「主。お加減はいかがですか」
柔和な、品のいい声で目が覚めた。眠りの質がよかったのだろう、目覚めもすっきりとしていて、私はすぐに髪を整えながら襖の奥で待つ刀に「どうぞ」と入室するよう声をかけることができた。
顔を出したのは一期一振さんだった。
「主。きちんと寝ておりますか」
「大丈夫です。もう寝すぎたくらいですよ」
横になるだけで、しっかり睡眠をとるつもりはなかったのに、明石さんや蛍丸くん愛染くんたちの影響でぐっすり寝入ってしまったところだ。
しかも食後だったのに。がっつりと寝てしまった。これはもう本気で正月太りを警戒しないとならない。あたりを見回すと来派の彼らはもう撤収した後のようだった。机の上に残されたお菓子の盛り合わせはおそらく私への差し入れだ。
「明石殿たちは凧揚げに行くそうで」
「なるほど。いいですね、凧揚げ。元日の空に揺れる凧を思うだけで、清々しい気持ちになります」
「……少し、空気を入れ換えましょうか。窓を開けてもよろしいですか?」
「あ、お願いします。私、ちょっとぼーっとしてるかも」
開けた戸から新鮮な空気を招き入れ、それから一期さんは素早く水差しから水を注いでくれた。滞った空気が入れ替わって、なんて気持ちがいいのだろう。
透き通った青空に髪の色を溶かしながら、一期さんが振り返る。私は意識的に沈黙を保った。彼は何か用事があって、私の部屋を訪れたのだろう。一期さんが私の横に座り直し、唇を開きかけた時だった。
「一兄っ!」
「やっぱりここでしたね」
次々に部屋に入ってくる、粟田口の刀たち。刀たちと表現しなければとても間に合わないというくらい、彼らは一斉に入ってきた。
弟たちに囲まれる一期さんを微笑ましく見ていると、「一兄、早くやろうよ!」だとか「みんな用意はできているぜ」だとか聞こえてくる。どうやら彼ら全員でこれから何かすることがあるらしい。
「これから何かするの?」
ちょうど隣にいた秋田くんに聞いてみると、満点の笑顔で教えてくれた。
「雪合戦です!」
短刀と脇差ばかりの雪合戦。それは色々と壮絶な戦いになりそうだなぁ、まあ怪我のないように楽しんでね。そう他人事で彼らを送り出す気でいたのに、気づけば私と私の布団は雪合戦会場の観戦席に設置されていた。
雪合戦の会場はもちろん屋外で、当たり前のように寒いのでお布団から離れられなくなってしまった。というわけで半強制的に私は雪合戦に観客となっていた。
審判兼見守り役が一期さんで、どうやら実況解説役が鳴狐さんらしい。もちろん実況するのはお供の狐さんの方だ。
鳴狐さんの方はと言うと「ん」と僅かな相槌を打ちながら、こちらに当たりそうな雪玉をきちんと手前で受け止めるなりしてくれている。正直とても助かる。
力の配分はなるべく均等にするためか、鯰尾くんと骨喰くんは別チームに分けられている。あとはくじで決めたと小耳に挟んだ。
「うーん、今は鯰尾くんたちの方が優勢かな?」
「いえ! あるじどのよく見てください! 骨喰殿はどうやら陽動のようですぞ! 垣根の裏で何やら怪しい動きが……!」
「ほ、ほんとだ」
「雪合戦も三年目となると、なかなか戦略的になってきましたな」
にしても玉も早ければ避ける方も素早い。相手の動きを読んで雪玉が投げられるために、避ける側はさらに高度な動きに到達している。雪合戦と聞いた時は楽しそうだなぁと悠長に考えていたけれど、これに人間が混ざるなんてとんでもない。目の前で繰り広げられるそれは、立派な暇を持て余した神々の遊びになっていた。
「頭数も増えたので、より戦略を立てやすくなったのでしょう。これもあるじどののおかげです!」
「えっいえいえそんな。恐縮です」
確かに、この一年でも粟田口の刀たちはまた数を増やした。私としてはただ純粋に審神者として邁進した、その結果だ。刀剣男士を集めているのも歴史を守るためだ。けれども、雪合戦に挑む真剣な、けれど楽しそうにする彼らを見ていると、ああ頑張ってよかったなという気持ちになれた。
こうやって彼らが何気なく紡いでくれる日々こそが、私の仕事を誇らしくしてくれる。なんでもない日常こそが、歴史を守るという大いなる正義より、ずっと私を救ってくれているのだ。
ふっ、と顔をほころばせ、それから私は、こちらに体を添わせて暖をとってる彼に声をかけた。
「さ、信濃くんも行っておいで」
「えー? 俺はここがいいなぁ」
「そんなこと言ってないで。ほら見て、五虎退くんたちの方が劣勢だよ。こういうときこそ信濃くんの出番じゃない、助太刀しておいで」
そうやって私がおだてているのを分かった上で、信濃くんが挑戦的な笑みを浮かべる。
「よしっ。秘蔵っ子の力、見せてやりますか!」
雪玉舞う戦場に飛び込んでいった赤毛に、両陣営からも歓声が上がる。うん、本当に楽しそうで微笑ましい限りだ。
「どっちも頑張れー!」
そうやって応援しているうちに私も寒さを忘れていった。
「主」
呼ばれた方を見ると、一期一振さんが柔らかい目で見ている。それが弟たちを見るような、優しさに満ちた眼差しで、私は一瞬で恥ずかしくなってしまった。ちょっと応援の仕方が子供っぽすぎたかもしれない。だから一期一振さんはそんな慈愛に溢れる笑顔で私を見たりするのだ。
「弟たちにそれぞれお年玉をくださり、感謝申し上げる。皆、喜んでおりました」
毎年のことなのに。深々と頭を下げてくれる一期さんは今年も律儀である。
「いえいえ! 毎年、みんなそれぞれ喜んでくれるので私も嬉しいです」
「今年も、弟たちをよろしくお願い申し上げる」
「えっと……、弟たちだけ? 一期さんは?」
「はい、私も含め、よろしくお願いいたします、主」
謹んで、今年も私はこの愛しい家族たちの主人となろう。もう何年目かの付き合いとなる一期一振さんへ、私も律儀に頭を下げると、なんだか滑稽で、とてもくすぐったくて。思わず互いに吹き出すとそれが私の新年初笑いになってくれた。