動くようになった体に鞭打って用意したお年玉は、無事、皆が挨拶してくる時間に間に合わせることができた。

「あけましておめでとうございます、主様!」
「あけましておめでとうございます。今年もよろしくね」

 布団の上から新年の挨拶をさせてもらって、お年玉として用意している子には懐からお年玉を出して渡してあげる。みんなの喜ぶ顔を直に見られて、元旦から私も幸せいっぱいだ。
 そして私の横で同じように幸せを噛み締めているのが毛利藤四郎くんだったりする。

「ふぎゃー! 新年の挨拶をする小さい子に、お年玉をもらって喜ぶ小さい子! なんて可愛いんでしょうか……」
「毛利くん……気持ちはわかるけど……」

 新年早々、絶好調な毛利くんに呆れてしまったけれど、実を言うと、私は毛利くんの気持ちがわかる。受肉した彼らと日々接していると忘れがちになるけれど、刀剣男士は付喪神だ。人の想いが積み重なった結晶のような彼らは、異形であり、妖であり、神々の一端なのである。そんな彼らが真摯に礼をすると人間じゃないことを再認識するほど神々しく、美しく、そして無邪気に喜ぶ姿は愛らしい。
 審神者という立場にいる私なので表立っては騒がないけれど、皆の神々しさに当てられて内心はめちゃくちゃ心乱れている。

「あなたもお年玉をもらって私に喜ぶ姿を見せてくれる側だからね。はい、毛利くんにも用意しましたよ」
「ええ!?」
「好きなことに使ってね」
「っはい! ありがとうございます!」

 うん、毛利くんの喜ぶ顔も、抱きしめたくなるくらい無邪気で可愛い。

 ほっぺに朱色を咲かせた毛利くんを微笑ましく見送って、私は大きく息をついた。そしてもう一度深呼吸をする。忙しく皆に挨拶を繰り返しで疲れを覚えた、というのもなくはないけれど、それ以上に思いっきり深呼吸をしたくなる理由があった。
 みんなが代わる代わる出たり入ったりするたびに、香るのだ。
 お雑煮のためにたっぷり炊いたお出汁の香りと、餅が膨れて焦げる香ばしい匂いが……。すごく空腹感が刺激される。

 多分この感じだと、台所の外に七輪でも置いて、餅を焼いているのだろう。昨晩はお蕎麦だけで済ませたせいか、胃がぐうと鳴る。じきに朝餉の時間だから部屋を出ないとならないし。そう言い訳をつけて我慢できずちゃんと上着を来て、襟巻も何重にも巻いて、私は部屋を抜け出した。

 台所の外でうちわをたたいて、軍手で餅を転がしていたのは、意外なことに蜻蛉切、御手杵、日本号の三振りだった。
 最初に私に気づいたのは日本号さんだった。「よぉ」と彼が歯を見せて笑うと、他の二振りが相次いで振り返った。

「主! もう体はよろしいのでしょうか」
「えーーーっと、うん、大丈夫です」

 答えに少しだけ詰まってしまったあたり、私も嘘が下手くそだ。せっかくちょっとの距離を歩いただけで上がってしまった息は押し殺したのに。

「見ていくならこっちに座りな。火が近くてあったかいぞ」
「そうします……」

 日本号さんにはお見通しのようで、七輪の近くに出してあった腰掛けを譲ってもらった。その上、御手杵さんがジャージを脱いで膝にかけてくれる。

「え、こ、これ! 御手杵さん、寒くないんですか?」
「炭火があったかいから大丈夫だ。あんたは寒くないか?」
「おかげさまで。でもこれ……」
「一枚あるだけであったかいだろ?」

 それは否定できない。上着ではかばいきれない足回りに一枚あるだけで、足先がとっても楽になる。
 大事にしてもらってありがたい。けれど、恐縮だ。

「すみません。忙しいところにお邪魔して。いい匂いがして、思わず」
「はは、そうでしたか」
「何度かは我慢したんですけど、みんなが出たり入ったりするたびに匂いが入ってきてっていうのを繰り返されるとさすがに無理でした……」
「なんだ」

 微笑ましそうにする蜻蛉切さんとのやりとりに、ほの暗い声が挟まる。声の主は御手杵さんで、顔を覗き込むと冷たく目を細めている。予想していなかった彼の様子に驚いた。

「もう部屋に行っても良かったのか」
「え? いいも何も、結構みんな勝手に入ってきてますけど……」
「そうなのですか?」
「うん」

 昨晩は宴会を抜け出した三条の刀たちがやってきて、その後お蕎麦も差し入れてもらったし。源氏の二振りはどちらかというと私が呼び止めたようなものだけれど、鶯丸は私に声さえかけずに観察されていて、みんな私を気遣いつつもそれぞれ自由に部屋に訪れてきている。

「日本号さんも昨晩来ていましたし」
「俺ぁ蜻蛉切が慎めって言うから遠慮はしてたんだがな。長谷部の姿が見えねぇからまさかと思いながら覗いたら寝こけているから、驚いたぜ」
「じゃあ我慢していたのは俺だけなのか……?」
「お、御手杵さん?」
「………」

 無言になってしまった彼に冷や冷やしていると、御手杵さんが振り返って聞いてくる。

「主は餅何個食べるんだ?」
「えっと、それは悩みますね。いっぱい食べたいって思っても、そんなに食べられなかったりするから」
「主の餅は小さく切ったのにしとくから、2個は食べれると思うぜ」
「え?なんで小さい?」
「喉に詰まらせないように」

 思わずぶっと吹き出した。
 高齢者や小さい子が詰まらせて死に至ると聞いたことがあるけれど、私もその扱いをされているとは。この場合は高齢者扱いというよりは幼子扱いを受けているのだろう、多分。

「お餅くらい大丈夫ですよ!」
「いやー、なんか心配になっちまって」

 遠い目をする御手杵さんに、蜻蛉切さんが頷いて同意を示す。

「倒れたときのことを覚えてるか? 俺の背中になんか落ちてきたなと思ったら主だもんなぁ」
「確かに急に具合悪くなって何かにぶつかったような。あれ、御手杵さんだったんだ……」

 確かに柔らかい柱のようなものによっかかったことを微かに覚えている。

「ははっ! 御手杵よりも蜻蛉切の青い顔を見せてやりたかったなぁ」
「日本号殿」
「俺らにとっては空気が入れ替わって気持ちいい、くらいのものだったから、清々しい気分でいたらそこでばったりいかれるとさ」
「さすがに肝が冷えました」
「す、すみません……」
「あんたと過ごす時間も長くなってきて、忘れていたが、あんたはやっぱり人間というか、脆いというか。昔は心配で心配でたまらなかったのを思い出したよ」

 炭火がぱちり、と鳴る。

 暖かい席を譲ってもらい、ジャージまで貸してくれて、迷惑をかけるくらいなら部屋に戻った方がいいかと思っていた。けれど、今は私のために無事を確かめたい気持ちを押し殺してくれた彼らの隣で時間を過ごすのもアリなのかもしれない。
 そう思ったところを、蜻蛉切さんがあたたかいお茶を台所から持ってきてくれ、私に湯のみを持たせてくれる。これは、つまりここに居座ってやれということだろう。





 日本全国の刀剣が集う本丸のお雑煮事情は複雑だ。どの地域の形式にするかで争わずに済むよう、今はいわゆるビュッフェ形式が取られている。それぞれが好きな餅と汁を選んで組み合わせることができるのだ。
 私は地元で食べられていたのと違うお雑煮でも喜んで食べてしまう人間なので、毎年、気分でお雑煮を選んでいる。

「はい、これあんたの分な」

 渡された私のお椀。そこには程よく焦げがついて膨らんだ、ころんと転がる小さいお餅が3つ、はいっていた。