昨日は完全に寝たきりになっていた私が朝の席に出てきて、座ってお雑煮くらいは食べられるようになって、安心した刀剣は多かったようだ。
無事に朝の席を終えられて安心したのは私も同じだ。途中で座っていられなくなるなんてこともなかったし、お雑煮をメインにしながらつまんだ御節を、弱っていた胃は無事に受け入れてくれ、気持ち悪くなるということもなかった。新年の挨拶も滞りなく終えられた。何よりもあの場では自然と笑顔でいられて、皆に回復しつつあるところを見せられた。私はお腹以上に心の満足を得て、自室に戻ってきたところだ。
心の方はほくほくしている。けれど少し足先が冷えてしまった。この後は部屋でゆっくりと、お布団にくるませてもらおう。
審神者としてやらなければならないことは山ほどあって、罪悪感や焦燥感はある。年末にいろいろ手がつけられなかったことがあり、本心は今すぐそれらを解消するべき動きたい。だけど心配をしてくる刀剣たちの気持ちに甘えて、私は布団でまた温まることを選んだ。
今日の残りの時間は自室でひっそりと息をする、休眠とも言える時間になると思っていたのに。
「ん……?」
襖の奥が騒々しいと思い開くと、いつの間にやら私の部屋に今まで置いていなかったはずのテレビが増えている。テレビだけじゃない。毛布、積まれた漫画雑誌にお菓子の盛り合わせ、携帯ゲーム機まで、今までなかったものが広げられ、そしてまるで自分たちの部屋であるかのように蛍丸くんに愛染くんたちがくつろいでいる。
そして何より目立つのが、部屋に横たわるジャージ姿の立派な成人男性の体躯。明石さんだ。
「えっなにこの状況」
思わず素直な感想が声に出ていた。いや誰だってこんな状況、何かしら声に出てしまうだろう。
「あ、おかえりー」
「えっ、う、うん、ただいま……?」
「主さん! 早く閉めねーと、冷たい空気が入ってきちまうぜ?」
「あっ、ごめんね」
慌てて、開けっ放しにしてしまっていた襖を閉める。いやいやちょっと待ってほしい。ただいまと言ったものの、この様変わりしてしまった部屋は本当に私の部屋だろうか。一応中央に、敷きっぱなしにさせてもらった布団があるから私の部屋なんだろう。けれど……。私の部屋になかった、庶民派なものの数々に、中に入るのが戸惑われる。
仕方なく、この部屋で見た目年長者の明石さんに問いかける。
「何見てるんですか……」
「んー、今のは2019年頃のお正月のテレビやったかなぁ」
「2019年ですかぁ……。お正月なら元号は確かまだ平成なんですよね」
「へえ。そうなんや」
確かそうだったはず、と頭の中の国史を振り返る。
「っていやそうじゃなくて! 一体なんでこんなことに……!?」
混乱し通しの私に答えてくれたのは蛍丸くんだ。
「へへ。主に、国行を見習ってもらおうと思って」
「見習う? 明石さんをですか?」
「そうだぜ、主さん!正月くらいは国行みたいにだらけようぜー!」
「どうです? この部屋の散らかり具合。働く気も失せてくるやろ」
「まあ、確かに……」
新年に訪れる、不思議なくらい透き通っている静寂と、混ざり物の無い空気。そこに混じったテレビから流れている音は、程よい雑音になって、考える力を私から取り上げていく。
それに、リラックスしきった彼らを見ていると私もなんだか力が抜けて行く。「まあとりあえず寝ましょ」と言われて、素直にお布団の中に足を入れてしまった。
「ゲーム、やる?」
「うーん、ゲームは私、見てたいかなぁ」
「いいよ。見てて」
寝っ転がった私の横に、蛍丸くんも寝転がれば、私からもゲーム画面がちゃんと見えた。ぷよとぷよを4つ繋げて消すゲームが、蛍丸くんは案外上手らしい。
「こんなことしてて、本当に明石さんみたいになっちゃったらどうしよう……」
「あきまへん。主はんは少しくらい、手を抜くことを覚えた方がええ」
「でも……」
正直言うと、彼らが用意してくれたこの部屋の雰囲気が、心地いいのだ。まるで罠のようだ。ハマっちゃいけないなぁと思うのに、緊張や不安がだらりと溶けていく。
「心配あらへん。そんな考え事してる時点で、主はんは怠け者失格や」
余裕たっぷりの笑みで明石さんに言われてしまった。ああ、今の笑顔は確かに保護者っぽい。働くことを嫌うくせに、なんだかんだのところで私を守ってくれそうな微笑みだった。
気づけば、私の布団の足元で愛染くんが可愛らしい寝息を立てているではないか。気持ち良さそうな寝姿に、私もつられそうだ。
その後。テレビから流れる遠い音。安心をくれる人の気配。お布団のあったかさに、私は自然と眠ってしまった。ただのお昼寝ではない。本当に、私はちゃんと働くことができるだろうかと不安になるくらい、気持ちの良い午睡を得たのだった。