくれ」
「行くぞ。こっちだ。良い道を知っている」
結局わたしはそのまま、布団で簀巻き状態のまま、鶯丸さんの案内通りに本丸内を運搬されてしまった。
大包平さんに担がれ、細い道は布団だけ鶯丸さんに持ってもらい……そうしてたどり着いたのはなんと。本丸の屋根の上だった。
良い道を知っている、という先ほど鶯丸さんの言葉になんだか私は納得してしまった。内番を命じたのに姿を見せない時があったけれど、こういう場所にいたこともあったのかもしれない。
瓦の上に、慎重に私はおろしてもらった。
屋根の上だと思うと竦みそうなるが、両隣を鶯丸さんと大包平さんに挟まれると安心感が諸々を拭い去ってくれる。
「おい」
顔を上げると、まだ暗い空に星ではない輝きを見つけた。
「あ……」
山の向こうから光の筋が顔を出す。日の出を見た回数の方が少ない私に、それは暮れて行く空を逆巻いたように思えた。
だけどそれば夕暮れよりも数倍、私たちの気持ちを引き上げてくれる朱い光だった。
「新年だぁー……」
「ああ」
「そうだな」
日が昇りきると、赤以外の光が広がって空が白む。星が光の中に紛れて行く。
「鶯丸さん、大包平さん……、今年もよろしくお願いいたします」
日の出、見に来てよかった。なんだか今年も良いことがありそうな気がして来た。私はへへっと笑って、だけどその後へっくしょいと見事なくしゃみをしてしまった。